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38、学食メニュー会議

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 仕事を続けるリシャールを案じながらもカルミアは寮へ戻ることにする。
 しかしその途中、見覚えのある後ろ姿に出会い、思わず声を掛けていた。

「レインさん?」

「ひっ!?」

 カルミアより前を歩いていたレインは盛大に肩を揺らし、振り返ることなくそのまま逃げ出す体制に入ろうとした。

「待って! 驚かせてごめんなさい。私、カルミアよ!」

 こわごわと振り返るレインは幽霊と出会ったような怯え方だ。カルミアの顔を見たところで彼女の憂いが晴れることはない。むしろカルミアを不信がっているようだ。

「わ、私、何かしてしまいましたか?」

 涙目で問いかけられたカルミアはとっさに手を振って無害をアピールする。

「違うの! 姿が見えたから嬉しくて声をかけただけ。驚かせて本当にごめんなさい」

「それだけで私を呼び止めたんですか? おかしな人……」

 レインは未だに理解が出来ないという顔をしているが、友達に会えば声を掛けるのはカルミアにとっては自然なことだ。

「レインさんはこんな時間にどうしたんですか?」

「どうしても調べたいことがあったんです。それで資料室にこもっていたら、こんな時間で……」

「勉強熱心なんですね。今から帰るのなら途中まで一緒に」

「い、いえ! 私、まだ帰れません。まだ、忘れ物が……私のことは気にせず先に帰って下さい!」

 レインはカルミアの返答を聞かずに背を向けて走り出す。まるで触れてくれるなと言わんばかりの態度であった。

「えっと、気を付けてね!」

 せめてその場から声を掛けるとレインの足が止まる。しかし振り返ることなく駆け出して行った。

(そういえばあの子、結局学食には来てくれなかったわね)

 賑やかな場所は嫌いなのかもしれない。けれどカルミアは次に会えたのならもう一度誘おうと決めていた。営業は諦めないが鉄則だ。

 部屋に戻ったカルミアは、まずカレンダーに予定を記入することから始めた。大切な職員会議の予定を忘れるわけにはいかない。

「えっと、会議は明後日ね」

 カレンダーを眺めたカルミアは、その日付を目にしたことで固まる。

「明後日リシャールさんの誕生日!?」

 何故知っているのかといえば、キャラクターのプロフィールを読んだから。何故記憶しているかといえば、前世の母親と同じ誕生日だったから覚えていたというわけである。

(ケーキを作ったらリシャールさんは食べてくれるかな……)

 そんなことを考えたのが昨日の夜。
 翌日学食ではドローナによるデザート議論が白熱していた。

「デザートよ! デザートの品をもっと増やすべきだわ! そうすれば女の子たちは喜ぶし、私も喜ぶわ。この学食に足りないのはデザートよ。そうすればもっともーっと賑わうんだから!」

「僕はもっとお肉が食べられたらいいなって思います。安くて美味しい肉料理! これって最高じゃないですか!?」

 ドローナに続いてロシュも意見を口にする。ただしドローナの主張とはだいぶ違うようだ。

「あたしはもっと胃に優しい食べ物がほしいね。最近の食べ物は味が濃すぎるんだよ」

 そして何食わぬ顔で二人の意見を却下させようとするのがベルネである。

「そうねえ……」

 三者三様の意見はカルミアの頭をおおいに悩ませていた。
 これまではカルミアが一人でメニューを考えていたのだが、一人で考えていると前世の食生活が影響してしまうのだ。すなわち米を主体に考え過ぎてしまう。
 新しい意見を求めていたカルミアは、ためしに同僚たちに相談を持ち掛けたというわけである。しかしメニュー会議は難航していた。

「やっぱり食べたいものって人それぞれよね。好きな物も人によって違うし……そうだ! 私、ちょっと校内で聞き込みをしてこようと思うの」

「聞き込みですか?」

 ロシュの瞳が興味深そうに訊ねている。

「みんなに直接食べたいものを聞いてみるわ」

 カルミアの意見にドローナも身を乗り出して賛成する。

「それは良い考えだと思うわ。私も授業のついでに聞いてあげる。きっとスイーツが食べたいって意見がたくさん出るはずよ!」

「あたしもよおく耳を澄ませておくさ」

 まるでドローナに対抗するようにベルネも身を乗り出してくる。バチバチと火花さえ散っており、二人とも頼もしいとカルミアは感謝を告げておいた。

「だからカルミア、貴女がわざわざ校内を歩き回る必要はないのよ? カルミアは私たちのボスなんだから、ドンと構えていなさいよ」

「確かに丼ぶりものはボリュームもあっていいですよね」

「は?」

 思いがけずドローナの発言からアイディアをもらったカルミアである。
 わけがわからないと顔を顰めるドローナの提案はカルミアを心配してのことだろう。しかしカルミアには自ら校内を歩いて回りたい理由があるのだ。

「息抜きも兼ねていますから、気にしないで下さい。それに学食に来ない人や、ドローナの生徒以外にも聞いてみたいんです。たとえば学食に来たことがない人や、食文化の違う人。食べたい物がないから行かない、なんて言われたら悲しいですから」

 カルミアはなんとか理由をこじ付け、無事一人で食堂を抜け出すことに成功する。

(ごめんね、みんな。私、学食で働く以前にリシャールさんの密偵でもあるの!)

 学外はリデロたちに任せているが、学園の内情は現場にいるカルミアが調べる方が効率的だ。

(今日は誰に話を聞く? でもまずは角度を変えて、犯人目線で物事を考えてみようかしら)

 犯人が見つからないのなら、その手段について想像してみよう。これも何かの糸口になるかもしれない。

(リシャールさんは学園を乗っ取ろうとしている人物がいることしかわからないと言っていた。もしも私が学園を乗っ取るのなら……やっぱり校長の座を狙うわよね。校長が変わるとしたら、それは何らかの理由で職務遂行が難しくなった時。あるいは本人の意思によるか……)

 リシャールの場合、前校長が高齢により職務の遂行が難しくなったことで校長に任命されたとゲームでも説明されていた。

(あるいはリシャールさんを亡き者にするとか……って無理無理! なんと言ってもラスボスなんだから、並大抵の魔法使いが勝てる相手じゃないわ。主人公(わたし)だってレベルが足りないと問答無用で返り討ちにされるのよ)

 何度セーブデータを読み込んだだろう。レベル上げを怠ってはならないというのはこのゲームの鉄則だ。

(あとは、力でねじ伏せる?)

 想像してみるも、相手が実力行使で学園を手に入れようとしたところで結局リシャールをどうにかする必要があるだろう。
 こんなところでもラスボスを発揮しているリシャールは、さすがアレクシーネの校長というべきか。
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