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四、過ぎゆく秋と、冬の初め
4-12
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「こら、さー、寝るな。今眠ったら朝になっちまうぞ。腹減ってるんじゃないのか」
「ん……」
「メシ食おう、メシ」
「んー」
遼一が揺り起こしても、悟はなおも眠そうにベッドで丸まっていた。
「ほら、もうすぐ七時だ。俺は腹減ったぞ。メニュー取ってくるから。眠るなよ」
遼一は悟の目許にチュッとキスをして立ち上がった。悟の払い落とした白いタオル地のバスローブを拾って肩にかけ、次の間からルームサービスのメニューを持ってきた。
「さー、何食いたい?」
悟は遼一の突き出したメニューに、目をパチクリさせた。
「遼一さん?」
「ん?」
「どうしたの?」
「何が」
部屋は充分暖かいが、受験生が万一風邪を引くなんてことがあってはいけない。
遼一は椅子の背に行儀よくかけられたもう一枚のローブを取り、ベッドの悟の身体の上に投げかけた。窓に向けて置かれたテーブルと椅子のセットは猫足に刺繍で、骨董品のようだった。
遼一がバスルームにいた間、悟は悟なりに考えたのだろう。どうしたらもっとも遼一を自分に夢中にさせることができるか、選択肢を吟味したに違いない。そうして寝室のベッドで、一糸まとわぬ姿で遼一を待つことにしたのだ。
この椅子の背のバスローブに、遼一はそれを感じとった。羞恥をこらえてローブを脱ぎ、ベッドに潜り込んで――。その様子が目に浮かぶ。
「オードブル、こりゃ酒のつまみだな。洋食、和食、中華、何でもあるぞ」
遼一はベッドに腰かけ、悟が見やすいように身体の横でメニューをめくった。悟は遼一がかけてやったローブに腕を通しながら、遼一の手許をのぞき込んで、言った。
「……何か、ずいぶん、高価くない?」
悟は首を振った。
「何も部屋で食べなくったって」
遼一は鼻歌交じりにページを行きつ戻りつした。
「莫迦。学生服着た中学生連れてホテルの中をうろうろ歩けるかよ。着替え、ないんだから」
悟はベッドに腕を突き、遼一に食ってかかった。
「じゃあ、コンビニで何か買ってくるとかさ。いくらなんでも贅沢すぎるよ」
「悟」
遼一は悟の顔をのぞき込んだ。
「俺がお前のために贅沢するのの、どこが悪い」
「だって……」
「いいの。俺にとって、お前はそのくらい価値があるって、それだけ」
悟は真っ赤になって黙り込んだ。遼一は視線を再びメニューに戻した。
「大体お前が悪いんだぞ。俺の気持ちを疑って、思いあまって俺を振ろうなんてするから。だから俺は俺の気持ちを、躍起になって見せつけなきゃならなくなる」
悟は照れくさいのか嬉しいのかひと言も発せず、ひび割れた唇をかんだ。
「それが嫌なら、最初からああだこうだ文句言うなよな」
悟は「ごめん」と言って、ページをめくる遼一の指を握った。タオル地にくるまれた、細い身体が遼一に寄りかかった。
「俺はもう手加減しないよ。年の差ハンデを取っ払って、全力でお前を甘やかすから。それがお前の人格形成に悪影響があろうが何だろうが、一切考慮しない」
「遼一さん……」
「覚悟するんだな。さあ、まず手始めに、さーの食いたいものは何でも注文するぞ。早く決めろ」
悟は恐る恐る、魚介のトマトソースパスタにフリッタータを選んだ。遼一はそれにフライドチキンとサラダ、果物盛り合わせを加えて注文した。
料理に合わせてビールかワインでも頼もうかと思ったが、止めた。冷蔵庫のペリエを追加することにした。
料理が来るまで、悟は次の間でテレビのリモコンをいじっていた。遼一は悟の隣で、悟のすることを眺めていた。
ふたりとも普段テレビは観ないので勝手が分からない。ケーブルに悟が昔好きだったという子供向けのアニメを見つけて、悟はそれにチャンネルを合わせた。その頃遼一は学生で、その番組を知らなかった。
懐しがって悟が画面を見ながらわあきゃあ言うのを眺めていると、チャイムが鳴った。
遼一は悟を寝室に追いやった。
「お前は出てくるなよ」
