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1、ある日バイト終わりに熊男が現れた!

「あおりイカ大根おろし添え」

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「何だよ、このナンセンスな組み合わせ」

 瞬はぼやいた。

 ワンルームの狭い台所で、瞬はステンレスの包丁を取り出した。

 食えなくなって、調理する気をなくした瞬は、パンを切るときくらいしかまな板を使わない。

 とりあえず大根は根っこと葉っぱに分け、それぞれを洗った。新じゃがはタワシでこすれば皮が取れるが、タワシはないので食器洗いスポンジの固い方で代用する。ハマグリは塩水に漬けた。

「さて、どうしますかね」

 料理をしないので、調味料も醤油と塩しかない。

 両手両足を縛られたようなものだ。

 だが、イカはせっかくこんなに透きとおっているのだ。早く始末をつけてやるのが親切というもの。

 少しの間脳内でシミュレーションを回したが、瞬はひとりコクコクとうなずいてパンを食べるとき用に買ってあったバターを冷蔵庫から出した。

 昆布があったのは幸運だった。これでダシを引ける。

 引っ越し直後に数回使った家庭用の鍋やフライパンをフル活用して、瞬は手順を進めていった。

 ザーザーと聞こえていたシャワーの音が止まる頃。

 テーブルの上には、「あおりイカ大根おろし添え」「ハマグリと新じゃがのバター焼き」「大根菜のおひたし」が並んでいた。

「あ、その脱いだ服、そうっと持ち上げて風呂場に入れてくれる? これ以上部屋に泥を落とされたくないんで」

 瞬は振り返らずにそう熊男に声をかけた。後で掃除もさせてやる。

 熊男は言うとおりにした。

 瞬の出してやったスエットを身につけて、熊男は思わず声を漏らした。

「うわあ……うまそう……」

「よだれ垂らすなよ」

 瞬は横目でキッとにらみながら、テーブルに取り皿を並べた。不揃いのパン皿と小皿。

「みそのひとつもありゃ、残ってる大根でみそ汁くらい作れたけど。あいにくそんな気の利いたものはなくってね」

「うぅまぁい~~~~~」

 食べながら、熊男はダラダラと涙をこぼした。

 瞬はギョッとしたが、この男は初めから訳ありっぽかった。事情のひとつやふたつあるだろう。よほど空腹だったと見える。

「あー、あー。ハナミズ。垂れてる垂れてる」

 瞬はティッシュを取ってやった。熊男は手渡されるままに鼻をかんだ。

 何だろう、この感じ。

 手のかかる子供、か?
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