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十五、夜帰り(報告者藤代)

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 その日は重苦しい雲に覆われた空に湿った空気が立ちこめ、いかにも雨が降る前兆、降りだすのも時間の問題という生憎の空模様。そんな天候にもかかわらず、だからこそ外出すると朧様は言い出した。
 無論今日の講義は中止だと宣言され、わたくしの眉間に皺が寄る。完璧な計画を立てている身としては不満も抱くだろう。けれど朧様に仕え慕う身としては初めての逢瀬を応援したい気持ちのほうが勝っていた。

 そう、初めての……。

 仕方ありませんねと、しぶしぶ了承を告げる。それが予想通りの反応だったのか、あるいは逢瀬が楽しみなのか正確には判断しかねるも朧様は上機嫌だ。
 せいぜい誘いを拒否されないことを祈りながら椿様の元へと向かう。駄々をこねられ出発が遅れ天気が回復してはいけない。だからこそ、のんきに考える暇は与えずに。わたくしは予定だけ告げると野菊に支度を任せ退散するに限る。案の定、去り際の椿様は追いすがってきそうな勢いで、阻止した野菊は実に良い仕事をしたと思う。
 良かったですね、朧様。どうにか外出は出来そうですよ、外出は。

 さて、早急に傘を隠さなければ!

 処分との命令を受けているが、朧様の部屋に非難させておけば問題ないだろう。椿様が絶対に訪れそうにない場所ですからね。


 早々に降りだした雨は夜まで続いた。時折強くなる雨脚に、わざわざ雨の日を選び外出を決めた主たちを想う。
 わたくしの予想では、お前と同じ傘で歩くくらいなら濡れる! という椿様の行動により、どちらかがずぶ濡れに。もしくは傘が大破し、お互いずぶ濡れで早々に帰宅されると湯の準備をしていましたが。
 それほどまでに屋敷から出るまでのくだりが長かった。いっそ「早く行け」と何度言おうと思ったことか。
 だからこそ有能なわたくしはすぐに出迎えられるよう用意していた。結果として、温めていた湯が活躍することはなかったが。

 それどころか……まさかの夜帰り!

 朝帰りを通り越して夜の帰宅。つまりお二人は共に外出し宿で一夜をあかし、あまつ朝を過ぎ、昼さえも通り過ぎ、日が沈んでからゆるりと夜の帰宅であった。
 尤も日が沈んでからの帰宅は椿様の事情を鑑みれば仕方のないことか。昨日の雨が嘘のような快晴では昼間から外を歩けはしないだろう。


 この夜帰り事件は瞬く間に屋敷中に広まった。「朧様、良かったですね」などと、わたくしを初め微笑ましい眼差しを向けられる主は屋敷の者に慕われている。
 そう、二人の間には何かがあった。夜帰りの間に、確実に進展があったのだ。
 あれはわたくしがいつものように椿様に伺いを立てた時のこと――

「椿様。差し出がましいことを本日もお伺いして心苦しいのですが……」

 お二人は別々の部屋で別々に食事を取られている。もちろん椿様が拒否されると言う理由で。
 本日も形ながらも主のために共に食事はと伺っていたところだ。すると……

「構わない」

 そうですよねー―……

「はい? 今、何と?」

 空耳だろうか。

「だから、朧と一緒でも構わないと言った」

 え?
 あの椿様が?
 朧様との食事を了承された!?

 この事件も瞬く間に屋敷中へと広まった。動揺広がる中、無論わたくしも同じだが。気が変わらないうちに早急に食事の手配をしてしまおうと先を急ぐ。
 こういう結果を人の世では『雨降って地固まる』と表現するのだろうか。随分と微笑ましいことを考えながら、わたくしは婚姻の日も近いだろうかと想像し――

「調子に乗らないで!」

 甘い未来予想を打ち消すような椿様の怒声。静寂を打ち破る椿様の叫びに肩を落としながら、また密かに主を応援する。
 固まるのはまだ早かったかもしれない。だがせめて月見酒くらいは、いつか彼女を伴う日が近ければと思う。少しさびしい気もするが、いつかその日が来ればいいと願った。
 出会ったその日に比べたら共に食事を取るなんて、それだけで大きな進展だ。涙ぐみそうになるわたくしは目尻に光るそれを拭い支度へと向かう。

 ……のだが。

「大人しく刺さって」

 物騒な発言と共に物騒な……とはいえ、それは主からの贈り物。
 夜帰り以降の椿様は、より過激になられたように思う。とにかく顔を合わせれば刀を向けていた。事情は聞き及んでいるとはいえ、以前はここまで頻繁に椿様も襲撃されていなかったと記憶しているのですが、出かける前より険悪になっていませんか?
 そして朧様はというと。

「熱心なことだ」

 案の定、変わらない態度を貫いている。優雅に刃を受け面白そうに口元を歪める始末。お二人の関係は難解さを増していた。

 朧様。あなたがそんな態度でいらっしゃるから椿様の琴線に障るのでは?

 今宵、月見のおりにでも進言させていただくつもりです。差し出がましいとは存じながら、以上藤代の考察でした。
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