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44、密偵をクビになりました
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「どういうことですか……」
「言葉通りの意味ですよ」
リシャールの言葉を頭では理解していても、突然のことに心が追い付いていなかった。
「そんな、急に……私が役に立っていないからですか!?」
「役に立つもなにも、貴女という存在が不要になったということです」
「頼まれていた問題は、解決したんですか?」
「はい。ですから即刻、私の学園から立ち去っていただきたいのです」
リシャールの顔に笑みが戻る。しかしそれはあの優しかったものではない。冷たく、まるで貼り付けたようなものへと変貌していた。
信じられない。信じたくないとまだ心は叫んでいる。しかしカルミアが雇われていたのはあくまでリシャールからの依頼であり、彼に不要と言われれば引き下がるしかなくなってしまう。
「本当に学園の危機は去ったんですか?」
「私の言うことが信じられないと」
「そんなことは! でも、それならあの手紙は……」
「手紙?」
「私宛に手紙が置かれていたんです。学園を出ていくようにと」
「さて、私の知ったことではありませんが、学園を去る貴女には関係のないことでは?」
否定は聞かないと、リシャールの眼差しがカルミアを射ぬく。
確かに名指しをされたのはカルミア個人であり、学園に危害が加わるようなものではない。リシャールが学園の危機が去ったというのなら、このままカルミアが消えることですべては丸く収まるのかもしれない。
言いたいことはたくさんあった。正直に言えば、まだ納得は出来ていない。けれどここではリシャールの言葉が全てだ。反論を呑みこみ、なんとか頷いてみせる。
「わかりました……。けど学食はどうなるんですか? やっと生徒たちにも認めてもらえて、賑わいを取り戻したんですよ!」
リシャールの問題が解決したというのなら、それは円満な幕引きだ。けれど学食としてはまだカルミアを失うわけにはいかない。カルミアという存在が消えれば瓦解しかねないだろう。
しかしリシャールは非常な決定を下す。
「そのようなものは最初から不要だったのです」
「不要って、学食がですか?」
「食事など各自で済ませておけばいい。このような場所を学園内に設けておくことこそ無駄であると私は常々考えていたのです」
冷めた眼差しがカルミアを射貫く。威圧感を放ち、そこに優しさなどは存在しない。触れれば傷つけられてしまうほどの恐ろしさを秘めていた。
(私、このリシャールさんを知っている。これこそが私の知るラスボス、リシャールだわ)
その姿はかつてゲームで目にした本当のリシャールと酷似していた。
ゲームと同じリシャールであるのなら、彼がカルミアの意見など聞くはずがない。何を告げたところで切り捨てるだろうと諦めが生まれていく。
(優しかったのは演技だったの? 最初から全部……嘘、だった?)
何を信じればいいのか、とっくにわからなくなっている。だからカルミアは一つだけ、引き下がりそうになる自分を鼓舞して問いかけた。
「一つだけ聞かせて下さい」
「はあ……まだ何か?」
「いつも我慢して食べていたんですか。最初に出会った時から、美味しいと言ってくれたのは全部……嘘だったんですか?」
言葉にするだけで声は震える。否定してほしいとカルミアは祈るようにリシャールを見つめた。
「最初……もう覚えてはいませんが、きっと私にとってそれは苦痛な時間だったのでしょう。こうして席に押し込まれ、食べたくもない物を強要されていたはずです。ああ、こういえば鈍い貴女も理解出来ますか?」
リシャールは見せつけるように卵焼きを口に運ぶ。
そして一口食べると何食わぬ顔で告げた。
「美味しくありません」
それはカルミアにとって、この学園に来てからの日々が崩れ去るようだった。
リシャールは話は済んだとばかりに席を立つ。振り返りもせずにカルミアを残して出て行ってしまう。
フロアが静まり返ると、しばらくして入れ違うようにオランヌが入ってくる。きっとどこかでリシャールが食事をするのを見守っていたのだろう。
「ねえ、カルミア。あの人もう帰るみたいだけど、ちゃんと食べてくれた? ああ、オズなら授業に行かせたわよ。あたしはほら、友達として二人のことが心配で……って、カルミア!?」
焦りを露わにしたオランヌの声で我に返る。
カルミアはそっと自らの頬に手を伸ばした。
