42 / 55
42、
しおりを挟む
ノネットがいるということは、ここにもう一人いるはずだ。
あろうことかどこかで見たようなシルエットは、カップ片手にティータイム中だった。
「余裕じゃないの……」
あまりの寛ぎぶりに恐れ入る。ざっとオルフェの姿を確認したところ、胸ポケットに三本、腰にコサージュのようにして五本ほど束ねていのが見られた。
(意外と少ない? ――て、何よあれ!)
背後の籠にたんまりと薔薇が詰まっていることに気付く。時間にして昼を過ぎたところなのに、どうしたら花山が形成されるのか。
「オルフェ坊ちゃんたら、今年もしっかり満喫されているのね」
「本当、あの楽しそうな顔ったら。貴族様なのに気取ったところがなくて、親しみやすいなんて珍しい方だよねえ」
「そうそう! あたしの店、花探しのイベントをやっていたんだけど、あっという間に攻略されてしまったわ」
「見てた! 年々スピードが上がって上達されていない? 先々代や、先代もだけれど、イヴァン家の方々ってお祭り好きよね。寄付までしてくれるし嬉しいことだわ」
「あれ何本あるんだ? 今年も優勝は決まりかね。連覇を止めろーなんて街の連中も気合い入れてたけど難しいか。阻止出来たら、よほどの大物だわ」
雑踏の中にいるはずが周囲から音が消えていた。
時間は昼を回ったところ、太陽ならまだ空で輝いている。周囲はオルフェに夢中で気付いていないだけだ。メレの籠にも多くの薔薇が収まっており、彼を止められる唯一の可能性がここにいることを。だから諦めてはいけない。
オルフェは不意に薔薇を手に取った。それを顔の前で見せつけるように掲げると視線は遠くへ投げかける。その仕草に女性陣からは黄色い悲鳴が上がった。「オルフェ様の視線は私に向けられたものよ!」なんて争いが起こるほど色香があるのに視線を受け取った張本人は至極不機嫌である。
「よくも、よくもまあ!」
挑発に違いない。メレは踵を返し次のイベントを目指した。
勝てるものなら勝ってみろ? 越えられるものなら越えてみろ?
「良い度胸ねえ」
細められた蒼い瞳に向けて、今に見ていろとメレは対抗心を燃やす。
場所を移せば噴水のある広場ではフィリアから聞いたダンスが催されていた。
それはワルツのように格式あるものではない。演奏にしたってオーケストラとは程遠く、弦の少ない無名の楽器に横笛や打楽器、アコーディオンなど編成はめちゃくちゃだ。時折ベルを鳴らす人間もいる。
明確な楽譜は存在しないのだろう。好き勝手自由に奏でているように見えた。
唯一統一感があるとすれば音楽隊が頭に乗せている帽子に飾った白薔薇くらいかもしれない。耳の肥えた貴族にとっては聞き苦しい物となるだろう。
けれどメレはこの陽気さが気に入っていた。一見するとめちゃくちゃのように感じる音楽もステップにハマっていて踊りやすいのだ。
陽気な楽団たちが音楽を奏で、人が入れ替わりながらステップを踏むのでダンスが途切れることはない。
手を叩いてステップを踏んで、また手を叩いてターン。
優雅でもなければ形式を重んじる必要もない。パートナーも代わる代わる。あるいは一人で踊ろうとも構わない。
開放感に任せてみな好き好きに踊り明かすのだが――
「ひいっ!」
華麗にステップを決めていたはずのメレは、目の前の光景に盛大に震える。
たとえ音楽に紛れたせいで変な目で見られることはないにしても羞恥は湧くものだ。予想外な事態に見舞われた時、人はものすごい声を上げるらしい。
オルフェが目の前にいるなんて想像もしてなかったのだ。
「な、何故わたくしの目の前に!?」
かろうじてステップを踏みながら問い詰める。
「踊ってたら自然とこうなった。そう目くじら立てるな、楽しめよ」
メレは手を叩く。
「言われるまでもなく楽しんでいるわ」
ステップを踏んで回って、はい次の人――とはいかなかった。
「この手は何」
「もう少し付き合えよ」
腕を掴んで引き戻され再びオルフェと踊ることになってしまう。すると方々から残念そうな声が上がっていた。
「ああっ、次は私がと思っていたのに!」
なるほど彼女たちから逃げたかったのか。
「そうね。わたくしなら貴方にうっとりすることもないし?」
「少しくらいは見惚れたらどうだ」
「ご冗談。なら、貴方はわたくしに見惚れてくれるのかしら?」
「ああ」
「なっ――!」
どうして簡単に認めてしまうの?