「どうしてさ」
「いいから」
遼一は寝室との扉を閉め、急いで部屋のドアを開けた。
係はしずしずとワゴンを押して入ってきた。料理が応接セットに並べられる。
遼一がバスローブ姿でいたのはうまくなかった。ノイローゼ気味の受験生のお目付役なら、まだ夜の早い今時分、ひとっ風呂浴びてくつろいでいるのはおかしかった。当の受験生が遼一と同じ姿で、子供向けアニメを観ているところを見せずに済んでよかった。
それに遼一には、部屋のあちこちに、ふたりの甘い時間のカケラが落ちている気がした。接客のプロに、それを嗅ぎつけられでもしたら身の破滅だった。
「……もういい?」
ホテルのスタッフが出ていったあと、悟は寝室の扉からちょこんと首だけ出してそう尋ねた。
「ああ。早くおいで」
いただきまーすと合唱して、ふたりは料理に取りかかった。悟は初めは「こんなに食べられるかな」と首をかしげていたが、食べ始めると、思ったより食が進むようだった。しっかり食べて、やつれた顔色が戻るといいと遼一は思った。
「大塚先生から電話もらったよ。『篠田君の様子がおかしい』って」
悟の取り皿にフライドチキンをいくつも載せながら、遼一は言った。
「え……」
悟はフォークを持った腕を下ろして遼一を見た。
「お母さまにお電話しても埒が明かないと思ったので」と前置きして、担任の大塚は遼一の渡した名刺に電話したのだ。
「ああ。僕、教室で倒れたからね」
うなずきながら悟は答えた。
「あれから一睡もできなくて。立ち上がった瞬間に意識を失って、保健室でやっと二時間だけ眠れたよ」
「悟……」
遼一は、悟のこけた頬を指でなぞった。
「それがおかしいの。倒れた僕を保健室まで運んだの、誰だと思う? あの石川だよ。同じクラスでもないのに」
あのいじめの首謀者か。悟は底意地の悪い笑みを浮かべて続けた。
「たまたま教室の入り口で誰かと話してたんだとさ。意識がなかったからしょうがないけど、ぞっとしないよね。運んでる途中で僕に意識が戻ったら、どんな顔する積もりだったんだろ」
遼一は黙って聞いていた。悟はフリッタータをひとかけフォークに刺して、遼一の口許に差し出した。
「遼一さん、これまだ食べてないでしょ。おいしいよ」
遼一は一瞬戸惑ったが、卵料理をパクリと食べた。
「どう?」
「うん。うまいな」
「ふふふ」
悟は嬉しそうに笑っていた。遼一は照れくさくて目を伏せた。
「僕が願ったんだ。『その日』が早く来るといいって」
悟は笑ってそう言った。遼一は顔を上げた。
「悟?」
「でも、その日が来た『後』のことは想像してなかった。莫迦だよね」
悟は、いつか遼一が自分の許を去ると思っていた。それを待っている時間が苦痛だった。いっそ早くその日が来てしまえばラクになれると信じていた。
遼一はそれを知っていた。だが自分は悟を棄てることなどない。悟がそれを納得してくれるのを待つと決めていた。自分が先に音を上げてしまう日が来ようとは夢にも思わず――。
「あんなに空っぽになるなんて」
悟の声が湿り気を帯びた。
「あんなに苦しいなんて。だって、息ができないんだ。眠れないし。夢に逃げ込むこともできなくて」
悟はゆっくり皿を置いた。
「でも、一番辛かったのは、あんなあなたの姿を見たときだった」
悟は両手を遼一の頬に当てた。
「僕のことはいい。辛いのなんてどうせ慣れてる。でも」
悟の指が遼一のまつげを、鼻筋を、唇をなぞった。
「……多分、僕はもう、自分のことよりもずっとあなたが好きなんだと思う」
遼一はじっとして、悟の細い指が細かく震えるのを感じていた。
「どうしてあんな風に思えたんだろう。僕がクラゲに戻ればいいだけだなんて」
悟はソファの上で背を伸ばし、遼一の頭を胸に抱いた。
「僕から離れて歩いていく遼一さんの後ろ姿を見たとき、胸のここが痛くなって。ナイフを突き立てられたように。息もできなくて。あなたがあんな風に苦しむなんて、そんなに僕を思ってくれてたなんて。遼一さんは繰り返しそう言ってくれてたよね。でも、僕はあのときまで、何も分かっていなかった」
「悟」
遼一は悟の薄い身体に腕を回した。そうしてその背中をポンポンと叩くと、悟の身体を離した。
