密偵をクビになったので元主のため料理人を目指します!

奏白いずも

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13、再就職希望

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 翌日、私はジオンとともに再び主様の執務室を訪れていた。
 やけに得意げな表情を浮かべていると、朝からジオンに指摘されている。

 昨日は感情的になって逃げ出してしまったけれど、主様は嫌な顔一つ見せずに迎えて下さった。
 あの後ジオンが口添えをしてくれたのかもしれない。そういう大人の気遣いが出来るアピールも嫌いだ。
 そのジオンは隣にいるはずが、明らかに落ち着きがない。部屋に入る前から「大丈夫か? 本当に大丈夫なのか!?」と執拗に迫られ、そろそろ鬱陶しくなっていた。
 そんな私の癒しは主様。部屋を訪れるなり主様は笑顔を向けてくれたけれど、私の目にはどこか悲しそうに映った。

「サリア、何かやりたいことは見つかったかな?」

 本当にこんなことを願っても許されるの?
 躊躇いが言葉を鈍らせる。けれど密偵の迷いなど主様には筒抜けだ。

「遠慮することはないよ。なんでも願ってごらん。普通の女の子に戻りたいというのなら便宜を図る。もちろんこの仕事を続けたいというのなら新しい主を探そう。君はとても優秀な子だ。望めばなんにだってなれるさ」

 主様はたった一言で私の躊躇いを消してしまう。
 確かな決意を持って、私は主様と向かい合っていた。

「お言葉ですが主様。私の主は生涯ただ一人と心に決めております」

 見つめられていた視線を真っ直ぐに返す。
 もちろん貴方様のことですよと、眼差しで伝えた。

「私は主様以外の人間に仕えるつもりはありません。ですが主様は密偵としての私はもう必要ないとおっしゃられました。護衛も、そこの抜け駆け男だけで、他は不要と。けれど私は、それでも主様のおそばにいたいです。それ以外の生き方は……どうしたって考えられませんでした」

 これが一晩かけての私の答えだ。

「そう……」

 主様の小さな呟きが胸に刺さる。やはり困らせてしまったことが申し訳ない。
 でも後悔はしているかといえば、それは違う。たとえ主様が瞳を伏せ、憂いに顔を曇らせたとしても、私は引き下がれない。

「君の気持ちは良くわかった。なら君は」

「はい」

 再び視線が交わった時、そこに映っていたのは優しい色だった。悲し気に映っていたはずの空気は穏やかなものへと変わっていた。

 まるですべてを受け入れたかのように――

 そんな空気に背を押され、私は決意を口にする。

「ですから私は料理人になろうと思います」

「どうしてそうなったのかな!?」

 主様は椅子を弾き飛ばす勢いで立ち上がる。優雅な仕草が美しく、取り乱すことの少ない人なのに、どうされたのだろう。訳が分からず瞬いていると、くい気味で質問をされた。
 ジオンに至っては天を仰いでいる。なんで?

「その、君が料理に興味があったなんて、初めて知ったよ」

「いえ、特に興味はありませんが」

「え?」

 そのような話をしたことがあっただろうか。私が首を傾げると、つられるように主様まで同じ仕草をしていた。
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