星導の魔術士

かもしか

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第一章 魔術学校編

第20話 純二重魔術

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 とある空き教室。
 レントは1人机に向かっていた。

 先日、リンシアと模擬戦をしてひとつ分かったことがある。

 ──彼女は水同士の二重魔術……所謂『純二重魔術アミニクス・マジック』を使っていた。

 今までの知識では同じ属性での二重魔術は出来ないとされていて、レントもすっかりその気でいた。
 それもそのはず、何度も何度も何度も試して成功した試しがないのだ。

『その属性を知ること』

 その言葉がどうにも引っかかる。
 レントは『星痕』を宿してから鍛錬を欠かしたことは無いし、影魔術についても同じだ。
 それでも足りないということなのか、何かまた違う原因があるのか。
 レントにはそれがどうしても分からないでいた。

「影魔術の性質……影魔術の癖……影魔術を使う時の環境……」

 性質と言えば影と一体化して攻撃を無効化したり、影のある所ならどこからでも手を出せる。
 癖、遅い。
 それに尽きる。

「いや、単に遅いだけでは足りないのかもしれない。例えば……」

 レントは思考をめぐらせて影魔術が持つ癖について、より理解を深めようとする。

「あらゆるものはすり抜ける……癖とは言いづらいな……」

 レントは今までの戦闘を思い出すことにした。
 コウと戦った時はどうだっただろうか。
 ライゴウは?ガルドやリンシア、黒竜はどうだっただろう。


 魔術とは使用者の癖とは別に魔術特有の得意な形というものがある。
 それがいわゆる『癖』というものだろう。
 思えば雷魔術は纏わせて戦う人が多かった。
 風魔術は魔力を斬撃として飛ばして戦っていた。

 ────なら影魔術はどうなんだろう。

 レントはことある事に『影の支配』を使っていた。
 それはそれが的確な物であるのは間違いないが、それが影魔術の癖なのかもしれない。

「と、なると……影魔術の癖って」

「魔力領域の……支配……?」
「正解ですわ」

 どこからともなく声がかかる。
 声のした方にレントが振り向くと、そこにはアガーテがいた。

「やぁ、アガーテ。こんな所にどうしたんだい?」
「はぁ……それはこっちのセリフですわ。学校が終わって、一目散にここにいらしたのは貴方ですのよ」
「まぁ、それはそうか」

 挨拶はこの辺にして思考を再開した。
 アガーテはどうやら知っているようだ。

「アガーテは分かるの?」
「分かりますわ。このマックス……銃を使うのに6属性の知識が必要ですもの」
「!?ならっ……」
「でも、これは自分でたどり着かないと意味がありませんわ。他人から教わったモノでは知識としては蓄えられても、それは理解したとは言い難いですもの」

 むむむ……と唸るレント。
 しかし、どうやら癖についてはある程度理解ができた。
 確かにレントはなにかするにも影の領域を展開させてそこから派生させていた。
 これはレントの意思であると共に、影魔術の基本パターンなのだ。
 大抵の影魔術は『影の支配』による領域支配を主としていた。
 展開できて初めて扱える魔術も少なくない。

「なるほどな……これが『癖』か」

 癖については何となくそう感じられるようになってきた。
 しかし最後の『環境』だ。

「影魔術を使う環境ってなんだ?」  

 レントはアガーテに目線を上げる。

「考えてご覧なさい」
「むむ」

 ヒントも無いようだ。
 環境ってなんだ……。使う際になにか変わったことがあったか?
 いや、今までの戦闘から見てもそんな変わったものは無かったはずだ。
 では、何の環境が要因なのか。

「ひとつだけヒントをあげますわ。それが自覚できてれば今頃使えてますわよ」
「自覚出来てれば……ねぇ」

 自覚が出来てないからこうして困ってるんだ。
 それじゃ、根本の解決にはならないだろう。
 逆に言えば、これさえわかっていればレントにも出来るということだ。

「今までに変わったものはないか……?」
「はぁ……」

 アガーテはやれやれという表情をして前の席に座った。

「いいこと? 変わった事ばかりを探しているようでは見つからないですわ」
「変わった事以外……というと、変わってないものということか」

 今までで何も変わってないところ。
 使う魔術か? いや、そんな事では無いはずだ。
 使う魔術を考えても影魔術では『影の支配』をしてこそなものが多い。
 では何か。
 戦闘でいつも変わらなかったもの。
 もしかしたら、自分が要因では無い?

「自分以外の要因……そして、使う時の環境……」

 段々と見えてきた感覚をレントは感じていた。
 他の魔術でも考えてみよう。
 わかりやすいのは見た事のある氷魔術だ。

「氷魔術を扱うには水の純二重魔術の習得が必要。その水の純二重魔術は身体的特性を水そのものに変えるもの……。リンシアは言っていた、自分自身がその魔術となり得ること、と」

(自分を水だと思えるようにするには……単純に周りの水と一体になるように……)

 ここでやっと光明が見えてきた。
 その顔が分かりやすかったのかアガーテも満足したようで、空き教室から出ていこうとしていた。

「分かったようね」
「あぁ、ありがとう、アガーテ」

 再び1人となったレントはまたしても思考を再開する。

(この仮説が正しいとするなら、僕がやることはひとつだな)

 そうして立ち上がると、訓練する場所はあそこしかないとばかりに足早に部屋を去っていった。

 レントはようやく魔術の深淵の1片にたどり着いたのだ。
 魔術を知るには、扱う魔術がどういった効果があるのか、扱う魔術にはどのような形態の魔術が多いのか、そして

 ────自分自身こそ魔術そのものとして扱えるか。

 これにより魔術そのものである自分自身と、行使した魔術のふたつの同じ属性を使うことが可能になる。
 その事に気づけたレントはアガーテに感謝の念が耐えない。

(これからは足を向けて寝れなさそうだ)