しかも目を細めて眩しそうに言うなんて狡い。どうせいつもの軽口の続きに決まっている。わかりきっているのに、体温が上昇したような心地を覚えている。そんな錯覚さえ起こってしまうほど、動揺していた。
あろうことかどこかで見たようなシルエットは、カップ片手にティータイム中だった。
「余裕じゃないの……」
あまりの寛ぎぶりに恐れ入る。ざっとオルフェの姿を確認したところ、胸ポケットに三本、腰にコサージュのようにして五本ほど束ねていのが見られた。
(意外と少ない? ――て、何よあれ!)
背後の籠にたんまりと薔薇が詰まっていることに気付く。時間にして昼を過ぎたところなのに、どうしたら花山が形成されるのか。
「オルフェ坊ちゃんたら、今年もしっかり満喫されているのね」
「本当、あの楽しそうな顔ったら。貴族様なのに気取ったところがなくて、親しみやすいなんて珍しい方だよねえ」
「そうそう! あたしの店、花探しのイベントをやっていたんだけど、あっという間に攻略されてしまったわ」
「見てた! 年々スピードが上がって上達されていない? 先々代や、先代もだけれど、イヴァン家の方々ってお祭り好きよね。寄付までしてくれるし嬉しいことだわ」
「あれ何本あるんだ? 今年も優勝は決まりかね。連覇を止めろーなんて街の連中も気合い入れてたけど難しいか。阻止出来たら、よほどの大物だわ」
雑踏の中にいるはずが周囲から音が消えていた。
時間は昼を回ったところ、太陽ならまだ空で輝いている。周囲はオルフェに夢中で気付いていないだけだ。メレの籠にも多くの薔薇が収まっており、彼を止められる唯一の可能性がここにいることを。だから諦めてはいけない。
オルフェは不意に薔薇を手に取った。それを顔の前で見せつけるように掲げると視線は遠くへ投げかける。その仕草に女性陣からは黄色い悲鳴が上がった。「オルフェ様の視線は私に向けられたものよ!」なんて争いが起こるほど色香があるのに視線を受け取った張本人は至極不機嫌である。
「よくも、よくもまあ!」
挑発に違いない。メレは踵を返し次のイベントを目指した。
勝てるものなら勝ってみろ? 越えられるものなら越えてみろ?
「良い度胸ねえ」
細められた蒼い瞳に向けて、今に見ていろとメレは対抗心を燃やす。
場所を移せば噴水のある広場ではフィリアから聞いたダンスが催されていた。
それはワルツのように格式あるものではない。演奏にしたってオーケストラとは程遠く、弦の少ない無名の楽器に横笛や打楽器、アコーディオンなど編成はめちゃくちゃだ。時折ベルを鳴らす人間もいる。
明確な楽譜は存在しないのだろう。好き勝手自由に奏でているように見えた。
唯一統一感があるとすれば音楽隊が頭に乗せている帽子に飾った白薔薇くらいかもしれない。耳の肥えた貴族にとっては聞き苦しい物となるだろう。
けれどメレはこの陽気さが気に入っていた。一見するとめちゃくちゃのように感じる音楽もステップにハマっていて踊りやすいのだ。
陽気な楽団たちが音楽を奏で、人が入れ替わりながらステップを踏むのでダンスが途切れることはない。
手を叩いてステップを踏んで、また手を叩いてターン。
優雅でもなければ形式を重んじる必要もない。パートナーも代わる代わる。あるいは一人で踊ろうとも構わない。
開放感に任せてみな好き好きに踊り明かすのだが――
「ひいっ!」
華麗にステップを決めていたはずのメレは、目の前の光景に盛大に震える。
たとえ音楽に紛れたせいで変な目で見られることはないにしても羞恥は湧くものだ。予想外な事態に見舞われた時、人はものすごい声を上げるらしい。
オルフェが目の前にいるなんて想像もしてなかったのだ。
「な、何故わたくしの目の前に!?」
かろうじてステップを踏みながら問い詰める。
「踊ってたら自然とこうなった。そう目くじら立てるな、楽しめよ」
メレは手を叩く。
「言われるまでもなく楽しんでいるわ」
ステップを踏んで回って、はい次の人――とはいかなかった。
「この手は何」
「もう少し付き合えよ」
腕を掴んで引き戻され再びオルフェと踊ることになってしまう。すると方々から残念そうな声が上がっていた。
「ああっ、次は私がと思っていたのに!」
なるほど彼女たちから逃げたかったのか。
「そうね。わたくしなら貴方にうっとりすることもないし?」
「少しくらいは見惚れたらどうだ」
「ご冗談。なら、貴方はわたくしに見惚れてくれるのかしら?」
「ああ」
「なっ――!」
どうして簡単に認めてしまうの?
