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33、スカウトに行こう
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「そうだ、スカウトに行こう」
本日も学食は大盛況。今日も今日とて怒濤の勤務を終えたカルミアは、そう宣言するなりすくりと立ち上がる。
たったそれだけの動作で育ちがいいことが窺える。そんな美しい所作ではあるが、令嬢にはあるまじき虚ろな瞳だ。
無理もないだろう。この時カルミアは我慢の限界を迎えていた。
それというのもリシャールが訪れる度にプライドが傷付けられるという、苦難の日々を過ごしていたからである。
(もう無理限界。なんとかしないと……昨日も今日も、そして明日も明後日も、リシャールさんの物言いたげな眼差しに迫られ続けるのは嫌っ!)
昨日も今日も。なんならその前の日も、リシャールは学食を利用している。時にはオランヌを伴い、ある時は一人で座席についていた。
最初のうちはカルミアも純粋に常連客だと喜んでいた。しかし時が経てばたつほど、リシャールからの眼差しが催促に思えてきたのである。
(そうよね。リシャールさんから見れば私は料理だけの女。ずっと料理だけしているように見えているんだわ。実際、学食勤務中は忙しくて何も出来ないし、放課後は学園関係者に話しかけたりもしているけどたいした進展もない。これはもう仕事が遅いって催促されているんだわ!)
カルミアは焦っていた。この状況を打破するためにはまず何が必要か、考え続けていたのである。
そして行動を起こすべく立ち上がったのが現在というわけだ。
対してカルミアの発言を耳にしたロシュとベルネは揃って意味がわからないという顔をしていた。
しかしそれも無理はないことである。彼らはカルミアがここにいる本当の目的を知らず、焦るカルミアの心を理解することは難しい。
「私、ちょっと行ってくる!」
「え、あ、はい……?」
颯爽と走り去るカルミアに圧倒された二人は大人しく見送るしかなかった。
しかしカルミアにも悠長に説明している余裕はない。これから交渉に向かうのはとても危険な相手。ゲームのシナリオにも関わるため、賭けでもあった。
(彼女がどこにいるかは既に調べてあるわ)
重要参考人だ。初日にその存在を確認し、現在も密かに監視を続けていた。
学食を飛び出したカルミアはとある教室へ向かう。
(ゲームでも、彼女はよくそこにいたわよね)
いつだって彼女は退屈そうに外の世界を眺めていた。ガラス一枚の隔たりが、彼女にとっては越えることの出来ない境界のように思えるのだろう。自分はみんなとは違うと、眼差しはそう訴えているようだった。
真っ赤な色彩に挑発的な瞳。赤い唇に妖艶な身体つきは、同じ女性でも憧れてしまうほどの魅力がある。けれど彼女の眼差しはいつだって寂しげだ。
「何か忘れもの?」
まるでベルネのように、振り返ることもなくカルミアの存在に気付いてみせる。しかし興味はないと、振り返ることさえしない所も似ていた。
この言葉さえカルミアに掛けたものではないのかもしれない。しかしカルミアはいいえと、はっきりここにいるという意思を示した。
「次の授業でこの教室を使う予定はないはずよ」
カルミアはまた否定をする。
「……誰?」
煩わしそうにではあるが、ついにカルミアに視線が向けられた。ようやく自分を訪ねて来たという可能性に気付いたようだ。
「言っておくけど。私、興味の無いことは憶えないから」
語ることは許すが相手をするとは限らない。そっけない態度も相まって、言葉選びは慎重に進めなければならないと緊張を伴った。
「お時間をいただき恐縮です。実技担当のドローナ先生。私は学食で働くカルミアと申します」
実技担当の教師ドローナ改め、黒幕のドローナである。その正体はベルネと同じアレクシーネ時代の精霊だ。
(ベルネさんが学食に執着しているのなら、ドローナはアレクシーネ様に執着している。ドローナの目的はアレクシーネの復活。けど、アレクシーネ様はもういないのよ。復活なんて無理な話だった)
しかしドローナは生まれ変わりである主人公を見つけてしまう。主人公をアレクシーネの器としてよみがえらせようと、優れた魔女に育てるためにいくつもの試練を与えた。
それこそがこのゲームの真相であり、すべての事件はドローナが裏で糸を引いている。
(ドローナは次の入学式で主人公と出会うから、このドローナはまだ事件を起こしていないのよね。未来の罪で非難することは出来ないから、厳重に見張る必要があると思っていたけど……)
