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28、対決の行方
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オズたちが残りのカレーを堪能している頃、カルミアはベルネと対峙していた。
決着をつけよう。互いの眼差しにはそんな思いが込められている。
「ベルネさん。おわかりいただけましたか?」
「……わからないね。ちっとも」
「いいえ。ベルネさんは話の通じない人ではありません。貴女だってもう気付いているはずです」
短い付き合いの中でもカルミアは知っている。
些細な一言にさえ反応するベルネの繊細さ。人に寄り添おうとする優しさも、すべては人の声に耳を澄ませているからだ。学生たちの声に即座に反応するほど、いつだってベルネは人の声を聞いてきた。
だからベルネも本当は気付いているはずだ。
「ベルネさんは何故、人間に寄り添おうとしたんですか。アレクシーネ様の命令だから? でもそれを決めたのはベルネさんでしょう? 人間に料理を振る舞うことも、ベルネさんが始めたんですよね。思い出してください。初めて料理を振る舞った日のことを!」
「初めて料理を振る舞った日? そんなの……」
押し黙るベルナは過去を思い出しているだろう。そこにはベルネが忘れてしまった料理への想いが隠されている。
「ああ、そうだったね……。あの時はみんな、美味いって喜んでくれた。人間たちはみんな笑って、あたしはそれが嬉しくてね」
「わかります、その気持ち。私も同じですから」
だからこそベルネのやり方を認められないと思った。
「では、最近ここを訪れた学生たちは笑っていましたか?」
「それは……」
「見えなくても、聞こえていたはずです。美味しいと言わせた料理は虚しくありませんでしたか? 何度でも言います。ベルネさん、貴女は間違っているんです」
カルミアの言葉を受けたベルネは押し黙る。そして少しの間を開けてから問いかけた。
「一つ、わからないことがある。どうしてあたしのスープを訳のわからない料理に変えた? あたしへの当てつけかい?」
「ちゃんと知ってほしかったんです。ベルネさんの料理は不味いわけでは有りません。時代にあっていないだけ、それを証明したかったんです」
ベルネのスープは味をつければ美味しくなった。硬いパンだって美味しく食べる方法はたくさんある。ベルネはただ知らないだけだ。
「もしもスープが純粋に不味ければ、美味しいカレーにすることは出来ませんでした。だからありがとうございます。おかげで美味しいカレーが出来ました」
「普通、礼なんて言うかい? このあたしに」
「言いますよ。同じ学食で働く仲間なんですから」
スプーンを置くと、ベルネの口元が僅かに緩む。この人の優しい表情を見るのは初めてだ。
「あたしの負けだ。美味かったよ」
「ありがとうございます!」
この世界にカレーを広められたこと、ベルネの口から美味しいを引き出せたこと、それは素直に嬉しいものだった。
「まったく、おかしな小娘が来たものだね。ここらであたしも潮時か」
「ベルネさん?」
「たしかにね、あたしの料理を不味いと口にした奴はいた。でもそいつらは黙って学園を去るか、あたしに頭を下げて許しを乞うた。それなのに何が違う。あんたからは、ただならぬ決意を感じた」
「ベルネさんにはベルネさんの信念があるように、私には私の信念があるだけです。自分の心を偽った発言をすることも、私の料理を信じてくれる人を裏切るわけにはいきません。それに、私には守らなければならないものがあるんです」
攻略対象の食生活という重要な使命が。
「なるほど、守るものの違いか。そういうことかい……」
「ベルネさん?」
「思えばあたしの料理はずっと一人よがりだった。誰かのためなんて感情、随分と昔に忘れちまったみたいだ。あたしは大切なことを忘れていたんだね。最後にいいものを見せてもらったよ」
「あの、ベルネさん。急に悟ったような感じを出すのやめてもらえますか。私たちの戦いはこれからなんですから! さあさあ手を動かしますよ!」
ベルネを置き去りにして厨房から外に出たカルミアは、そこに積まれていた荷物を持ち帰る。
箱の中にはにんじんなどのたくさんの野菜が詰め込まれており、カルミアは野菜の山をベルネに向けて差し出す。全て皮をむき、切るようにとの指示付きで。
「これはどういうことだい!? こんなにたくさんの野菜、どこから……」
「私が手配しておきました」
「なんだって!?」
ラクレット家の流通を駆使しての調達は、どうやら間に合ったようだ。
「これでお腹を空かせた学生たちを笑顔にすることが出来ますね」
「ま、待ちな! こんなにたくさん、一体誰が食べるっていうんだい!?」
ベルネが言い募ろうとすると、大慌てのロシュが飛び込んできた。
「カルミアさん大変です! なんか、お客様がたくさん押し寄せて!」
