星導の魔術士

かもしか

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第一章 魔術学校編

第35話 平穏のち不穏

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「うーん、今日もいい朝だ」

 レントの朝は早い。

 早朝に起きてすぐさま訓練をするためだ。
 異端の力をその身に覚えさせるため、いつだって練習を忘れない。

 起きてすぐ顔を洗い、着替えて地下訓練場へと赴く。
 その際に寮母さんへの挨拶は欠かさない。
 いつもお世話になっている人だ、感謝の心を忘れてはいけない。
 廊下を歩けど人とはすれ違わない。故に1人寂しく廊下に足音を響かせるのだ。
 そして、訓練場に着くやいなや体を温めるために体操をする。
 そうして体操を終えると、まず初めに魔術の調子を確かめるために全身にくまなく魔力を纏わせる。
 それによって今日の体調も程々にわかるようになってきた。
 魔力を纏わせていくと段々と頭が冴えてくる。
 頭が起きたらいよいよ訓練の始まりとなる。
 最初はよく使う『影の支配《シャドー・ステージ》』の展開、そしてそれに付随する魔術を日替わりでこなしていくのだ。
 今日は『影棘《シャドー・スパイン》』の日だ。
 この魔術は領域内の影から棘を天に向かって生やす魔術。戦闘では点の攻撃としてかなり使いやすい魔術で、レントも重宝している。

「1、2、3、1、2、3、1、2、3っと……うん、こんなもんでいいかな」

 1カウント毎に地面から棘を生やしては消してを繰り返す。
 その3カウント3セットを1つの魔術につき1巡行う。試行錯誤の上この回数がベストだとレントは気づいたのだ。
 それを終えると新たな魔術の練習に移る。
 今回は魔術士団との対戦で使う魔術だ。
 それらをひとり黙々と毎日行っている。





 ────2時間後

 気づけば朝日は完全に顔を出し、晴れやかな日差しが照りつけていた。
 レントの早朝訓練はここからさらに1時間かけて行う。
 しかし、今日は魔術士団との対戦の日ということもあり早めに終わらせていた。

「まぁ、こんなもんかなぁ? コンディションはまぁまぁいいし何とかなればいいな」

 そうして訓練を終えると部屋に戻りシャワーを浴びて食堂へ向かった。

「ん? 今日は早いのねレント」
「おはよう、オリティア」

 オリティアも朝が早く、レントが訓練を終わらせて食堂へ向かうとすれ違いで食堂を出ていくのだ。
 朝日が完全には出ておらず人が少ないのに、それに関わらず朝食の用意があるとは中々やれることでは無い。

「あぁ、今日は無理して勝てる相手じゃないからね」
「この星最大の魔術士団よね。 頑張ってね」
「善処するよ」

 ひと通り声を交わすとレントは朝食のお膳をもって席に着く。
 オリティアも食べ始めて間もなかったので相席させてもらった。

「どう? 勝てそう?」
「うーん、どうだろ? やれるだけやってみるけどさ。相手が相手だし難しいよなぁ」
「子供に負けてちゃお話にならない相手だもんね……」

 伊達にこの星最大の魔術士団を名乗っていないのだ。
 メンバーはいずれも強者揃いで、その上で学生という言わば子供に負けるなどあってはならない事に違いない。
 とはいえ、レントも負けるつもりは毛頭ない。こちらだって勝つつもりでいるのだ。

「ミラの防御とリンシアの攻撃力次第かなぁ。僕の魔術は攻撃に秀でてないし、かといって『星痕』を解放するのもどうかと思うし……」
「レントの『星痕』はかなり際どいわね……。珍しいというか、むしろ見せびらかしていいものじゃない気がする」
「そうだよなぁ」

 学校の中ならいざ知らず、選抜大会とあっては見てるのは学生や教師だけでは無い。
 しかも、言伝《ことづて》で広がるのも時間の問題とも言える。

「とりあえずやるだけやってみるよ」

 レントはそう言い残すと席を立ってお膳を片付けにかかる。
 先に食べ終わって話し相手になってくれてたオリティアもそれに倣って片付けていた。

「じゃあ、また後で」
「はい。また後で」

 レントはオリティアと別れると自分の部屋へと戻って準備に取り掛かった。
 今の時間からおよそ3時間後には対戦が始まるのだ。さっさと準備して集合場所へと向かうに限る。
 そうしてなるべく早く準備をし、ミラ達の待つ女性寮前に向かった。