「その学食の子が私に何か?」
「一緒に学食で働きませんか!?」
「はあ!?」
ここでようやくドローナの人間らしい反応が見られた。それほど信じられない提案だったのだろう。
「お願いします。ドローナ先生くらいしか頼める人がいないんです!」
「どこをどうしたら私に頼ろうって発想になるのよ! 私たち初対面よね!?」
「初めましてと言った通りです」
カルミアにとってはゲームでお馴染みの人物ではあるが、向こうは学食で働くカルミアの存在など知るはずもないだろう。
「だいたい私は教師! 先生! 授業があるの!」
概ね予想通りの反応である。しかしカルミアは諦めなかった。
現状、リシャールからの依頼で一番怪しいのは黒幕のドローナである。
(危険人物なら目の届く範囲にいてもらえばいいのよね。学食で働いてもらえば人手不足も解消。仕事にも余裕が出来て私の密偵生活も捗る。そしてリシャールさんには真面目に仕事をしていますと胸を張って会うことが出来る。完璧な作戦だわ!)
カルミアは自分自信を褒めたくなった。もちろんドローナを仲間に引き込めればの話ではあるが。
「ドローナ先生が受け持つ授業は少ないと聞いています。そこで空き時間を有効活用し、学食で働くというのはどうでしょう!?」
「どうもこうも料理なんて出来ないわよ。私に料理なんて、出来るわけないじゃない……誘う相手、間違えてない?」
「いいえ。間違いありません。私にはわかります」
「何? 知ったような口ぶりだけど、何がわかるっていうのよ?」
「ドローナ先生、退屈していますよね」
その言葉でドローナは呆れるばかりだった表情を改めた。
興味のないことには無関心であるはずのドローナの瞳が揺れる所をカルミアは見逃さない。
「貴女は退屈している。そう、例えば何かが足りないと感じてはいませんか?」
このドローナもまた、アレクシーネという存在を諦められずにいるはずだ。彼女のいない世界を退屈に感じている。しかしドローナの退屈は孤独に通じるものだった。
(ドローナの思う退屈はアレクシーネ様を失った孤独からくるものよ。自分は精霊だから人の輪には入れない。だからいつも寂しそうに外を眺めている)
それをドローナは退屈だと誤解し、アレクシーネの姿を求め続けている。
(なら一人にさせない。退屈させなければいい!)
ドローナも身に覚えがあるのか否定はしなかった。
「だから、どうしたっていうの。貴女が私の退屈を紛らわせてくれるとでも?」
「いいですよ。だから学食で働きましょう!」
「そこから離れられないの!? どうして私が学食で働くことになるのよ。私は退屈を紛らわせろって言ってんの!」
「料理って、奥が深いんですよ」
「は? な、何よ……」
「それこそ一生かけても習得が難しいくらい、無限の可能性があるんです。新しい料理だって、いくらでも生み出せます。きっと楽しいですよ」
「そうかしら。私にはわからない。そもそも私、食事の必要がないと言ったらどうするの?」
「でも、食べられないわけじゃありませんよね。まずは食べるだけでもどうでしょう。職場見学のお試しも兼ねて、一度学食に来てみませんか!?」
「遠慮しとくわ。あんなもの、好きになれるとは思わない」
「では明日、一度だけでもお願い出来ませんか」
「貴女、話を聞かないってよく言われない?」
「人生で一度限りも言われたことはありません。お願いします。それで無理なら諦めますから!」
ドローナは必死に頭を下げるカルミアを見つめている。精霊とは根本的に人間を見捨てられないものなのだ。
だから必死に食らいつく。かつてカルミアの先祖がそうであったように諦めなかった。
「……そんなに言うのなら、一度だけよ。いつまでもつきまとわれたら面倒。その一度で諦めて」
「ではとびきりのメニューを用意しておきますね」
「言うじゃない。そういうところはまあ、嫌いじゃないわ」
真っ赤な唇をつり上げるドローナはカルミアに期待を寄せ初めていた。
本日も学食は大盛況。今日も今日とて怒濤の勤務を終えたカルミアは、そう宣言するなりすくりと立ち上がる。
たったそれだけの動作で育ちがいいことが窺える。そんな美しい所作ではあるが、令嬢にはあるまじき虚ろな瞳だ。
無理もないだろう。この時カルミアは我慢の限界を迎えていた。
それというのもリシャールが訪れる度にプライドが傷付けられるという、苦難の日々を過ごしていたからである。
(もう無理限界。なんとかしないと……昨日も今日も、そして明日も明後日も、リシャールさんの物言いたげな眼差しに迫られ続けるのは嫌っ!)
昨日も今日も。なんならその前の日も、リシャールは学食を利用している。時にはオランヌを伴い、ある時は一人で座席についていた。
最初のうちはカルミアも純粋に常連客だと喜んでいた。しかし時が経てばたつほど、リシャールからの眼差しが催促に思えてきたのである。
(そうよね。リシャールさんから見れば私は料理だけの女。ずっと料理だけしているように見えているんだわ。実際、学食勤務中は忙しくて何も出来ないし、放課後は学園関係者に話しかけたりもしているけどたいした進展もない。これはもう仕事が遅いって催促されているんだわ!)
カルミアは焦っていた。この状況を打破するためにはまず何が必要か、考え続けていたのである。
そして行動を起こすべく立ち上がったのが現在というわけだ。
対してカルミアの発言を耳にしたロシュとベルネは揃って意味がわからないという顔をしていた。
しかしそれも無理はないことである。彼らはカルミアがここにいる本当の目的を知らず、焦るカルミアの心を理解することは難しい。
「私、ちょっと行ってくる!」
「え、あ、はい……?」
颯爽と走り去るカルミアに圧倒された二人は大人しく見送るしかなかった。
しかしカルミアにも悠長に説明している余裕はない。これから交渉に向かうのはとても危険な相手。ゲームのシナリオにも関わるため、賭けでもあった。
(彼女がどこにいるかは既に調べてあるわ)
重要参考人だ。初日にその存在を確認し、現在も密かに監視を続けていた。
学食を飛び出したカルミアはとある教室へ向かう。
(ゲームでも、彼女はよくそこにいたわよね)
いつだって彼女は退屈そうに外の世界を眺めていた。ガラス一枚の隔たりが、彼女にとっては越えることの出来ない境界のように思えるのだろう。自分はみんなとは違うと、眼差しはそう訴えているようだった。
真っ赤な色彩に挑発的な瞳。赤い唇に妖艶な身体つきは、同じ女性でも憧れてしまうほどの魅力がある。けれど彼女の眼差しはいつだって寂しげだ。
「何か忘れもの?」
まるでベルネのように、振り返ることもなくカルミアの存在に気付いてみせる。しかし興味はないと、振り返ることさえしない所も似ていた。
この言葉さえカルミアに掛けたものではないのかもしれない。しかしカルミアはいいえと、はっきりここにいるという意思を示した。
「次の授業でこの教室を使う予定はないはずよ」
カルミアはまた否定をする。
「……誰?」
煩わしそうにではあるが、ついにカルミアに視線が向けられた。ようやく自分を訪ねて来たという可能性に気付いたようだ。
「言っておくけど。私、興味の無いことは憶えないから」
語ることは許すが相手をするとは限らない。そっけない態度も相まって、言葉選びは慎重に進めなければならないと緊張を伴った。
「お時間をいただき恐縮です。実技担当のドローナ先生。私は学食で働くカルミアと申します」
実技担当の教師ドローナ改め、黒幕のドローナである。その正体はベルネと同じアレクシーネ時代の精霊だ。
(ベルネさんが学食に執着しているのなら、ドローナはアレクシーネ様に執着している。ドローナの目的はアレクシーネの復活。けど、アレクシーネ様はもういないのよ。復活なんて無理な話だった)
しかしドローナは生まれ変わりである主人公を見つけてしまう。主人公をアレクシーネの器としてよみがえらせようと、優れた魔女に育てるためにいくつもの試練を与えた。
それこそがこのゲームの真相であり、すべての事件はドローナが裏で糸を引いている。
(ドローナは次の入学式で主人公と出会うから、このドローナはまだ事件を起こしていないのよね。未来の罪で非難することは出来ないから、厳重に見張る必要があると思っていたけど……)
「その学食の子が私に何か?」
「一緒に学食で働きませんか!?」
「はあ!?」
