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 案内されたメレは前を歩く二人を眺めていた。
 ランプの精とその主は見れば見るほど似ている。特に背後から見つめていれば尚更で、髪や肌の色は違えど、兄弟と言われれば納得してしまう。
 穏やかな表情の似合う儚げな顔立ち。すらりと伸びた手足、細身の体躯にあつらえたスーツ。指摘された通りメレの好みである。だがしかし、憎き敵相手に恋情は募らない。

 通されたイヴァン家の客間にて。メレはふわりとした座り心地の良い椅子を勧められ、見計らったように運ばれた紅茶を嗜んでいた。入れたての紅茶から香る上質な香り、高価な家具に囲まれた部屋。そして傍らには目麗しい給仕。
 普通ならもてなしに酔いしれてもおかしくはないだろう。もちろん同じ貴族であり、心穏やかではないメレは普通から外れていたが。

「何故わたくしは敵の家に招待されているのかしら……。しかも奪還予定の精霊から給仕を受けているなんて、貴方執事にでも転職なさった!?」

「これはこれは、随分と気が立っておられますね」

「誰のせいかしら元凶」

 そして元凶を睨むメレである。

「性格についても綿密に計算すべきだったかしら。どうしてこんな、捻くれ者になるなんてがっかりよ。貴方、よく付き合っていられるわね」

 その主人に矛先を、ついでに視線も向けてやる。

「そうか? こいつは使えるし、良い奴だぜ」

「なるほど。捻くれ者同士お似合いというわけね」

「そうつんけんするなよ。綺麗な顔が台無しだぜ、メレディアナ」

 当然のように名を呼ばれ瞬時に眉が吊り上がる。

「わたくし呼び捨てを許可した覚えはなくてよ」

「俺のことも気軽にオルフェと呼んでくれ」

 まず話を聞けと言わせてもらいたい。

「遠慮、というより拒否させていただくわ。貴方も敵と慣れ合う趣味はないでしょう? 失礼、イヴァン伯爵様」

 あえて一番堅苦しそうな呼び方をすればお手上げだとため息が零れる。

「別に、敵じゃないだろ」

「いいえ。まごうことなき敵。敵以外の何者でもなくてよ」

「わかった、わかったよ。俺が憎いのは伝わった。だがこれは聞いてくれ。ランプのことは周囲にバレないよう立ちまわっている。こいつの名はラーシェル、祖父の名を借りた。設定は俺の秘書ということになっている」

「貴方の命に従うのは癪だけれど、ランプの存在を隠す行為については賛同よ。ラーシェルも苦労するわね。秘書に給仕にお忙しいことで」

「とんでもないことです。これが私の役目ですから」

 こともなげにランプの精改めラーシェルは言う。女性なら蕩けてしまいそうな微笑を添えて。けれどそんな仕草もメレにとっては憎らしいものに変換されていく。
 再度勝負について急かそうとすればどこからか声が聞こえていた。

「オルフェ、どこにいるの?」

 おっとりとした女性の声だ。それもあまり声を張り上げることに慣れていない上品さを纏っている。 
 主人の目配せに一礼しラーシェルが部屋を出て行く。

「奥さま、こちらでございます」

「まあラーシェル、ありがとう。お客様かしら?」

 この部屋へ通すつもりなのだろう。足音が近づいている。
 ラーシェルが奥様と呼ぶ相手、さらに声音の雰囲気から察するに。

「母上、こちらは――」

 メレは不要だとばかりにオルフェを遮り前に出た。

「お初にお目に掛かります。わたくし『賢者の瞳』にて代表を務めております、メレディアナ・ブランと申します。この度はご利用いただき誠にありがとうございます。どうか急な訪問をお許しください。実はこちらの不手際で誤った商品を発送してしまいました。誠に申し訳ございません。謝罪をしたく赴いた次第です」

「まあ!」

 怒鳴られることも想定していたメレの耳に飛び込んだのは歓喜の声である。顔を上げれば女性は花が咲いたように顔を綻ばせ、その拍子に金色の髪が揺れた。

「間違い? ということは、もう届いているのね! オルフェったら、そういうことは早く教えなさい」

「すみません」

 和やかな親子の会話にメレだけが追いつけていない。

「メレディアナ様、謝罪など不要です。わたくし荷物のことは今知ったばかりですもの、気に病まれる必要はございません。それよりも都合がよろしければ、ご一緒にお茶でもいかかでしょう。せっかくお越しくださったのですから、ゆっくりなさってください」

 憎い対戦相手の母親とはいえ、こちらに非があるので断りにくい。それがお得意様であれば尚更だ。

「そうしてやってくれないか? 例のことはその間に考えておく」

 男性陣は早々に退散し、なんだか見捨てられたような気分だ。とはいえ顧客を無下には出来まい。打算のない笑顔で誘われてしまえばなおさら断りにくいもので、メレは宿敵の母親とテーブルを囲むことになってしまった。
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