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「なら新鮮なうちに試食させてもらおうか」

「心して味わうことね」

 オルフェが試食を申し出れば、メレは立ち向かわんと挑んでいく。
 テーブルマナーの良さを見せつけられながらの評価タイムが訪れた。

「文句のつけようがない。上手かったよ」

 ナイフとフォークを揃えて置いたオルフェが告げる。

(勝った――)

 メレは密かに拳を握った。

「不戦敗で負けを認めてもよくてよ」

「いや、せっかくだ。お前にも味わってもらいたい」

 オルフェに焦りの色は見えない。それどころか余裕たっぷりに返される始末。

「構わないけれど、わたくし正直な口しか持ち合わせていないわ」

「それでいい。さあ、食べてくれ」

 ここで負けても一敗、まだ先があるという余裕なのか。だとしたら呆れたと、メレは大した期待をすることもなくナイフで切り分けたものを口に運ぶ。
 そうして一口食べ終え――

 言葉を失くす。

「わたくしに、何を……」

 信じられなかった。そう告げるだけでやっとという有様で、あまりにも茫然としていたのか、気が付けば力なくフォークを置いた後だ。

「そんな……いくらランプの精でも、こんなこと……」

「メレディアナ?」

 異常な様子にオルフェの声も自然と固くなる。

「俺は、誓って何もしていない。その上で訊こう。不味いか?」

(……わかっているわよ! 貴方が何もしていないことくらい)

 メレは傍で魔法が発動すれば感じ取ることが出来る。まるで風のように空気が騒ぐ。だからこれは――心を操られているわけじゃない。

「……どうしてこれを作ったのか、聞かせてもらえるかしら」

「お前、好きだろ」

 さも当然のように言い切られ、その瞬間メレは全てにおいて敗北を悟った。
 飾り気もない質素なパンケーキは貴族の好物にしては不相応かもしれない。けれどメレにとっては家族との思い出溢れるものだった。かつて母が子どもたちのために作ってくれたパンケーキ。初めて食べた時のことはもう思い出せないけれど、年を重ねるごとに薄れていた母の記憶が蘇る。
 メレは魔法の鏡を持っているが心の内側までは覗けない。それをオルフェはランプを駆使して有利な情報を得てみせた。いったいどんな手を使ったというのか、もはや驚きを通り越し感動さえ生まれる。

「貴方どうしたらっ――!」

 メレはとっさに口を抑えこむ。

 どうやって? どうしてこんなことが出来たの?

みっともなく声に出すところだった。それを口にすれば勝負だけでなく魔女としても負けたことになるだろう。

「わたくしの負けよ」

 完敗だ。あくまで今回の勝負は。魔女としての敗北を認めることがあるとするのなら、それはランプを諦める瞬間だ。

「へえ、潔いんだな。てっきり――」

 強気な瞳は自尊心が高そうに見えるらしい。だが商会の代表を務めるメレは傲慢ではない。己の立場は常にわきまえている。

「敗北を認められないほど愚かではないの」

 それはまるで我儘な子どもだ。たとえ屈辱的でもメレは愚かではない。こうして素直に敗北の屈辱を噛みしめることが出来る。
 人間相手だからとどこかで侮っていた。見た目だけ豪華なケーキを用意した自分が恥ずかしいとさえ思える。

「それから……パンケーキに罪はないわ。最後まで食べさせなさい」

「ご自由に」

 強気な発言で取り繕おうと好物なのは既に見透かされているわけで。してやったりという作り主の視線が痛い。ナイフに力が入るもマナー違反を犯すわけにもいかずやるせなかった。

 食べ終えるとナイフとフォークをそろえて皿に置き、最後にナプキンで口元を拭う。

「ご馳走様」

「全部食べてくれるとはな」

「何か問題でも?」

 不機嫌全開で言った。実際、勝負に負けたことから感心させられたことまで、何から何まで不機嫌だ。

「いや、素直に嬉しかったぜ。ありがとな!」

 だからそんな屈託のない表情で感謝を告げないでほしい。ランプを使う才能に、みっともなく嫉妬していた自分がよけい惨めになる。

「空腹だっただけよ。貴方も、全部食べてくれたのね」

 審査用にとオルフェへ切り分けた皿にはクリームすら残っていない。

「上手かったからな。残りは屋敷の者に分けても構わないか?」

「それは、構わないけれど……。褒め言葉は素直に受け取っておくわ。ありがとう」

 けれど明らかに負かされたのはメレである。オルフェの美味いはただの感想でも、メレの美味いは感動なのだから。

(だからって、このまま終わったりしないわ!)

 たとえ勝負で一度負けても、魔女として二度と負けるわけにはいかない。慢心を捨て全力で叩き潰すことを新たに誓った。
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