10 / 55
10、
しおりを挟む
案内されたメレは前を歩く二人を眺めていた。
ランプの精とその主は見れば見るほど似ている。特に背後から見つめていれば尚更で、髪や肌の色は違えど、兄弟と言われれば納得してしまう。
穏やかな表情の似合う儚げな顔立ち。すらりと伸びた手足、細身の体躯にあつらえたスーツ。指摘された通りメレの好みである。だがしかし、憎き敵相手に恋情は募らない。
通されたイヴァン家の客間にて。メレはふわりとした座り心地の良い椅子を勧められ、見計らったように運ばれた紅茶を嗜んでいた。入れたての紅茶から香る上質な香り、高価な家具に囲まれた部屋。そして傍らには目麗しい給仕。
普通ならもてなしに酔いしれてもおかしくはないだろう。もちろん同じ貴族であり、心穏やかではないメレは普通から外れていたが。
「何故わたくしは敵の家に招待されているのかしら……。しかも奪還予定の精霊から給仕を受けているなんて、貴方執事にでも転職なさった!?」
「これはこれは、随分と気が立っておられますね」
「誰のせいかしら元凶」
そして元凶を睨むメレである。
「性格についても綿密に計算すべきだったかしら。どうしてこんな、捻くれ者になるなんてがっかりよ。貴方、よく付き合っていられるわね」
その主人に矛先を、ついでに視線も向けてやる。
「そうか? こいつは使えるし、良い奴だぜ」
「なるほど。捻くれ者同士お似合いというわけね」
「そうつんけんするなよ。綺麗な顔が台無しだぜ、メレディアナ」
当然のように名を呼ばれ瞬時に眉が吊り上がる。
「わたくし呼び捨てを許可した覚えはなくてよ」
「俺のことも気軽にオルフェと呼んでくれ」
まず話を聞けと言わせてもらいたい。
「遠慮、というより拒否させていただくわ。貴方も敵と慣れ合う趣味はないでしょう? 失礼、イヴァン伯爵様」
あえて一番堅苦しそうな呼び方をすればお手上げだとため息が零れる。
「別に、敵じゃないだろ」
「いいえ。まごうことなき敵。敵以外の何者でもなくてよ」
「わかった、わかったよ。俺が憎いのは伝わった。だがこれは聞いてくれ。ランプのことは周囲にバレないよう立ちまわっている。こいつの名はラーシェル、祖父の名を借りた。設定は俺の秘書ということになっている」
「貴方の命に従うのは癪だけれど、ランプの存在を隠す行為については賛同よ。ラーシェルも苦労するわね。秘書に給仕にお忙しいことで」
「とんでもないことです。これが私の役目ですから」
こともなげにランプの精改めラーシェルは言う。女性なら蕩けてしまいそうな微笑を添えて。けれどそんな仕草もメレにとっては憎らしいものに変換されていく。
再度勝負について急かそうとすればどこからか声が聞こえていた。
「オルフェ、どこにいるの?」
おっとりとした女性の声だ。それもあまり声を張り上げることに慣れていない上品さを纏っている。
主人の目配せに一礼しラーシェルが部屋を出て行く。
「奥さま、こちらでございます」
「まあラーシェル、ありがとう。お客様かしら?」
この部屋へ通すつもりなのだろう。足音が近づいている。
ラーシェルが奥様と呼ぶ相手、さらに声音の雰囲気から察するに。
「母上、こちらは――」
メレは不要だとばかりにオルフェを遮り前に出た。
「お初にお目に掛かります。わたくし『賢者の瞳』にて代表を務めております、メレディアナ・ブランと申します。この度はご利用いただき誠にありがとうございます。どうか急な訪問をお許しください。実はこちらの不手際で誤った商品を発送してしまいました。誠に申し訳ございません。謝罪をしたく赴いた次第です」
「まあ!」
怒鳴られることも想定していたメレの耳に飛び込んだのは歓喜の声である。顔を上げれば女性は花が咲いたように顔を綻ばせ、その拍子に金色の髪が揺れた。
「間違い? ということは、もう届いているのね! オルフェったら、そういうことは早く教えなさい」
「すみません」
和やかな親子の会話にメレだけが追いつけていない。
「メレディアナ様、謝罪など不要です。わたくし荷物のことは今知ったばかりですもの、気に病まれる必要はございません。それよりも都合がよろしければ、ご一緒にお茶でもいかかでしょう。せっかくお越しくださったのですから、ゆっくりなさってください」
憎い対戦相手の母親とはいえ、こちらに非があるので断りにくい。それがお得意様であれば尚更だ。
「そうしてやってくれないか? 例のことはその間に考えておく」
男性陣は早々に退散し、なんだか見捨てられたような気分だ。とはいえ顧客を無下には出来まい。打算のない笑顔で誘われてしまえばなおさら断りにくいもので、メレは宿敵の母親とテーブルを囲むことになってしまった。
ランプの精とその主は見れば見るほど似ている。特に背後から見つめていれば尚更で、髪や肌の色は違えど、兄弟と言われれば納得してしまう。
