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4、ふたたび、ゼリーの日々

「ほら、早くお行きよ」

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「瞬ちゃーん」

「何すか?」

「また逃げられたの?」

「は?」

 盛りつけバイトの二周目を終え、休憩時間にそう訊かれた。何のことか分からない。

 別のパートさんが、さらなるツッコみを兼ねて解説した。

「ほらあ、バイト終わりに、迎えに来てた彼氏さん。あれ以来すっかり見かけないからさあ」

「そうそう瞬ちゃん、なんかこの頃暗いし」

 どう答えたものか。

「別に『彼氏』じゃなかったんで。みなさん俺の話なんて聞かなかったから、よく伝わってなかったでしょうけど」

 暗い声にならないよう気をつけながら、瞬は続けた。

「大体『また逃げられた』って何すか。ひとぎきの悪い」

「あら、瞬ちゃん、ここにバイトに来るまえ、別のひととつき合ってたんでしょ? 失恋きっかけでここに引っ越してきたんじゃないかって、みんな言ってたわよ。違うの?」

 おばちゃんたちの観察眼恐るべし。どうして毎回毎回、ピッタリ当ててくるんだろうか。

 そんなに分かりやすい人間なのか、俺は。

(くやしー!)

 口をへの字に曲げて悔しがる瞬を囲み、おばちゃんたちはしばらく笑っていた。

「元気出しなさいよ、まだ若いんだから」

「そうそうそ。またいいひと、見つかるって」

「瞬ちゃん、見た目いいんだから、ステキなひとがいそうなとこに行かないと」

「じゃないと、出会えるものも、出会えないもんねー」

 なぐさめてくれてる。

 瞬にはおばちゃんたちが励ましてくれてるのが分かる。

(でも……)

 自分はもう出会いなんて求めてないんだ。

 ひとりだけの静かな暮らしをしていたいんだ。

 そんな自分の気持ちを、説明することはできなかった。 

 帰り際、チーフの長谷川が瞬に来月のシフトを手渡しにきた。

「はい、来月もよろしくお願いしますね」

 軽く頭を下げて受けとった瞬に、声を低めて長谷川は言った。

「瞬ちゃん、休憩時間にみんなが言ってたことだけど」

「はあ……」

「またどっか、行っちゃわないでね」

「は?」

「瞬ちゃん、ホント優秀なんだからさ。仕事覚えもよかったし、手早いし確実だし。ずっといてくれとは言わないけど……アンタにも将来があるんだから、でも」

 長谷川はそこで言葉を切った。

 パートさんたちがすぐわきを通っていった。

「お先でーす」

「はいよ、お疲れ」

 彼女たちを見送ってから、長谷川は再び口を開いた。

「もう少しさ……元気が出てからにしなよ。新しいことを始めるのはさ」

「決断」ってのは、体調のいいときにするもんだよ。

 長谷川はそう言って気づかわしげに瞬を見上げた。

 何と答えてよいか、分からない。

 ずっと黙っていたら不審に思われてしまう。

 瞬は唇を開きかけた。

 そのとき。

「瞬ちゃん!」

 表の出入り口から顔を出して、さっき出ていったパートさんが大きな身ぶりで瞬を呼んだ。

「彼氏! あんたの彼氏、来てる。あんたのこと待ってるよ! 早く行ってやんな」

(え)

 心臓が一拍飛んだ。

 視界がにじむ。

「ほら、早くお行きよ」

  長谷川が瞬の背中をバシンと勢いよく叩いた。

「モタモタしてたら幸せが逃げちゃうよ」

 長谷川に叩かれて、よろよろと瞬は歩きだした。

 夢中で弁当屋の建物を回る。

 表通りに、ナップザックをしょって大きな包みをさげて。

 伸幸が立っていた。
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