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6、味覚の戻る日

伸幸の計画的犯行

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「ちょっと、伸幸さん。何してんの? それ、何」

 瞬は、台所で何やら箱を開けている伸幸を見とがめ、厳しく訊いた。

「や。これは、そのう」

 瞬は立ちあがって伸幸の肩ごしに箱の中身を確かめた。

 伸幸が背後に隠そうとして、隠しきれなかったのは。

 炊飯器だった。

「ヤメロって」

 瞬は伸幸をじろりと睨んだ。

 伸幸は昨日どこかから戻ってきたときに、こいつも仕入れてきたらしい。

「いや、だってさあ、やっぱ米のメシ食いたいじゃん」

「んなもん、どっか行ってるときにそっちで食えばいいじゃんよ。何も俺んとこで炊こうとしなくても」

「だって、瞬の作る料理はうまいからさあ。一緒に白いメシがあったらどんなにうまいかなって」

 伸幸は上目づかいに、「和食がとくにうまい」と瞬の料理の腕をほめた。

 瞬は時計を見た。

「じゃあさ。今から浸水して、夕食の米は三時台に炊いて。俺その間どっか出てくるから」

「はい」

「窓開けてしっかり換気しててね」

「はい」

「どっかで時間つぶしてあげるんだから。その分のこづかいもちょうだいよね」

「はい」

 伸幸は嬉しそうにポケットから無造作に万札を一枚引き抜き、瞬に手渡した。

「こんなに要らねえよ。五、六百円でいいんだよ」

「うん。でも、また炊くから。そのときの分も。前払い」

「はっ。計画的犯行かよ」

「っていうか、サイフ使えよ」と瞬はブツブツ言いながら、渡された万券をしまった。

 これで、しばらく伸幸がこの部屋で米を炊く権利を認めてしまった。

(大丈夫かなあ……)

 一応バイト先では、倒れて以来、米飯の盛りつけチームには配置されていない。が、作業中に米の香りがまったく流れてこない訳ではない。

(あのくらいなら耐えられてるんだから。換気さえしっかりすれば……)

 換気だけで米の炊けるニオイが散らなければ、もっと濃い別の、瞬の耐えられる香りをかぶせる方法もある。

「じゃあ、今朝コーヒーを淹れてくれたのも、いざとなったらコーヒーの香りで米のニオイを飛ばしちゃおうって魂胆か」

「あはは……」

 伸幸は笑っている。

「もう。頭のいいひとが本気出したら、手に負えないよ」

 瞬はあきらめ、肩をすくめた。
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