「やぁ、レント」
「ん」
「おはよう2人とも」

 昨日より1時間ばかし早い集合となったが、対戦前の最終作戦会議の為だ。
 揃った3人は駄弁りながら会場に向けて歩き始めた。

「いやぁ、今日はコンディションさいこうだね! いつもより硬い壁が作れそうだよ」
「それはいいね、期待しておくよ」
「お兄様はいつだってベストコンディション」
「リンシア……流石の僕にもダメな日はあるよ」

 やれやれと息を漏らすミラを一瞥し、リンシタは話題をレントの事に寄せてきた。

「どう?」
「どう……とは?」

 毎度ながら口数が少ないのも難儀なものだ。特に主語が無いのはまるで意味がわからんぞ……。

「コンディション」
「あぁ、大丈夫だよ。バッチリさ」
「ならいい」

 それだけを口にすると前を向き直して歩みを進める。
 そんなリンシアを見ていたミラはレントの耳に口を近づけて小声で話した。

「あれで心配してたんだよ。無理してないかって」
「いくら僕でもそのくらいわかるよ」
「そうかい?」

 時に真面目に話しつつ、時にはふざけたりしているうちに会場へとたどり着く。
 選手点呼はまだまだ先になる、ならばと先に選手控え室に向かって荷物を下ろす事にした。

「あれ? コウ先輩じゃないですか」
「おう、レント。俺たちの仇取ってくれよ?」
「ははは……どうでしょうね」
「任せてください! 不詳このミラが勝ち取ってきましょう!」

 何を根拠にそう言えるのか疑問が浮かぶが、悪いことじゃないので咎める程じゃないだろう。

「私もいるわよ」

 先輩の背後から出てきたのはリディアだった。
 レントは反射でビクッとして1歩後ずさってしまう。

「あら、失礼しちゃうわ」
「あ、いえ……ははは……」

 苦笑いしか出てこないレントは一刻も早く立ち去りたいとさえ思えてくる。
 どうにもこのリディアという女性は苦手だ。

「私にも応援させてちょうだい? 餞別にこれをあげるわ」

 そう言って差し出したのはペンダントだった。
 どうやらレントに渡したい物らしく、いくら相手がリディアと言えども厚意は受け取らないと失礼なので渋々レントは受け取った。

「1日に1度だけ相手の攻撃魔術を反射してくれるわ。必ず勝ちなさい」

 ここまでしてくれたのなら勝てないなんて言えたもんじゃない。
 不安ではあったがこのペンダントのおかげで少し落ち着いたのも事実だ。

「えぇ、勝ってきますよ」
「ふふ、その意気よ」

 やはり背中に悪寒が走る。
 一生慣れそうにないな、と改めて思ったレントであった。






 先輩達と別れた後、選手控え室にて荷物を置いたらそれぞれの自由時間とする事にした。
 ミラは持参した本を読み、リンシアは訳もなくひたすらに控え室を物色する。
 ……昨日も来ただろうに何かあるんだろうか?
 非常に不審な動きだが今更感が強いので突っ込むこともない。
 レントは気になることもあるので部屋を出ることにした。

(しかし、ミラ。その本はなんなんだ。『恋する類人猿』って……少し気になるだろ)

 少し惹かれはしたがすぐに正気を取り戻して部屋を後にした。
 そうして会場からも出ていき、いかにもな雰囲気漂う路地へと歩き出す。
 なんか尾行されている感覚があったのだ。
 出来れば人の少ない所へと行きたいところだった。

(こんな所でいいか)

