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「カティナ様は可愛らしい方だからピンク色が似合うと思うけれど……。誕生日のプレゼントなのよね。あの年頃の女の子は背伸びをしたがるものだから、もう少し大人っぽい方が喜ばれるかもしれないわ」

 手を抜けない性分なのが災いしてしまう。カティナの顔を思い浮かべ奮闘していた。

「これはどうだ?」

 よほど良い物があったのかオルフェは上機嫌だ。果たしてそのセンスはと試すように手元を覗く。すると店主は見計らったようにショーケースから取り出してくれる。
 細いリングに薔薇の花飾りをあしらった指輪は可愛らしいと感じさせる。

「薔薇の彫刻が素敵ね。シンプルだけれど可愛さも備わっているし実用的で、わたくしも気に入ったわ」

「及第点をもらえて何よりだ。試しにはめてくれないか?」

 了承してメレは手袋を外す。

「はめてやるよ」

「余計なお世話。自分で出来てよ」

 真価を発揮する場所に据えられ、指輪は誇らしそうだ。

「似合うじゃないか」

「確かに素敵ね。きっとカティナ様も――えっ?」

 オルフェはメレの手を取り指輪を覗き込む。

 悪気がないことはわかっていた。指輪を確認したかっただけ、そこに悪意はない。わかっているのに冷静でいられない。

 触れられた。

 触られた。

 知られてしまった……!

「わたくし急用が、思い出して――っ先に失礼するわ!」

 指輪を突き返す。
 勢いのまま店を飛び出し、それからどう進んだのかも憶えていない。

「おいっ、メレディアナ!?」

 遠ざかるオルフェの声に振り返る余裕もなかった。
 闇雲に走り、辿り着いたのは薄暗い路地だ。どこだっていい。人がいないところならどこでもよかった。

「はあっ――」

 呼吸は荒れ、息が苦しい。それなのにこの胸は……

(静かなまま) 

 当たり前だと自嘲気味に笑えば、また許可もしていないのに彼がその名を呼ぶ。

「メレディアナ!」

 急いで追いかけてくれたのかオルフェも息を乱していた。

(でも彼は、彼の胸は違う)

 どうして追って来たのかを考えて、すぐに答えにたどりつく。プレゼント選びはまだ途中、役目を放棄したいい加減な相手を追い掛けるなんて人が好いのか。

「ったく、足の速い奴だな。どうした? らしくないぜ」

「貴方に何が分かるのよ」

 こんな、八つ当たりのような言葉を吐くつもりはなかった。

「ごめんなさい。ただの八つ当たりだわ」

「いい。俺は何か癇に障ることをしたか?」

「いいわけないわよ。貴方は何も悪くない。ただ……少し驚いただけなの」

 放っておけばまた逃走するだろうと腕を掴まれる。それは手袋をした方の手だ。

「悪かった。俺のせいで嫌な思いをさせたんだろ」

 勝手に動揺して逃げ出したのはメレ。けれどオルフェは責めるどころか自分のせいだと言いだす。

「……今更ね。出会った瞬間から嫌な思いをさせられているのだから、その後の一つや二つ、どうということもないわ」

「強がるな」

 気にすることはないと好意で言い放った言葉は一蹴される。それは彼の優しさだ。強がりをやめたらどうなるのか、甘い誘惑がメレを侵食していく。
 触れるラーシェルの手は熱く心地良い。

「わたくし……」

 二人の間を雨粒が隔てた。

(何を言おうとした?)

 もはや自分でもわからない。ただ必死にオルフェリゼ・イヴァンはランプを奪った憎い相手、ただの人間にすぎないと警告していた。
 雨は互いを隔てる壁のよう。立ち尽くしていれば涙のように伝い、雫が冷静さを連れてくる。
 雨音は次第に強くなりオルフェは彼を呼んだ。

「ラーシェル、彼女に傘を」

「必要ないわ。貴方が使って。わたくしは雨に打たれたい気分なの」

 頭を冷やそう。

「風邪引くぞ」

「引かないわよ」

「体、こんなに冷えてるだろ」

 オルフェが頬に触れている。氷のような冷たさに眉をしかめた。

「触らないほうがいいわよ。貴方まで冷えてしまうから」

 メレは逃げなかった。

(きっと彼はどこまででも追ってくる。たとえわたくしがどこに逃げようと、閉じこもろうと無駄なことね)

 だから不毛な争いを続ける元気もない。
 諦めたメレは困ったように笑う。頬に触れていたラーシェルの手を掴み自らの左胸に導いた。

「メレディアナ?」

 オルフェは困惑しているだろう。

 全力で走って、感情を顕わにして――
 それなのに怖ろしいほどの静寂は生きていることを疑わせる。

「わたくしの時間は止まっているの。温かくはならない、静かなまま。こんなの、死んでいるのと同じね」

 老いない体はまるで人形、あるいは魔の者か。

 この身に熱があったなら――

 メレにとってあれは単なる劇中の台詞では済まされないのだ。
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