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32、宿敵との邂逅

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 主様たちを見送った私は晴れやかな気持ちで空を見上げていた。これもジオンのおかげで心残りを清算することが出来たからですね。
 けれど疑問が残る結果となってしまった。

 一流の料理人て、なんだろう……

 わりと、いや、勢いに流されて言ってしまった気がする。
 とにかくここで悩んでいても仕方がない。立ち尽くしていても一流どころか料理人にもなれやしない。
 私はレモンのカゴを手に城へと続く道を急いだ。
 時間に余裕はあるので走るほどではないけれど、少し距離があるので厄介だ。さらに途中で現在着ている変装服から仕事着に着替えなければならない。
 足早に進み続け、城下まで辿り着く。
 すると目的地まであと少しというところでなんとカゴの取っ手と器部分が分離した。
 何がおきているのか、一瞬自分でもわからなかった。

「え――」

 カゴが壊れるとは!?

 軽くなったカゴに驚き、とっさに手を伸ばす。同時に小道具を用意したであろうジオンを呪った。

「わっ、と!」

 体制を低くしてカゴを捕らえる。なんとか地面に激突する前に抱えることは出来たが、積まれていたレモンが一つ転がろうとしていた。

「わっ!」

 急いで手を伸ばすと、同じタイミングで手を伸ばしてくれる人がいた。一足早くレモンを取った私の手ごと、その人の大きな手に包まれる。

「ありがとうございます」

 親切な人がいたものだと視線を上げる。

「いや。余計なお世話だったな」

 至近距離で呟く人物を、私は良く知っていた。

 ジオン!

 本当に!

 小道具の手入れはしっかりしておいて!

 おかげで何故か目の前にセオドア殿下がいて、手を握り合うという状況に陥っている。これもすべてはジオンのせいだ。
 とにかく感謝を。そう感謝……
 主様の敵に助けられるなんて屈辱ではありますが、相手は王子、王子様。しかも未来の国王陛下。それらの理由を抜きにしても一応、助けようとしてくれたわけで……
 見ず知らずの人間だ。放っておけばいいのに、何を親切ぶっているの? 貴方にだけは助けられたくはなかった!
 そもそもここは街中だ。セオドア殿下が気まぐれにお忍びで城下にやってくることは情報として知っているけれど、何も今日下りてこなくてもいいと思う。
 百歩譲って今日だとしても、どうして顔を合わせてしまうの!?
 ジオンか。やっぱりジオンが悪いのね!

「お前……」

 あ……!
 現状、私たちはレモンを手に見つめ合ったままだ。
 そうよね、まずは手を引かないと!
 そう思い、緩やかに抜けだそうとしたところで腕を掴まれていた。なんで!?

「お前、どこかで会わなかったか?」

 いや、どこのナンパですか……
 あまりの定型文に突っ込みを入れてしまったけれど、真面目なセオドア殿下に限ってそれはない。ではどこで私を見かけたと言うのか。可能性があるとすれば城内だろう。
 とにかく一旦落ち着こう。
 一度だけ同じ空間に身をおいたこともあるとはいえ、あれだけでここにいるのが私を判別出来るはずがない。落ち着いて答えれば問題はないはずだ。
 これくらいのこと、窮地でもなんでもない。敵陣に潜入し、密書を書き写した時の方がよっぽど窮地だった。
 セオドア殿下の一人や二人、目の前に現れたからなんだっていうの!
 たとえば王子様と街中でばったり会うこともあるでしょう。そうよ、よくあることなのよ。

「城で働いておりますので、もしかしたらどこかでお目にかかえる栄誉に賜れたのかもしれません」

 正体を知っていることもそれとなく匂わせ、お互いのためにも詮索は無用だと伝えておく。
 こんなことを言うのは悔しいけれど、敏い人だ。これで察してくれただろう。

「そうか、買い出しの途中か……。どこかで見た気がしたのだが、呼び止めてすまない」

「私こそご迷惑をお掛けして申し訳ありませんでした。仕事がありますので、失礼致します」

 私はレモンを回収するなり駆け出した。急ぐ必要はないのに、一刻も早くこの人の前から立ち去りたかった。
 セオドア殿下視線から完全に逃れたところで壁にもたれて息をつく。

「はあ……はあっ!」

 どうして……こんな偶然がある!?
 ひとしきり心を落ち着かせるためにもジオンに呪いの言葉を吐き、私は逃げるように厨房へと駆け込んでいた。
 主様はもういないのに、あの人のいる場所へ帰らなければならないことが皮肉だ。
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