 レントは常日頃から思っていた。
 自分は今できる限界まで来てるんじゃないのか。
 新しい魔術を作ろうともパターンが増えるだけで、単純な強化とは言えないんじゃないだろうか。
『星影魔術』という自分オリジナルの魔術は増えたが、それは果たして影魔術としての強化なのか。
 いつまで経っても、これ以上今は成長出来ないのではないのかと不安で仕方なかったのだ。
 アガーテはその壁を壊してくれた。
 もっと強くなれることにレントは喜びを覚え、いてもたってもいられなかったのだ。

 ──────────────────

 場所を変えてレントは校庭に来ていた。
 時間もいつの間にか夕飯の時間を過ぎて、もうそろそろ就寝しようかというところだ。
 しかし、その時間だからこそレントはやる事があった。

 影と一体化を進めるには自身を影に沈めて、その身を影としないといけない。
 そういう事もあり、夜にしか出来るものではなかった。

「流石に昼間にやるには明るすぎるんだよな」

 校庭の中心に立つと、レントは地面に大の字を描いて倒れた。
 周りの闇と一体になるように、自分こそ影だと。
 今までは影としての動きはできたが、影そのものと言うより影を操っている感覚だった。

「操るんじゃない。影こそが僕の身体なんだ」

 それを理解してからはレントは早かった。
 段々と身体が地面に沈みこんでいき、いつの間にかレントの姿はどこにもなかった。





(これが影。影魔術の根源)

 影と同化して最初に見たのはどこまで続くのか、続いてるのかも分からない漆黒の空間。
 そんな空間に1人突っ立っていた。

 ──コンッコンッ

 確かに歩いている感覚はある。
 しかし地面は認識できない。
 浮いているような感覚すら感じる。

 そうして少し進むと四方八方が真っ黒に包まれてなお、さらに黒いと直感でわかる場所を見つけた。

(これはどんな光も吸収してしまいそうだ)

 見なくても感じるだけでこの場所が伝わってくる。
 ここが、影魔術の最奥なのだ。
 レントはおもむろにその特に黒い場所に手を伸ばした。

(うおっ!?)

 引っ張られた感覚がある。
 しかし、レントもそう易々と負けてはいられないとばかりに引っ張る。












 ────どれだけ時間が経っただろうか。

 引っ張られる感覚と引っ張る感覚。
 これらが常に均衡し続けていてなかなか終わりが見えない。
 時間の感覚すら忘れてしまうほどに。

 しかし、途端に不意に引っ張る力が弱くなる。

 いきなり弱くなったもんだから、レントは勢いよく後方に崩れ落ちる。


『我の目を覚ましたのは誰だ』
 
 その特に黒い場所から声が聞こえた。
 未だ声の主が見えないがレントは立ち上がると答える。

「レント。魔術学校第1学年のレントだ。君は誰だい?」
『我か……我は……』


『アビス……我には勿体なき名だ』


 ようやくその輪郭が見えてきた。
 今まであったやけに黒い場所は無くなり、それらで形作ったのだ。

 そして、それがはっきりと分かるころには、姿形がレントと酷似していることが分かった。

「なっ!? 僕?」
『いや、我はお前では無い。しかし、お前は我ではある』
「禅問答みたいだな……」

 アビスと名乗るソレは姿形こそレントそのものだが、仕草や思考などが違うようだ。
 しかし、レントは不思議に思う。
 純二重魔術を覚えるために影と一体化した結果、謎の人物と出会ってしまった。

『して、我をなぜ目覚めさせた』
「僕は純二重魔術を覚えるために、影魔術を知ろうとしてたんだよ」
『あぁ、把握した』

 その途端、アビスは四散しレントを覆い始めた。

「なんだなんだ!」
『黙っておれ』

 レントの声をそのまま低くした様なアビスの声は、自分が出す以上に深みがある。
 もしかしたら少しビビっているのかもしれない。

『ふむ、これがリダンの息子か……悪くない』
「!?父さんの名前っ!」

 こいつは父さんの関係者か!
 そう思った矢先、アビスは拒否を示した。

『なに、関係者という程では無い。我はただ遠くから見ていただけに過ぎん』

 それよりも、と前置きをしてレントを覆い終わる。

『いいか、お前は目覚め切ってないとはいえ我を引っ張り出したんだ。その権利がある』
「権利……」

 今まで以上に言葉が重くのしかかる。

『そうだ、力を得たいか。人から忌避されようとも』
「……そんな力はいらない。力は人のために振るうものだ、結果として忌避されるかもしれないがそれを前提としてなら要らない」
『ふっ……はっはっはっはっ……ふっくっくっ』

 面白い奴だ。

 そう言ってアビスは姿を消した。
 その途端、影から弾き出されるように校庭へと戻っていた。


「人から嫌われる力……か……」


 その力がどんなものか興味はあった。
 でも、知り合いを無くしてまで欲しいとは思わなかったのだ。
 その未来に向かわないように扱わなくてはならない。
 しかし、今はその力はまだ手には無い。
 いずれ頼る時もあるだろう、そのためにも覚悟が必要だ。
 とりあえずレントは自分の部屋へと戻ることにした。



 その時が来るまでには、覚悟をしておかねば。










 ────『くっくっくっ、我は今1度見させてもらおう。お前の覚悟とやらを』
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