しかも目を細めて眩しそうに言うなんて狡い。どうせいつもの軽口の続きに決まっている。わかりきっているのに、体温が上昇したような心地を覚えている。そんな錯覚さえ起こってしまうほど、動揺していた。
0
お気に入りに追加
68
あなたにおすすめの小説
元侯爵令嬢は冷遇を満喫する
cyaru
恋愛
第三王子の不貞による婚約解消で王様に拝み倒され、渋々嫁いだ侯爵令嬢のエレイン。
しかし教会で結婚式を挙げた後、夫の口から開口一番に出た言葉は
「王命だから君を娶っただけだ。愛してもらえるとは思わないでくれ」
夫となったパトリックの側には長年の恋人であるリリシア。
自分もだけど、向こうだってわたくしの事は見たくも無いはず!っと早々の別居宣言。
お互いで交わす契約書にほっとするパトリックとエレイン。ほくそ笑む愛人リリシア。
本宅からは屋根すら見えない別邸に引きこもりお1人様生活を満喫する予定が・・。
※専門用語は出来るだけ注釈をつけますが、作者が専門用語だと思ってない専門用語がある場合があります
※作者都合のご都合主義です。
※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。
※架空のお話です。現実世界の話ではありません。
※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります)
※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。
娼館で元夫と再会しました
無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。
しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。
連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。
「シーク様…」
どうして貴方がここに?
元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!
旦那様、そんなに彼女が大切なら私は邸を出ていきます
おてんば松尾
恋愛
彼女は二十歳という若さで、領主の妻として領地と領民を守ってきた。二年後戦地から夫が戻ると、そこには見知らぬ女性の姿があった。連れ帰った親友の恋人とその子供の面倒を見続ける旦那様に、妻のソフィアはとうとう離婚届を突き付ける。
if 主人公の性格が変わります(元サヤ編になります)
※こちらの作品カクヨムにも掲載します
人生を共にしてほしい、そう言った最愛の人は不倫をしました。
松茸
恋愛
どうか僕と人生を共にしてほしい。
そう言われてのぼせ上った私は、侯爵令息の彼との結婚に踏み切る。
しかし結婚して一年、彼は私を愛さず、別の女性と不倫をした。
好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】
皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」
「っ――――!!」
「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」
クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。
******
・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。
【完結】【35万pt感謝】転生したらお飾りにもならない王妃のようなので自由にやらせていただきます
宇水涼麻
恋愛
王妃レイジーナは出産を期に入れ替わった。現世の知識と前世の記憶を持ったレイジーナは王子を産む道具である現状の脱却に奮闘する。
さらには息子に殺される運命から逃れられるのか。
中世ヨーロッパ風異世界転生。
さよなら、英雄になった旦那様~ただ祈るだけの役立たずの妻のはずでしたが…~
遠雷
恋愛
【本編完結】戦地から戻り、聖剣を得て聖騎士として英雄になった夫エリオットから、帰還早々に妻であるフローラに突き付けられた離縁状。
戦場で傍に寄り添い、その活躍により周囲から聖女と呼ばれるようになった女性エミリーを、彼は愛してしまったのだと告げる。安全な王都に暮らし日々祈るばかりだったフローラは、居場所を失くしてしまった。
反論も無く粛々と離縁を受け入れ、フローラは王都から姿を消した。
その日を境に、エリオットの周囲では異変が起こり始める。
一方でフローラは旅路で一風変わった人々と出会い、祝福を知る。
――――――――――――――――――――
※2025.1.5追記 11月に本編完結した際に、完結の設定をし忘れておりまして、
今ごろなのですが完結に変更しました。すみません…!
近々後日談の更新を開始予定なので、その際にはまた解除となりますが、
本日付けで一端完結で登録させていただいております
※ファンタジー要素強め、やや群像劇寄り
たくさんの感想をありがとうございます。全てに返信は出来ておりませんが、大切に読ませていただいております!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる