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59、あの日の二人
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リシャールの言葉は都合よく受け止めれば勘違いしそうなものばかりだ。けれどそんなことが起こるはずないと、カルミアは必死に自分を抑え込む。
(でも……)
もう一人の自分はその間違いが本当であればいいと期待している。リシャールに必要とされることを、心のどこかでは望んでいた。
「カルミアさん!」
声を荒げたリシャールに、カルミアの肩が揺れる。そんなカルミアの様子を目にしたリシャールはすぐさま己の行いを反省していた。
そして今度は間違えないように。丁寧に、慎重に言葉を選んでいく。
「カルミアさんは私の密偵であり、学園を救って下さった英雄です。しかしこれはそのどれとも違う、仕事の話ではありません。私の、個人的な願いです。叶うことならどうか私のそばに、妻として隣にいて下さいませんか」
まるで物語のような告白シーンだ。ゲームでも主人公が告白されるたび、カルミアは胸を高鳴らせて二人を見守っていた。
しかしカルミアは物語の主人公たちのように照れるのではなく、盛大に混乱している。
「きゅ、急にどうしちゃったんですかリシャールさん!?」
こうもはっきり言われては、さすがに間違えようがないと思う。しかしどうして、何故と、その理由ばかりが頭を占め、ときめきとは別の焦りばかりが生まれていた。
慌てふためくカルミアだが、リシャールは落ち着きを取り戻している。これが大人の余裕というものだろうか。
「急なことではありません。私はカルミアさんのことが好きなのです。ずっと昔から、名前も知らない貴女のことばかりを想い、生きてきました」
リシャールの想いはカルミアの予想をはるかに超えるものだった。
けれど二人で過ごした時間は一月にも満たない。それなのにリシャールはずっと昔からと言うのだ。
「昔って……」
「カルミアさんは昔、私を救って下さったのです」
リシャールの顔には隠しきれない嬉しさが見える。それが大切な思い出であることは、同じような経験のあるカルミアにもわかった。そして昔を懐かしむように、静かに語り始める。
しかし……
「かつては人に言えないような仕事をこなしていた私ですが」
リシャールの思い出には不穏しか感じなかった。
(これ大丈夫な話? 私、聞いて平気? 後で口封じとかされない!?)
しかしカルミアは口を挟むことが出来なかった。リシャールがあまりにも優しい目をして語っていたからだ。
「私はたまたま訪れた船で幼い少女と出会った。彼女は調理場で木箱を積み上げ、不安定な魔法の力で水を生み出し、野菜を洗っていました」
(それって……)
カルミアの脳裏にはある映像が浮かんでいた。
「そして見ているこちらが不安になるほど拙い手付きで包丁を握り、皮をむきはじめた。彼女の切った野菜は料理経験のない私からしても不格好なもので、コンロに放つ火さえも頼りなく揺れていました。ですが少女は幼い身体に秘めた力を駆使することで、なんとか野菜炒めを完成させたのです」
カルミアはわなわなと震え始めていた。それはとても聞き覚えがある話だった。
「そしてあろうことか、彼女は見ず知らずの私に料理を振る舞ってくれた。見た目は不格好ではありましたが、とても美味しかったことを憶えていますよ。カルミアさん」
物語の最後はカルミアに向けた言葉であった。
いよいよカルミアは黙っていられなくなる。
「あれリシャールさんだったんですか!?」
「はい」
リシャールが頷けば、これまで影が差していた思い出の少年に色がつく。
確かにカルミアはリシャールにこの話をした。しかしリシャールの口から語られたものはカルミアが語ったものより鮮明だ。まるで見ていたかのように詳しい。
とはいえまずは聞かなければならないことがある。
「うちの船で一体何を!?」
感動の再会よりも不穏な前文の方が気になってしまった。裏にこのようなエピソードが隠されているとなれば綺麗な思い出だけでは済まないだろう。
「……少々人様には言えないようなことを」
口元を引きつらせるカルミアに、リシャールは慌ててフォローする。
「それは誤解です! 誓ってラクレット家の船に悪事を働いたわけではありません。別のところで問題が起こりまして、身を隠させてもらっていたのです」
「それはそれで問題だと思うんですが」
「その問題有り余る私に手料理を恵んで下さったのがカルミアさんでしたね」
改めて状況を説明されると昔の自分に目眩を覚えた。見知らぬ人間相手に何をしているのだろう。警戒心が足りないにもほどがある。
しかしリシャールは嬉しそうに続けた。
「誰かが自分のために何かをしてくれる。そんな当たり前のことを、私はあの時初めて知りました。最初は――」
リシャールが思い出したように笑うので、カルミアは恐る恐る問いかけた。
「な、なんですか?」
「いえ、最初は殺してしまうつもりだったのですが。幼い貴女があまりにも……ふふっ」
想像以上に物騒だった。リシャールは軽やかに笑い続けるが、幼いカルミアにとっては命の危機である。
「カルミアさんは私を新しく入った船員と勘違いしていましたが、後々騒がれては厄介です。顔も見られてしまいましたし、生かしておけないと思いました。貴女が手元に集中しているのをいいことに、ナイフを構えて背後へ迫ったのです」
(逃げてー! ものすごく逃げてカルミア!)