(私、泣いてるの? リシャールさんが喜ぶ美味しい物を作れなかった自分が、リシャールさんの期待に応えられなかった自分が……私、自分が情けないんだ……)
早く何でもないと笑わなければ。そうでなければオランヌに心配をかけてしまう。それなのに、涙はあとからあとから溢れてくる。この場所にいることは今のカルミアにとって苦痛でしかなかった。
「ちょっとカルミア!?」
気付けばオランヌの静止を無視して学食を飛び出していた。心配する彼にさえ、何も言うことは出来そうもない。
学食を飛び出し行き場を失っていたカルミアは礼拝堂へと駆け込む。厳かな雰囲気に包まれ、アレクシーネの姿を模した彫刻が安置されている施設だ。
寮の部屋では誰かが訪ねてくるかもしれない。校舎では生徒たちに見つかってしまうと考えた結果である。
「私、何してるんだろ……」
リシャールには迷惑をかけて、みんなには心配をかけて。
一人になって頭を冷やすと、後悔ばかりが浮かんでくる。
「もっと出来る事があったはずなのに、結局は何も出来なかったのね」
もともと礼拝堂は式典などの儀式で使われるほかは生徒の相談場所としても解放されている。ついつい懺悔のような言葉を零してしまうのはアレクシーネ像の前だからだろうか。
「でも、何よりみんなに心配をかけたままは、いけないですよね」
カルミアは自分を見下ろすアレクシーネ像に向けて微笑みかけていた。
答えを望んでいたわけではないが、言葉にしたことで少しだけすっきりしたように思う。
「――よしっ! ありがとうございました」
アレクシーネへと一礼したカルミアは自らの居場所に戻ることにする。
『カルミア――』
踵を返すと、ふいに誰かに呼ばれたような気がした。とっさに振り返るが、そこにあるのは沈黙するアレクシーネ像だけである。
「言葉通りの意味ですよ」
リシャールの言葉を頭では理解していても、突然のことに心が追い付いていなかった。
「そんな、急に……私が役に立っていないからですか!?」
「役に立つもなにも、貴女という存在が不要になったということです」
「頼まれていた問題は、解決したんですか?」
「はい。ですから即刻、私の学園から立ち去っていただきたいのです」
リシャールの顔に笑みが戻る。しかしそれはあの優しかったものではない。冷たく、まるで貼り付けたようなものへと変貌していた。
信じられない。信じたくないとまだ心は叫んでいる。しかしカルミアが雇われていたのはあくまでリシャールからの依頼であり、彼に不要と言われれば引き下がるしかなくなってしまう。
「本当に学園の危機は去ったんですか?」
「私の言うことが信じられないと」
「そんなことは! でも、それならあの手紙は……」
「手紙?」
「私宛に手紙が置かれていたんです。学園を出ていくようにと」
「さて、私の知ったことではありませんが、学園を去る貴女には関係のないことでは?」
否定は聞かないと、リシャールの眼差しがカルミアを射ぬく。
確かに名指しをされたのはカルミア個人であり、学園に危害が加わるようなものではない。リシャールが学園の危機が去ったというのなら、このままカルミアが消えることですべては丸く収まるのかもしれない。
言いたいことはたくさんあった。正直に言えば、まだ納得は出来ていない。けれどここではリシャールの言葉が全てだ。反論を呑みこみ、なんとか頷いてみせる。
「わかりました……。けど学食はどうなるんですか? やっと生徒たちにも認めてもらえて、賑わいを取り戻したんですよ!」
リシャールの問題が解決したというのなら、それは円満な幕引きだ。けれど学食としてはまだカルミアを失うわけにはいかない。カルミアという存在が消えれば瓦解しかねないだろう。
しかしリシャールは非常な決定を下す。
「そのようなものは最初から不要だったのです」
「不要って、学食がですか?」
「食事など各自で済ませておけばいい。このような場所を学園内に設けておくことこそ無駄であると私は常々考えていたのです」
冷めた眼差しがカルミアを射貫く。威圧感を放ち、そこに優しさなどは存在しない。触れれば傷つけられてしまうほどの恐ろしさを秘めていた。
(私、このリシャールさんを知っている。これこそが私の知るラスボス、リシャールだわ)
その姿はかつてゲームで目にした本当のリシャールと酷似していた。
ゲームと同じリシャールであるのなら、彼がカルミアの意見など聞くはずがない。何を告げたところで切り捨てるだろうと諦めが生まれていく。
(優しかったのは演技だったの? 最初から全部……嘘、だった?)
何を信じればいいのか、とっくにわからなくなっている。だからカルミアは一つだけ、引き下がりそうになる自分を鼓舞して問いかけた。
「一つだけ聞かせて下さい」
「はあ……まだ何か?」
「いつも我慢して食べていたんですか。最初に出会った時から、美味しいと言ってくれたのは全部……嘘だったんですか?」
言葉にするだけで声は震える。否定してほしいとカルミアは祈るようにリシャールを見つめた。
「最初……もう覚えてはいませんが、きっと私にとってそれは苦痛な時間だったのでしょう。こうして席に押し込まれ、食べたくもない物を強要されていたはずです。ああ、こういえば鈍い貴女も理解出来ますか?」
リシャールは見せつけるように卵焼きを口に運ぶ。
そして一口食べると何食わぬ顔で告げた。
「美味しくありません」
それはカルミアにとって、この学園に来てからの日々が崩れ去るようだった。
リシャールは話は済んだとばかりに席を立つ。振り返りもせずにカルミアを残して出て行ってしまう。
フロアが静まり返ると、しばらくして入れ違うようにオランヌが入ってくる。きっとどこかでリシャールが食事をするのを見守っていたのだろう。
「ねえ、カルミア。あの人もう帰るみたいだけど、ちゃんと食べてくれた? ああ、オズなら授業に行かせたわよ。あたしはほら、友達として二人のことが心配で……って、カルミア!?」
焦りを露わにしたオランヌの声で我に返る。
カルミアはそっと自らの頬に手を伸ばした。
(私、泣いてるの? リシャールさんが喜ぶ美味しい物を作れなかった自分が、リシャールさんの期待に応えられなかった自分が……私、自分が情けないんだ……)
早く何でもないと笑わなければ。そうでなければオランヌに心配をかけてしまう。それなのに、涙はあとからあとから溢れてくる。この場所にいることは今のカルミアにとって苦痛でしかなかった。
「ちょっとカルミア!?」
気付けばオランヌの静止を無視して学食を飛び出していた。心配する彼にさえ、何も言うことは出来そうもない。
学食を飛び出し行き場を失っていたカルミアは礼拝堂へと駆け込む。厳かな雰囲気に包まれ、アレクシーネの姿を模した彫刻が安置されている施設だ。
寮の部屋では誰かが訪ねてくるかもしれない。校舎では生徒たちに見つかってしまうと考えた結果である。
「私、何してるんだろ……」
リシャールには迷惑をかけて、みんなには心配をかけて。
一人になって頭を冷やすと、後悔ばかりが浮かんでくる。
「もっと出来る事があったはずなのに、結局は何も出来なかったのね」
もともと礼拝堂は式典などの儀式で使われるほかは生徒の相談場所としても解放されている。ついつい懺悔のような言葉を零してしまうのはアレクシーネ像の前だからだろうか。
「でも、何よりみんなに心配をかけたままは、いけないですよね」
カルミアは自分を見下ろすアレクシーネ像に向けて微笑みかけていた。
答えを望んでいたわけではないが、言葉にしたことで少しだけすっきりしたように思う。
「――よしっ! ありがとうございました」
アレクシーネへと一礼したカルミアは自らの居場所に戻ることにする。
『カルミア――』
踵を返すと、ふいに誰かに呼ばれたような気がした。とっさに振り返るが、そこにあるのは沈黙するアレクシーネ像だけである。
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