 辺りには人っ子一人おらず、それなりの広さのある場所へとたどり着いたレントは確信へと変わっていた尾行へと声をかける。

「いつまで僕を追ってきてるのかな?」
「……」

 しかし、黙ったままなようでいつまで経っても返答は無い。
 もしかしてミスしたかな?という不安はあるが、あからさまに人の気配を感じていた。

「あくまでも無視を続けるってことだね。ならこちらにも考えがあるよ」

 ここは広いと言っても路地なのだ。辺り一面が影で覆われている。
 レントに取ってはホームと言っても過言ではないだろう。

『影の支配』

 そうして1面の影を領域として指定した。
 そして、動く。
 同時に、着いてくる。
 また動く。
 やはり着いてくる。

「はぁ、ここまでバレててなおのこと無視を決め込むって相当馬鹿なのかな?」
「んだと? ゴルァ!!」
「お? 釣れた釣れた」

 あの馬鹿……もとい尾行していたのはやはりと言えばやはりなのだろうがガゼルだった。
 馬鹿は禁句なのかもしれないな。

「誰が馬鹿じゃ! 馬鹿って言う方が馬鹿だろうが」
「子供か……」

 子供でさえもそんな事言う子は少ないと思う。

「さて、君の目的は僕だろう? 「裏ギルド」さん?」
「チッ、そこまでバレてやがるか」

 どうにも頭がお悪いようで、何もかもがバレてないと思っているようだ。
 あからさまな言動、行動、そしてその尾行。
 全てがガバガバといわざるをえない出来なのは注意した方がいいのだろうか?いや、しなくていいだろう。

「まぁ、話が速ぇのはいい事だ。んな訳で着いてきてもらうぜ」
「これから僕は戦わなくちゃならないんだ。勘弁して欲しいよね」
「んなこた知るかよ、強引にでも連れてくぜ……っと」

 その瞬間ガゼルは背後にいくつもの火球を作り出した。
 その数ざっと見ても20はくだらないだろう。
 周囲を壊すつもりなのかそれは捕まえるにしてはオーバーパワー過ぎる気がする。

「ふっひっ、ひゃひゃひゃ。大人しく着いてこればいいものを痛い目を見ないと分からないなら仕方ねぇ。ほらよ」

 そうして指をレントに向けると火球を1つ飛ばした。
 そんな見え見えの攻撃にあたるレントでは無い。
「よっ」と声を漏らしながら簡単に避けることが出来た。
 背後から爆発した音がする。

「しまった、爆発だったなそういや」

 このままあの数爆破させてしまうと周囲一体壊れてしまいかねない。
 レントはやむを得ず目を輝かせながら魔術を展開した。

『闇点《あんてん》』

 自分の周囲に光さえも吸収する黒い玉を3つ出現させた。
 これはあらゆる魔力を取り込み無効化して反射するレントの奥の手のひとつだ。
 これさえあればあらゆる魔術に対して負けることはなくなる。
 この玉全てを同時に操作しなくてはならないので今のレントには3つが精一杯だった。

「んだそりゃ、何か知らねぇがこちとら弾はいくらでもあんだわ。どんどん行くぜ!」

 その声と同時に背後で止まっていた火球は続けざまレントへと飛びかかっていった。
 しかもどうやら、飛んだ後に同じ場所から火球が生成されている所を見るに「いくらでもある」というのは全くのデタラメということも無さそうだ。

「んなっ!?」

 しかし、その放った火球全てが着弾して爆発するとこは無かった。
『闇点』の周囲にある魔術は引き寄せられるのだ。
 それ故に放った火球は全て『闇点』に吸収さてれいた。

「何をしやがったんだてめぇ」
「説明した方がいいのかな……でもすぐ居なくなる人にはしなくていいよね」

 取り込み、そして反射。
 取り込んだ魔術はそれを溜め込んで一度にまとめて反射出来るこの魔術はガゼルとの相性がすこぶる悪かった。

「さて、お返しだよ。君の魔術がどれだけ痛いか見に覚えるといいよ」

 レントは解放した。
 総数23発の火球は途絶えることなくガゼルへと発射された。
 その速度は本人のものとは比べ物にならないほどで、軽く倍近い速度になっていた。

 そんなだから避けるに避けられずガゼルは直撃することになる。

 ドンッ
 ドンッ
 ドンッ
 フギャッ
 ドンッ……


 当たっては爆発し当たっては爆発しを繰り返すこと数分後、土煙も晴れて倒れているガゼルが視認できるようになった。
 思ったよりも弱く、警戒しすぎたのかもしれないとレントは思ったが動かないところを見るに気絶なりなんなりしているのだろう。

 そこでレントは思い出す。

「あっ! 点呼!」

 レントは今の時間をすぐさま確認する。
 ここまで来るのに10分だ、あと15分で始まるところなので今すぐ向かわないと間に合わない。
 確認したかったがそんな時間は無いのでその場を後にしてさっさと戻ることにした。




「さすがにガゼルでは勝てはしないよな」

 建物の影からでてきたのはグレイだった。
 ガゼルを肩に担ぐとため息を漏らして歩き出す。




「ガゼルを捕まえられたのは僥倖だった。これで少しはレントも安心して大会に専念できるだろう」

 その言葉を残してグレイは影へと消えていった。
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