棺桶姫 ~悪魔の子として生まれた姫は貧しい兵士に格闘技を教わり人へ戻っていく~

川獺右端

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2. フェルナンドとの愛のある激闘の日々

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 姫は目を覚まします。そして、自分が生きている事を|訝《いぶかしみます。

「どうして私は生きているのかしら、がうがう」

 棺桶を細くずらして、こっそり外を見ると、たくましい背中が見えました。
 なんだか、その背中をみると、姫の胸の奥がもやもやっとします。

「これは、まさか、殺意? がうがう」

 たぶん違いますが、姫の乏しい人生経験では、いたしかたが無いとも言えましょう。

 女中がびょうの前に、パンとワインと干し肉の食事をバスケットに入れて置きます。
 フェルナンドはそれを、姫の前に運びます。
 姫は棺の中から、手だけをだして、バスケットを取り、パクパクと食べます。
 なんだか、猫みたいだな、とフェルナンドは少し頬を緩めて、その姿を見ます。

 真夜中、姫は棺から立ち上がり、フェルナンドと対峙します。

「なぜ、私を殺さなかったの、がうがう」
「どうして、愛する姫に私が害する事ができましょうや?」
「愛って、なに? がうがう」
「愛とは、その……」

 フェルナンドも意外に口べたです。
 詩人のような綺麗な言葉で、姫に愛を語りたい所なのですが、それを表現する美しい言葉など、フェルナンドは知りません。
 替わりに、フェルナンドは槍を手放し、盾を置き、鎧を脱ぎ、上半身裸になって、そのたくましい肉体に油を塗ります。

「愛とは、つまり、こういう事です!」
「わかりやすいわっ! そういうの大好きよ! がうがう」

 彼らの間には、言葉よりも濃密で伝わりやすい、肉体言語がごろりと横たわっておりました。
 そして、今夜も、激しく二人は肉体をぶつけ合います。
 いえ、やましいことは何もないのです、ただただ、死力を尽くして戦いあった。それだけの事です。

 拳が激しく打ち合わされ、蹴りが頭の上まであがって、かかとが流星のような速度で落ちていきます。
 激しい戦いの中で、棺桶姫は、正拳突きの正しいフォームを覚えました。
 フェルナンドは漢臭く微笑むと、その豪拳をらすように受け、いなします。
 次に覚えるのは回し蹴りでした。
 飢えた野獣のように、棺桶姫は技を覚え、そして使っていきます。

 毎晩のように、二人は戦い、そして、拳と拳の絆を深め合っていきます。
 夏が来て、寝苦しい暑い夜も、秋が来て、枯れ葉が窓から舞い落ちる夜も、冬が来て、水盆の水が凍るような夜も、春が来て、木の芽が萌える匂いの夜も。
 二人は戦い合い、そして技を高め合っていきました。

 棺桶姫にとっては、フェルナンドは、武術の師匠であり、遙か高みに覗く大きな頂のようなものでした。技をどんなに覚えても、連続攻撃をつないでも、フェルナンドはびくともしないいわおのような漢でした。
 姫はフェルナンドと戦うのが楽しくてしかたがありませんでした。
 こんなに長く、姫と言葉を交わした漢はおりません。
 たとえそれが、無言の肉体言語でも、姫にはフェルナンドの気持ちが伝わって、フェルナンドにも、姫の気持ちが伝わりました。

 そして、二年の歳月が流れ、それは突然やってきました。

 激しい、戦いの中で、フェルナンドのベルトが千切れ、すとんとズボンがおちました。
 貧しいフェルナンドが新しいベルトを買えなかったからですね。
 姫の前には生まれたままの姿の、全裸のフェルナンドがおりました。

 棺桶姫は、なんだか、訳のわからない衝動にかられ、ドレスを脱ぎ捨て、フェルナンドの前で全裸になりました。

「こいっ!」
「応っ!」

 恋する武道愛好家の二人は、こんな時でも勇ましいものです。

 というわけで、なんというか、別の愛の行為になだれ込み、姫とフェルナンドは一つに結ばれました。
 さすがのフェルナンドも、さすがの姫も、愛の確認に疲れはて、抱き合ったままびょうの床で寝てしまいました。

 朝が来て、姫は目を覚まします。
 陽の光が細い窓からびょうを照らしているのに、眠くなりませんでした。
 びょうの中には沢山の黒い毛が落ちていました。
 黒テンでも、迷い込んで死んだのかな、と、姫は思います。
 良く磨き込んだ、フェルナンドの甲冑に、美しい娘が映っておりました。

「これは、私?」
「それが、姫です、おめでとうございます。悪魔の呪いが解けましたね」

 姫の呪いはすっかり解けていました。
 もう、語尾に、がうがう、とも付きません。

「さあ、お着替えを、王の元へ報告にまいりましょう」
「はい」

 不思議な事もあるものです、なんの魔法なのか、烏の濡れ羽色のドレスは、処女雪のように淡く真っ白になっていました。
 それを着た姫は、それはそれは美しく、気品のある、尊い姿でありました。

 優雅に手をとり、フェルナンドは姫をびょうから外に導きます。
 ベルトは千切れましたが、針金で応急処置をして止めております。
 意外にもフェルナンドは手先が器用なのでした。

 外にでると、姫が殺した兵士達の墓がぐらぐらと揺れて、土の中から兵士たちが蘇りました。死んだ時と同じ姿で、首の骨も治っています。
 なぜか、髭だけが年月分長くなって、ゆらゆらと揺れていました。
 彼らは、美しい姫を見て、呪いがとけた事がわかり、万歳万歳と歓声をあげて、姫とフェルナンドの後ろに付き、行進していきました。

 王城の中に入り、玉座の間に行くと、早起きの王様がいて、美しい姫を見て目を丸くします。

「フェルナンド、この美しい姫はだれなのだ」
「我が王国の姫にございます、呪いがとけ、本来の美しさを取り戻しました」
「おおお、おおお」

 王様は、言葉も無く、姫に取りすがって泣くのでした。

「お父様、お願いがあります。是非、このフェルナンドを我が夫に」
「いけません、姫君」
「そ、それは駄目だよ、彼は兵隊さんで身分違いだよ」

 フェルナンドは太く微笑みます。

「姫はずっと獣として生きていらした。これからは人としての人生を取り戻すのです。武偏者の私などがお側にいては邪魔になります」
「フェルナンド、私は、貴方を愛しております」
「過分なお言葉ありがとうございます。でも、貴方はこれから人の中に入り、書を学び、友を作り、失った時間を取り戻すべきなのです」

 姫はほろほろと涙を流します。

「フェルナンド、いかないでください」
「私は、武者修行の旅に出ようと思います。いつでも姫が危機の時は、私の名をお呼びください。どこに居ても、愛する姫の為に駆けつけましょう」

 そう言うと、フェルナンドはやせた馬に乗り、お城を出て行きました。
 姫は、彼の姿が丘の向こうに消えるまで、ずっと見送りました。

 さて、お話しは、もうすこし続くのです。
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