穏やかな表情の似合う儚げな顔立ち。すらりと伸びた手足、細身の体躯にあつらえたスーツ。指摘された通りメレの好みである。だがしかし、憎き敵相手に恋情は募らない。
通されたイヴァン家の客間にて。メレはふわりとした座り心地の良い椅子を勧められ、見計らったように運ばれた紅茶を嗜んでいた。入れたての紅茶から香る上質な香り、高価な家具に囲まれた部屋。そして傍らには目麗しい給仕。
普通ならもてなしに酔いしれてもおかしくはないだろう。もちろん同じ貴族であり、心穏やかではないメレは普通から外れていたが。
「何故わたくしは敵の家に招待されているのかしら……。しかも奪還予定の精霊から給仕を受けているなんて、貴方執事にでも転職なさった!?」
「これはこれは、随分と気が立っておられますね」
「誰のせいかしら元凶」
そして元凶を睨むメレである。
「性格についても綿密に計算すべきだったかしら。どうしてこんな、捻くれ者になるなんてがっかりよ。貴方、よく付き合っていられるわね」
その主人に矛先を、ついでに視線も向けてやる。
「そうか? こいつは使えるし、良い奴だぜ」
「なるほど。捻くれ者同士お似合いというわけね」
「そうつんけんするなよ。綺麗な顔が台無しだぜ、メレディアナ」
当然のように名を呼ばれ瞬時に眉が吊り上がる。
「わたくし呼び捨てを許可した覚えはなくてよ」
「俺のことも気軽にオルフェと呼んでくれ」
まず話を聞けと言わせてもらいたい。
「遠慮、というより拒否させていただくわ。貴方も敵と慣れ合う趣味はないでしょう? 失礼、イヴァン伯爵様」
あえて一番堅苦しそうな呼び方をすればお手上げだとため息が零れる。
「別に、敵じゃないだろ」
「いいえ。まごうことなき敵。敵以外の何者でもなくてよ」
「わかった、わかったよ。俺が憎いのは伝わった。だがこれは聞いてくれ。ランプのことは周囲にバレないよう立ちまわっている。こいつの名はラーシェル、祖父の名を借りた。設定は俺の秘書ということになっている」
「貴方の命に従うのは癪だけれど、ランプの存在を隠す行為については賛同よ。ラーシェルも苦労するわね。秘書に給仕にお忙しいことで」
「とんでもないことです。これが私の役目ですから」
こともなげにランプの精改めラーシェルは言う。女性なら蕩けてしまいそうな微笑を添えて。けれどそんな仕草もメレにとっては憎らしいものに変換されていく。
再度勝負について急かそうとすればどこからか声が聞こえていた。
「オルフェ、どこにいるの?」
おっとりとした女性の声だ。それもあまり声を張り上げることに慣れていない上品さを纏っている。
主人の目配せに一礼しラーシェルが部屋を出て行く。
「奥さま、こちらでございます」
「まあラーシェル、ありがとう。お客様かしら?」
この部屋へ通すつもりなのだろう。足音が近づいている。
ラーシェルが奥様と呼ぶ相手、さらに声音の雰囲気から察するに。
「母上、こちらは――」
メレは不要だとばかりにオルフェを遮り前に出た。
「お初にお目に掛かります。わたくし『賢者の瞳』にて代表を務めております、メレディアナ・ブランと申します。この度はご利用いただき誠にありがとうございます。どうか急な訪問をお許しください。実はこちらの不手際で誤った商品を発送してしまいました。誠に申し訳ございません。謝罪をしたく赴いた次第です」
「まあ!」
怒鳴られることも想定していたメレの耳に飛び込んだのは歓喜の声である。顔を上げれば女性は花が咲いたように顔を綻ばせ、その拍子に金色の髪が揺れた。
「間違い? ということは、もう届いているのね! オルフェったら、そういうことは早く教えなさい」
「すみません」
和やかな親子の会話にメレだけが追いつけていない。
「メレディアナ様、謝罪など不要です。わたくし荷物のことは今知ったばかりですもの、気に病まれる必要はございません。それよりも都合がよろしければ、ご一緒にお茶でもいかかでしょう。せっかくお越しくださったのですから、ゆっくりなさってください」
憎い対戦相手の母親とはいえ、こちらに非があるので断りにくい。それがお得意様であれば尚更だ。
「そうしてやってくれないか? 例のことはその間に考えておく」
男性陣は早々に退散し、なんだか見捨てられたような気分だ。とはいえ顧客を無下には出来まい。打算のない笑顔で誘われてしまえばなおさら断りにくいもので、メレは宿敵の母親とテーブルを囲むことになってしまった。
0
お気に入りに追加
68
あなたにおすすめの小説
元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
〖完結〗私は旦那様には必要ないようですので国へ帰ります。
藍川みいな
恋愛