ここでようやくドローナの人間らしい反応が見られた。それほど信じられない提案だったのだろう。
「お願いします。ドローナ先生くらいしか頼める人がいないんです!」
「どこをどうしたら私に頼ろうって発想になるのよ! 私たち初対面よね!?」
「初めましてと言った通りです」
カルミアにとってはゲームでお馴染みの人物ではあるが、向こうは学食で働くカルミアの存在など知るはずもないだろう。
「だいたい私は教師! 先生! 授業があるの!」
概ね予想通りの反応である。しかしカルミアは諦めなかった。
現状、リシャールからの依頼で一番怪しいのは黒幕のドローナである。
(危険人物なら目の届く範囲にいてもらえばいいのよね。学食で働いてもらえば人手不足も解消。仕事にも余裕が出来て私の密偵生活も捗る。そしてリシャールさんには真面目に仕事をしていますと胸を張って会うことが出来る。完璧な作戦だわ!)
カルミアは自分自信を褒めたくなった。もちろんドローナを仲間に引き込めればの話ではあるが。
「ドローナ先生が受け持つ授業は少ないと聞いています。そこで空き時間を有効活用し、学食で働くというのはどうでしょう!?」
「どうもこうも料理なんて出来ないわよ。私に料理なんて、出来るわけないじゃない……誘う相手、間違えてない?」
「いいえ。間違いありません。私にはわかります」
「何? 知ったような口ぶりだけど、何がわかるっていうのよ?」
「ドローナ先生、退屈していますよね」
その言葉でドローナは呆れるばかりだった表情を改めた。
興味のないことには無関心であるはずのドローナの瞳が揺れる所をカルミアは見逃さない。
「貴女は退屈している。そう、例えば何かが足りないと感じてはいませんか?」
このドローナもまた、アレクシーネという存在を諦められずにいるはずだ。彼女のいない世界を退屈に感じている。しかしドローナの退屈は孤独に通じるものだった。
(ドローナの思う退屈はアレクシーネ様を失った孤独からくるものよ。自分は精霊だから人の輪には入れない。だからいつも寂しそうに外を眺めている)
それをドローナは退屈だと誤解し、アレクシーネの姿を求め続けている。
(なら一人にさせない。退屈させなければいい!)
ドローナも身に覚えがあるのか否定はしなかった。
「だから、どうしたっていうの。貴女が私の退屈を紛らわせてくれるとでも?」
「いいですよ。だから学食で働きましょう!」
「そこから離れられないの!? どうして私が学食で働くことになるのよ。私は退屈を紛らわせろって言ってんの!」
「料理って、奥が深いんですよ」
「は? な、何よ……」
「それこそ一生かけても習得が難しいくらい、無限の可能性があるんです。新しい料理だって、いくらでも生み出せます。きっと楽しいですよ」
「そうかしら。私にはわからない。そもそも私、食事の必要がないと言ったらどうするの?」
「でも、食べられないわけじゃありませんよね。まずは食べるだけでもどうでしょう。職場見学のお試しも兼ねて、一度学食に来てみませんか!?」
「遠慮しとくわ。あんなもの、好きになれるとは思わない」
「では明日、一度だけでもお願い出来ませんか」
「貴女、話を聞かないってよく言われない?」
「人生で一度限りも言われたことはありません。お願いします。それで無理なら諦めますから!」
ドローナは必死に頭を下げるカルミアを見つめている。精霊とは根本的に人間を見捨てられないものなのだ。
だから必死に食らいつく。かつてカルミアの先祖がそうであったように諦めなかった。
「……そんなに言うのなら、一度だけよ。いつまでもつきまとわれたら面倒。その一度で諦めて」
「ではとびきりのメニューを用意しておきますね」
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