最強の魔女と策士な伯爵~魔法のランプをめぐる攻防~

奏白いずも

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「落ち着くのよメレディアナ……女の敵め」

「何か言ったか?」

「コホン。いいえ特に何も。お気になさらずに!」

 そうだ彼には妹がいる。おそらく家族に接するようなノリで軽率な行動を取ってしまったのだろう。メレはそう結論付けた。そしてにっこりと、だがもう近づくなと笑顔で牽制する。

(偉大な魔女メレディアナ・ブランともあろう者が異性に触れられたくらいで動揺するなんて不覚だわ!)

 頬が熱くなったような錯覚を起こすのも、胸が騒ぎたてているような感覚に陥るのも気のせいだ。現実にあるわけがない。
 だとしたら、これは普通とは違う体の状態を知られてしまうことに対する恐怖からくる動揺、そのはずだ。今更少女のように甘い感情で戸惑っているわけではないと、そう思いたい。

 他人の手で食べさせられるくらいならいっそ自分でと意地を張りまくった結果、満腹だ。気さくな店主はあの店だけではなく、親しみやすいのはエイベラの人柄なのか。
 材料の目途が付き心にゆとりが生まれたおかげで、隣から向けられる視線にも幾らか穏やかに対応できるようになっていた。罪深い所業は赦してはいないけれど。

「だからと言って意味深に見つめられるのは納得いかないわ。何? 言いたいことがあるのならどうぞ」

「お前、ちゃんと笑えるんだな。安心した」

 美味しい物を食べれば笑顔になる。それだけのこと。後ろめたいことをしたわけでもないのに改めて指摘されると悪い物を見られた気分になってしまう。

「貴方に心配されるなんて、わたくし一体どんな顔をしていたのかしらね」

「無表情から、焦った顔、苛立ちを含んだ表情に、頬を染めた羞恥に怒り。そんなところか」

「わたくしではなく食材を見ていなさいよ!」

 びしっとどこかの店を指差す。そこに何が並んでいようがオルフェの視線が逸れるなら何でも構わない。

「……ところで、どの店も似た装飾をしているけれど何か意味が?」

 軒先や商品のそばには白い薔薇が飾られている。風に乗って運ばれる中には高貴な薔薇の香りも混じっていた。

「ああ、白薔薇祭りの準備期間だからな」

 疑問符を浮かべているとオルフェは呆れることなく説明を続けてくれる。

「エイベラは早咲きの白薔薇が有名で、収穫祭のようなものだ。一週間ほど前から祭りにかこつけて出店も盛んになる。七日後の最終日に向けて盛り上げていくんだ」

「ふうん……面白そうね」

 ようやく薔薇の都と呼ばれるに至ったエイベラに納得がいった。
 祭りという言葉には少なからずメレも興味を掻き立てられるが一週間後のことである。まずは作戦を立てるべく早々に引き上げなければならない。

 決戦は明日。相手も同じ条件だ、急すぎるなどと泣きごとを言うつもりはない。さっそく緊張感たっぷりに出迎えてくれたノネットとメニューを検討し始める。
 テーマは卵を使ったお菓子、多種多様。その中でより卵を生かせる品は何か。見た目の美しさも忘れてはならない。完膚なきまでにオルフェリゼ・イヴァンを打ち負かしてやりたかった。
 メインの卵だけはオルフェが手配することになっている。よってメレが考えるべきことは作るメニューと材料の手配。こうなったからには敵の力だろうと最大限に利用してやるつもりで情報収集にぬかりはなかい。
 そこでふと、思いつく。

「そういえばあの男、嫌いな物はあるのかしら。かといって聞きに戻るなんて格好悪い、というか嫌ね……」

「メレ様、徹底してますね。そんなに嫌いなんですか? オルフェリゼ・イヴァン様のこと」

「大嫌い」

 笑顔で即答し、ため息を吐く。

「たとえ苦痛でも今は彼のことを考えないと。頑張るのよわたくし! カガミ、彼の好物は割り出せる?」

 呼ばれたカガミは肩を竦ませる。

「それは難しい相談だね。管轄外というべきか……」

「そうよね、無理を言ってごめんなさい」

 カガミが映しだせるのは表面上の現象に限定されている。

「笑顔で食事している映像があったとしても心まで図れないわ。貴族なんて腹の探りあいですもの。わたくしが趣向を超越するお菓子を作れば問題ないことね」

「さすがメレ様、かっこいいです!」

 賛辞を受けつつ、材料リストを書き上げる。

「決めたわ。さあ、ノネットは材料の調達へ。カガミを貸すから、どこまでだろうと行ってきて。そして最高の品を調達してきなさい。ただし時間厳守でお願いね」

「イエス、メレ様」

 すかさず完璧な敬礼を決めたノネットだが、メモを読み始めるなり嫌な汗が伝う。

「あの、メレ様。これ店の名前じゃなくて地名が書いてあるんですけど……」

「ええ、もちろん。産地直送でお願いするわね」

 畑まで出向けとメレは言う。果たして自分はどこまで行かされるのだろうかと、ノネットはどこまでも不安になっていた。

「請求書はオルフェリゼ・イヴァン宛によろしくね。さて、わたくしは試作といこうかしら。試食はキースに――」

 そう考えてすぐに、駄目だ多分起きないと途方に暮れるのだった。
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