辺境伯のセバス・ブライト侯爵に嫁いだミーシャは優秀な聖女だった。セバスに嫁いで3年、セバスは愛人を次から次へと作り、やりたい放題だった。
そんなセバスに我慢の限界を迎え、離縁する事を決意したミーシャ。
私がいなければ、あなたはおしまいです。
国境を無事に守れていたのは、聖女ミーシャのおかげだった。ミーシャが守るのをやめた時、セバスは破滅する事になる…。
設定はゆるゆるです。
本編8話で完結になります。
【完結】「俺は2番目に好きな女と結婚するんだ」と言っていた婚約者と婚約破棄したいだけだったのに、なぜか聖女になってしまいました
As-me.com
恋愛
完結しました。
とある日、偶然にも婚約者が「俺は2番目に好きな女と結婚するんだ」とお友達に楽しそうに宣言するのを聞いてしまいました。
例え2番目でもちゃんと愛しているから結婚にはなんの問題も無いとおっしゃっていますが……そんな婚約者様がとんでもない問題児だと発覚します。
なんてことでしょう。愛も無い、信頼も無い、領地にメリットも無い。そんな無い無い尽くしの婚約者様と結婚しても幸せになれる気がしません。
ねぇ、婚約者様。私はあなたと結婚なんてしたくありませんわ。絶対婚約破棄しますから!
あなたはあなたで、1番好きな人と結婚してくださいな。
※この作品は『「俺は2番目に好きな女と結婚するんだ」と婚約者が言っていたので、1番好きな女性と結婚させてあげることにしました。 』を書き直しています。内容はほぼ一緒ですが、細かい設定や登場人物の性格などを書き直す予定です。
愛せないと言われたから、私も愛することをやめました
天宮有
恋愛
「他の人を好きになったから、君のことは愛せない」
そんなことを言われて、私サフィラは婚約者のヴァン王子に愛人を紹介される。
その後はヴァンは、私が様々な悪事を働いているとパーティ会場で言い出す。
捏造した罪によって、ヴァンは私との婚約を破棄しようと目論んでいた。
宮廷外交官の天才令嬢、王子に愛想をつかれて婚約破棄されたあげく、実家まで追放されてケダモノ男爵に読み書きを教えることになりました
悠木真帆
恋愛
子爵令嬢のシャルティナ・ルーリックは宮廷外交官として日々忙しくはたらく毎日。
クールな見た目と頭の回転の速さからついたあだ名は氷の令嬢。
婚約者である王子カイル・ドルトラードを長らくほったらかしてしまうほど仕事に没頭していた。
そんなある日の夜会でシャルティナは王子から婚約破棄を宣言されてしまう。
そしてそのとなりには見知らぬ令嬢が⋯⋯
王子の婚約者ではなくなった途端、シャルティナは宮廷外交官の立場まで失い、見かねた父の強引な勧めで冒険者あがりの男爵のところへ行くことになる。
シャルティナは宮廷外交官の実績を活かして辣腕を振るおうと張り切るが、男爵から命じられた任務は男爵に文字の読み書きを教えることだった⋯⋯
幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。
秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚
13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。
歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。
そしてエリーゼは大人へと成長していく。
※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。
小説家になろう様にも掲載しています。
タイムリープ〜悪女の烙印を押された私はもう二度と失敗しない
結城芙由奈@12/27電子書籍配信
恋愛
<もうあなた方の事は信じません>―私が二度目の人生を生きている事は誰にも内緒―
私の名前はアイリス・イリヤ。王太子の婚約者だった。2年越しにようやく迎えた婚約式の発表の日、何故か<私>は大観衆の中にいた。そして婚約者である王太子の側に立っていたのは彼に付きまとっていたクラスメイト。この国の国王陛下は告げた。
「アイリス・イリヤとの婚約を解消し、ここにいるタバサ・オルフェンを王太子の婚約者とする!」
その場で身に覚えの無い罪で悪女として捕らえられた私は島流しに遭い、寂しい晩年を迎えた・・・はずが、守護神の力で何故か婚約式発表の2年前に逆戻り。タイムリープの力ともう一つの力を手に入れた二度目の人生。目の前には私を騙した人達がいる。もう騙されない。同じ失敗は繰り返さないと私は心に誓った。
※カクヨム・小説家になろうにも掲載しています
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる