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五、二〇一〇年 東京―3

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 死んだ編集者は、当時の晴月社での綾乃の担当だった。まだ晴月社で仕事はしていなかったが、福住書店との専属契約の終了を控えた綾乃にいろいろとアドバイスをしてくれたり、面倒見のよいひとだった。

 親身にしてくれたお礼の積もりで、綾乃と暢子はその葬式に参列した。

 行ってみると、社内の人間がぽつぽつと来ていたが、親族は年老いた母親と妹だけの、寂しい式だった。

 彼女らは、若い女性である暢子たちが参列したことをことのほか喜んでくれた。引き留められるままに法要の席にまで残ったものだった。

 その葬式に、鈴鳴は現れなかった。警察に引っ張られて事情を訊かれているのだとか、いくら厚顔でも、親族の前にのこのこ顔を出せるわけがないとか、会場の隅でひそひそ囁かれているのが暢子たちの耳にも入った。

 いっとき鈴鳴蕩治楼を担当していて、その死に彼が深く関係しているのではと取り沙汰された人物が、その編集者だった。

 登紀子はさっきから、時計塔のシーンを優先で進めている。リンの仕事を早く終わらせようとしているのだ。

 学生であるリンを必要以上に拘束しておくのは好ましくない。葬式の話題が出なくても、きっと登紀子はそうするだろう。

 暢子はそう思うことではらはら思い悩むのを止めようと試みた。

 こういうとき、綾乃はちっとも悩まない。リンが鈴鳴といい仲になっていることを仮に知っていたとしても、綾乃は暢子のようにくよくよしない。

 思いやりに欠けるのではない。下手にこそこそ気を遣うことこそが本人には酷だと知っているだけだ。

 暢子は違った。知っていても、自分の気が落ち着かずにふらふらしてしまう。

 いい加減に大人にならなければ。

 どっしり構えて、何があっても動揺しない落ち着きを身につけたいと暢子は思う。

「すみません、みなさん。そろそろお昼にしませんか」

 まなが食堂へ続く扉を遠慮がちに開いた。昼をとうに過ぎていた。

 今日は仕事中にざっと食べられるうどんに、おかずは魚の香草焼きと野菜が二品だ。

 まだ教えていないのに、いい選択だ。綾乃はこういうスパイスが利いた焼きものが好きだ。

 まなにはあとで伝えておこう。

 前回の仕事から参加しているミカは、いずみやまなと歳が近く、すぐに打ち解け合ったらしい。

 ミカといずみが食卓に並んで、語らいながら食事を摂るさまは楽しげで、眩しいほどだ。

 暢子は自分にもこんな可愛らしい時期があったのかと不思議に思う。

 自分は綾乃と並んで、こんな風に笑っていただろうか。

「眩しいね、ノブさん」

 ぼうっと彼女らを見つめる暢子に、登紀子が笑って声をかけた。

 いつものように暢子を揶揄う口調だ。その目が優しいのもいつもの通りだ。

「うん、そうだね」

と暢子も笑って認めた。

 ひとの若さを素直に認められるなんて、自分も歳を取った。

 大人にはならなくても歳は取る。人間何と器用なものか。

 腹の減らない暢子はまなの給仕を手伝っていた。綾乃とリンがいつまでも食堂に来なかった。

 暢子は広間をのぞき、机から離れない綾乃を呼んだ。

「センセイ、食べちゃってください。長丁場ですよ」

 綾乃は「うーん」と生返事した。

 暢子は小声で「センセイの好きなイタリアン風の焼き魚ですよ」と促した。

 まなの料理の腕は綾乃も気に入るところである。

 綾乃はようやく立ち上がって隣の食堂へやってきた。

 あとはリンだけだ。

「リン……」

 暢子はそうっと声を掛けた。

 学業に差し障らないよう仕事量をセーブするべき学生さんを臨時に呼びつけて、しかも来てもらった席で聞きたくもないことを聞かされて。リンには申し訳ない仕事場だった。

「ん、何、ノブさん」 

「一旦、ご飯にしてよ」

「うん、ここ描いたら行くよ」

「今手を離したくないんだ」とリンは顔を上げずに言った。

 暢子は詫びのようなものを口にしかけたが、何とか思いとどまり、応接室に引っこんだ。
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