現在の自分が無事なのだから、昔の自分だって無事に決まっている。それでも全力で過去の自分に向けて逃げてと言いたくてたまらない。
「幼い貴女は振り向き、私を見てこう言ったのです。皮むきを手伝ってくれるのね。ありがとう、と。おそらく私の手にしたナイフを見てそう解釈したのでしょう」
カルミアはもはやどんな顔をして話を聞けばいいのかわからない。
少年に料理を食べさせ、美味しいと言わせてしまったことはしっかりと覚えているが、幼い頃の話であり、それまでの経緯は薄れてきている部分もある。しかしリシャールの話を聞いたことでカルミアはあの時のことを鮮明に思い出していた。
「だ、だって、本当にそう思ったんですよ!?」
「はい。純粋な貴女の眼差しに、私はすっかり毒気を抜かれてしまいました」
(満面の笑顔で言われても、言ってることの物騒さは変わらないですからね!?)
「私にとってあの時出会えた少女は恩人です。彼女の優しさに応えたい、彼女の行いに恥じない自分になりたい一心で足を洗いました。いつかもう一度会えることを願って」
「もう一度会えたら、どうするつもりだったんですか?」
こうして出会えているはずが、特にリシャールから何かを求められた覚えがない。彼の本当の望みがどこにあるのか、知りたいと思ってしまう。
(でも……)
もう一人の自分はその間違いが本当であればいいと期待している。リシャールに必要とされることを、心のどこかでは望んでいた。
「カルミアさん!」
声を荒げたリシャールに、カルミアの肩が揺れる。そんなカルミアの様子を目にしたリシャールはすぐさま己の行いを反省していた。
そして今度は間違えないように。丁寧に、慎重に言葉を選んでいく。
「カルミアさんは私の密偵であり、学園を救って下さった英雄です。しかしこれはそのどれとも違う、仕事の話ではありません。私の、個人的な願いです。叶うことならどうか私のそばに、妻として隣にいて下さいませんか」
まるで物語のような告白シーンだ。ゲームでも主人公が告白されるたび、カルミアは胸を高鳴らせて二人を見守っていた。
しかしカルミアは物語の主人公たちのように照れるのではなく、盛大に混乱している。
「きゅ、急にどうしちゃったんですかリシャールさん!?」
こうもはっきり言われては、さすがに間違えようがないと思う。しかしどうして、何故と、その理由ばかりが頭を占め、ときめきとは別の焦りばかりが生まれていた。
慌てふためくカルミアだが、リシャールは落ち着きを取り戻している。これが大人の余裕というものだろうか。
「急なことではありません。私はカルミアさんのことが好きなのです。ずっと昔から、名前も知らない貴女のことばかりを想い、生きてきました」
リシャールの想いはカルミアの予想をはるかに超えるものだった。
けれど二人で過ごした時間は一月にも満たない。それなのにリシャールはずっと昔からと言うのだ。
「昔って……」
「カルミアさんは昔、私を救って下さったのです」
リシャールの顔には隠しきれない嬉しさが見える。それが大切な思い出であることは、同じような経験のあるカルミアにもわかった。そして昔を懐かしむように、静かに語り始める。
しかし……
「かつては人に言えないような仕事をこなしていた私ですが」
リシャールの思い出には不穏しか感じなかった。
(これ大丈夫な話? 私、聞いて平気? 後で口封じとかされない!?)
しかしカルミアは口を挟むことが出来なかった。リシャールがあまりにも優しい目をして語っていたからだ。
「私はたまたま訪れた船で幼い少女と出会った。彼女は調理場で木箱を積み上げ、不安定な魔法の力で水を生み出し、野菜を洗っていました」
(それって……)
カルミアの脳裏にはある映像が浮かんでいた。
「そして見ているこちらが不安になるほど拙い手付きで包丁を握り、皮をむきはじめた。彼女の切った野菜は料理経験のない私からしても不格好なもので、コンロに放つ火さえも頼りなく揺れていました。ですが少女は幼い身体に秘めた力を駆使することで、なんとか野菜炒めを完成させたのです」
カルミアはわなわなと震え始めていた。それはとても聞き覚えがある話だった。
「そしてあろうことか、彼女は見ず知らずの私に料理を振る舞ってくれた。見た目は不格好ではありましたが、とても美味しかったことを憶えていますよ。カルミアさん」
物語の最後はカルミアに向けた言葉であった。
いよいよカルミアは黙っていられなくなる。
「あれリシャールさんだったんですか!?」
「はい」
リシャールが頷けば、これまで影が差していた思い出の少年に色がつく。
確かにカルミアはリシャールにこの話をした。しかしリシャールの口から語られたものはカルミアが語ったものより鮮明だ。まるで見ていたかのように詳しい。
とはいえまずは聞かなければならないことがある。
「うちの船で一体何を!?」
感動の再会よりも不穏な前文の方が気になってしまった。裏にこのようなエピソードが隠されているとなれば綺麗な思い出だけでは済まないだろう。
「……少々人様には言えないようなことを」
口元を引きつらせるカルミアに、リシャールは慌ててフォローする。
「それは誤解です! 誓ってラクレット家の船に悪事を働いたわけではありません。別のところで問題が起こりまして、身を隠させてもらっていたのです」
「それはそれで問題だと思うんですが」
「その問題有り余る私に手料理を恵んで下さったのがカルミアさんでしたね」
改めて状況を説明されると昔の自分に目眩を覚えた。見知らぬ人間相手に何をしているのだろう。警戒心が足りないにもほどがある。
しかしリシャールは嬉しそうに続けた。
「誰かが自分のために何かをしてくれる。そんな当たり前のことを、私はあの時初めて知りました。最初は――」
リシャールが思い出したように笑うので、カルミアは恐る恐る問いかけた。
「な、なんですか?」
「いえ、最初は殺してしまうつもりだったのですが。幼い貴女があまりにも……ふふっ」
想像以上に物騒だった。リシャールは軽やかに笑い続けるが、幼いカルミアにとっては命の危機である。
「カルミアさんは私を新しく入った船員と勘違いしていましたが、後々騒がれては厄介です。顔も見られてしまいましたし、生かしておけないと思いました。貴女が手元に集中しているのをいいことに、ナイフを構えて背後へ迫ったのです」
(逃げてー! ものすごく逃げてカルミア!)
現在の自分が無事なのだから、昔の自分だって無事に決まっている。それでも全力で過去の自分に向けて逃げてと言いたくてたまらない。
「幼い貴女は振り向き、私を見てこう言ったのです。皮むきを手伝ってくれるのね。ありがとう、と。おそらく私の手にしたナイフを見てそう解釈したのでしょう」
カルミアはもはやどんな顔をして話を聞けばいいのかわからない。
少年に料理を食べさせ、美味しいと言わせてしまったことはしっかりと覚えているが、幼い頃の話であり、それまでの経緯は薄れてきている部分もある。しかしリシャールの話を聞いたことでカルミアはあの時のことを鮮明に思い出していた。
「だ、だって、本当にそう思ったんですよ!?」
「はい。純粋な貴女の眼差しに、私はすっかり毒気を抜かれてしまいました」
(満面の笑顔で言われても、言ってることの物騒さは変わらないですからね!?)
「私にとってあの時出会えた少女は恩人です。彼女の優しさに応えたい、彼女の行いに恥じない自分になりたい一心で足を洗いました。いつかもう一度会えることを願って」
「もう一度会えたら、どうするつもりだったんですか?」
こうして出会えているはずが、特にリシャールから何かを求められた覚えがない。彼の本当の望みがどこにあるのか、知りたいと思ってしまう。
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