「なんだって!?」
ベルネが驚いて立ち上がるところをカルミアは初めて目撃する。そして冷静に言い放った。
「ほらね、いい風が吹いたでしょう?」
カルミアが指先で円を書くと小さな風が生まれる。それを見たロシュはカルミアの発言を思い出していた。
「カルミアさん、もしかして……」
「カレーの匂いって、本当に美味しそうよね。宣伝も兼ねて、校内に風を循環させてみたの。昨日は宣伝活動も頑張ったのよ」
無駄に校内を歩き回ったわけじゃない。カルミアの宣伝効果もあり、外にはカレーを求める多くの学生が待ち構えている。
「さあベルネさん。休んでいる暇はありませんよ」
カルミアはぐいぐいとベルネの背中を押す。
「は? ちょいと、小娘!?」
「さあさあ手を動かして下さい。ベルネさん、野菜を切るのがとっても早いんですから。皮むきだってあっと言う間。ほら、学生たちが待っているんですよ。私には貴女の力が必要なんです!」
「小娘の癖に人使いが荒すぎやしないか!?」
「まあまあそう言わずに。これから一緒に頑張りましょうね!」
ベルネはなおも言いたいことがあるようだが、学生たちが待っていると知り手を動かし始める。カルミアが見込んだ通り、ベルネの作業は人一倍早く正確だ。
同じ作業を何度も繰り返すうち、あのベルネが熱気に当てられ汗をかいていた。しかし文句が飛び出すことはなく、手を動かし続ける。きっとベルネには届いているのだろう。学生たちの喜ぶ声が。
「ね、ベルネさん。誰かに美味しいって言ってもらえるの、嬉しいですよね」
何年経とうと、いつの時代も変わらない。誰かのために料理を振る舞い、美味しいの一言でまた頑張れる。ベルネもまた、カルミアと同じ気持ちを抱えていた。
「ああ、そうだね」
ベルネは深く噛みしめるように頷く。想いが通じた嬉しさから
まじまじと見つめていると、我に返ったベルネに怒られてしまった。
「小娘、手が止まってるよ。もたもたしてる暇はないんだろ。早く指示を出しな!」
並んで作業台に立ち、カルミアとベルネはそれぞれの仕事をこなしていく。
なんて素晴らしい光景だろうと、これまでベルネに追い出された人たちを見てきたロシュは静かに感動していた。
その後、学食を変えたカルミアの話題はカレーとともに学園中を駆け巡る。
ロシュ発端の、もう一つの噂とともに。
「カルミアさんて、戦場帰りらしいですよ。いくつもの修羅場をくぐってきたらしいんです!」
それを耳にしたカルミアは思わずロシュの肩を引っ掴んでいた。
「言ってない!」
カルミアは叫ぶが、すでに噂は校内中に広まっていたという。
決着をつけよう。互いの眼差しにはそんな思いが込められている。
「ベルネさん。おわかりいただけましたか?」
「……わからないね。ちっとも」
「いいえ。ベルネさんは話の通じない人ではありません。貴女だってもう気付いているはずです」
短い付き合いの中でもカルミアは知っている。
些細な一言にさえ反応するベルネの繊細さ。人に寄り添おうとする優しさも、すべては人の声に耳を澄ませているからだ。学生たちの声に即座に反応するほど、いつだってベルネは人の声を聞いてきた。
だからベルネも本当は気付いているはずだ。
「ベルネさんは何故、人間に寄り添おうとしたんですか。アレクシーネ様の命令だから? でもそれを決めたのはベルネさんでしょう? 人間に料理を振る舞うことも、ベルネさんが始めたんですよね。思い出してください。初めて料理を振る舞った日のことを!」
「初めて料理を振る舞った日? そんなの……」
押し黙るベルナは過去を思い出しているだろう。そこにはベルネが忘れてしまった料理への想いが隠されている。
「ああ、そうだったね……。あの時はみんな、美味いって喜んでくれた。人間たちはみんな笑って、あたしはそれが嬉しくてね」
「わかります、その気持ち。私も同じですから」
だからこそベルネのやり方を認められないと思った。
「では、最近ここを訪れた学生たちは笑っていましたか?」
「それは……」
「見えなくても、聞こえていたはずです。美味しいと言わせた料理は虚しくありませんでしたか? 何度でも言います。ベルネさん、貴女は間違っているんです」
カルミアの言葉を受けたベルネは押し黙る。そして少しの間を開けてから問いかけた。
「一つ、わからないことがある。どうしてあたしのスープを訳のわからない料理に変えた? あたしへの当てつけかい?」
「ちゃんと知ってほしかったんです。ベルネさんの料理は不味いわけでは有りません。時代にあっていないだけ、それを証明したかったんです」
ベルネのスープは味をつければ美味しくなった。硬いパンだって美味しく食べる方法はたくさんある。ベルネはただ知らないだけだ。
「もしもスープが純粋に不味ければ、美味しいカレーにすることは出来ませんでした。だからありがとうございます。おかげで美味しいカレーが出来ました」
「普通、礼なんて言うかい? このあたしに」
「言いますよ。同じ学食で働く仲間なんですから」
スプーンを置くと、ベルネの口元が僅かに緩む。この人の優しい表情を見るのは初めてだ。
「あたしの負けだ。美味かったよ」
「ありがとうございます!」
この世界にカレーを広められたこと、ベルネの口から美味しいを引き出せたこと、それは素直に嬉しいものだった。
「まったく、おかしな小娘が来たものだね。ここらであたしも潮時か」
「ベルネさん?」
「たしかにね、あたしの料理を不味いと口にした奴はいた。でもそいつらは黙って学園を去るか、あたしに頭を下げて許しを乞うた。それなのに何が違う。あんたからは、ただならぬ決意を感じた」
「ベルネさんにはベルネさんの信念があるように、私には私の信念があるだけです。自分の心を偽った発言をすることも、私の料理を信じてくれる人を裏切るわけにはいきません。それに、私には守らなければならないものがあるんです」
攻略対象の食生活という重要な使命が。
「なるほど、守るものの違いか。そういうことかい……」
「ベルネさん?」
「思えばあたしの料理はずっと一人よがりだった。誰かのためなんて感情、随分と昔に忘れちまったみたいだ。あたしは大切なことを忘れていたんだね。最後にいいものを見せてもらったよ」
「あの、ベルネさん。急に悟ったような感じを出すのやめてもらえますか。私たちの戦いはこれからなんですから! さあさあ手を動かしますよ!」
ベルネを置き去りにして厨房から外に出たカルミアは、そこに積まれていた荷物を持ち帰る。
箱の中にはにんじんなどのたくさんの野菜が詰め込まれており、カルミアは野菜の山をベルネに向けて差し出す。全て皮をむき、切るようにとの指示付きで。
「これはどういうことだい!? こんなにたくさんの野菜、どこから……」
「私が手配しておきました」
「なんだって!?」
ラクレット家の流通を駆使しての調達は、どうやら間に合ったようだ。
「これでお腹を空かせた学生たちを笑顔にすることが出来ますね」
「ま、待ちな! こんなにたくさん、一体誰が食べるっていうんだい!?」
ベルネが言い募ろうとすると、大慌てのロシュが飛び込んできた。
「カルミアさん大変です! なんか、お客様がたくさん押し寄せて!」
「なんだって!?」
ベルネが驚いて立ち上がるところをカルミアは初めて目撃する。そして冷静に言い放った。
「ほらね、いい風が吹いたでしょう?」
カルミアが指先で円を書くと小さな風が生まれる。それを見たロシュはカルミアの発言を思い出していた。
「カルミアさん、もしかして……」
「カレーの匂いって、本当に美味しそうよね。宣伝も兼ねて、校内に風を循環させてみたの。昨日は宣伝活動も頑張ったのよ」
無駄に校内を歩き回ったわけじゃない。カルミアの宣伝効果もあり、外にはカレーを求める多くの学生が待ち構えている。
「さあベルネさん。休んでいる暇はありませんよ」
カルミアはぐいぐいとベルネの背中を押す。
「は? ちょいと、小娘!?」
「さあさあ手を動かして下さい。ベルネさん、野菜を切るのがとっても早いんですから。皮むきだってあっと言う間。ほら、学生たちが待っているんですよ。私には貴女の力が必要なんです!」
「小娘の癖に人使いが荒すぎやしないか!?」
「まあまあそう言わずに。これから一緒に頑張りましょうね!」
ベルネはなおも言いたいことがあるようだが、学生たちが待っていると知り手を動かし始める。カルミアが見込んだ通り、ベルネの作業は人一倍早く正確だ。
同じ作業を何度も繰り返すうち、あのベルネが熱気に当てられ汗をかいていた。しかし文句が飛び出すことはなく、手を動かし続ける。きっとベルネには届いているのだろう。学生たちの喜ぶ声が。
「ね、ベルネさん。誰かに美味しいって言ってもらえるの、嬉しいですよね」
何年経とうと、いつの時代も変わらない。誰かのために料理を振る舞い、美味しいの一言でまた頑張れる。ベルネもまた、カルミアと同じ気持ちを抱えていた。
「ああ、そうだね」
ベルネは深く噛みしめるように頷く。想いが通じた嬉しさから
まじまじと見つめていると、我に返ったベルネに怒られてしまった。
「小娘、手が止まってるよ。もたもたしてる暇はないんだろ。早く指示を出しな!」
並んで作業台に立ち、カルミアとベルネはそれぞれの仕事をこなしていく。
なんて素晴らしい光景だろうと、これまでベルネに追い出された人たちを見てきたロシュは静かに感動していた。
その後、学食を変えたカルミアの話題はカレーとともに学園中を駆け巡る。
ロシュ発端の、もう一つの噂とともに。
「カルミアさんて、戦場帰りらしいですよ。いくつもの修羅場をくぐってきたらしいんです!」
それを耳にしたカルミアは思わずロシュの肩を引っ掴んでいた。
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