「もういいよ、悟。分かればいいんだ」
「遼一さん、僕はあなたのことが本当に好き。あなたは僕の大切なひとだから――」
悟は数回まばたきして、溜まった涙を流しきった。
「誰にもあなたを傷つけさせたりしない。あなたを傷つけるものから、絶対あなたを遠ざける。そう思うよ」
「頼もしいな」
遼一は目を伏せ、ふっと笑ってそう言った。
今度こそ、悟は遼一の本心を理解し、納得できただろうか。
悟はおいしそうに、全ての皿を少しずつ食べた。老舗ホテルの料理だけあって味はよかった。遼一はこんなに味わって食べたのは久しぶりな気がした。
大塚に心配された悟のみならず、自分もここ数日はあまり食わず、あまり眠っていなかったことに気がついた。
「コーヒーでも頼もうか。飲むか?」
果物の皿に手をつける頃、遼一はそう悟に尋ねた。悟は大きくかぶりを振った。
「いいよ。僕、この水で充分」
悟は、遼一が追加を持ってこさせたペリエの瓶を振った。遼一はにやりと笑った。
「それ、コーヒーとほとんど同じ値段だぜ」
悟は「え」と驚いて瓶をしげしげ眺めた。遼一はそれを見てくすくすと笑った。
世間知らずなところと素直なところが、可愛くてたまらなかった。
「ん……」
「メシ食おう、メシ」
「んー」
遼一が揺り起こしても、悟はなおも眠そうにベッドで丸まっていた。
「ほら、もうすぐ七時だ。俺は腹減ったぞ。メニュー取ってくるから。眠るなよ」
遼一は悟の目許にチュッとキスをして立ち上がった。悟の払い落とした白いタオル地のバスローブを拾って肩にかけ、次の間からルームサービスのメニューを持ってきた。
「さー、何食いたい?」
悟は遼一の突き出したメニューに、目をパチクリさせた。
「遼一さん?」
「ん?」
「どうしたの?」
「何が」
部屋は充分暖かいが、受験生が万一風邪を引くなんてことがあってはいけない。
遼一は椅子の背に行儀よくかけられたもう一枚のローブを取り、ベッドの悟の身体の上に投げかけた。窓に向けて置かれたテーブルと椅子のセットは猫足に刺繍で、骨董品のようだった。
遼一がバスルームにいた間、悟は悟なりに考えたのだろう。どうしたらもっとも遼一を自分に夢中にさせることができるか、選択肢を吟味したに違いない。そうして寝室のベッドで、一糸まとわぬ姿で遼一を待つことにしたのだ。
この椅子の背のバスローブに、遼一はそれを感じとった。羞恥をこらえてローブを脱ぎ、ベッドに潜り込んで――。その様子が目に浮かぶ。
「オードブル、こりゃ酒のつまみだな。洋食、和食、中華、何でもあるぞ」
遼一はベッドに腰かけ、悟が見やすいように身体の横でメニューをめくった。悟は遼一がかけてやったローブに腕を通しながら、遼一の手許をのぞき込んで、言った。
「……何か、ずいぶん、高価くない?」
悟は首を振った。
「何も部屋で食べなくったって」
遼一は鼻歌交じりにページを行きつ戻りつした。
「莫迦。学生服着た中学生連れてホテルの中をうろうろ歩けるかよ。着替え、ないんだから」
悟はベッドに腕を突き、遼一に食ってかかった。
「じゃあ、コンビニで何か買ってくるとかさ。いくらなんでも贅沢すぎるよ」
「悟」
遼一は悟の顔をのぞき込んだ。
「俺がお前のために贅沢するのの、どこが悪い」
「だって……」
「いいの。俺にとって、お前はそのくらい価値があるって、それだけ」
悟は真っ赤になって黙り込んだ。遼一は視線を再びメニューに戻した。
「大体お前が悪いんだぞ。俺の気持ちを疑って、思いあまって俺を振ろうなんてするから。だから俺は俺の気持ちを、躍起になって見せつけなきゃならなくなる」
悟は照れくさいのか嬉しいのかひと言も発せず、ひび割れた唇をかんだ。
「それが嫌なら、最初からああだこうだ文句言うなよな」
悟は「ごめん」と言って、ページをめくる遼一の指を握った。タオル地にくるまれた、細い身体が遼一に寄りかかった。
「俺はもう手加減しないよ。年の差ハンデを取っ払って、全力でお前を甘やかすから。それがお前の人格形成に悪影響があろうが何だろうが、一切考慮しない」
「遼一さん……」
「覚悟するんだな。さあ、まず手始めに、さーの食いたいものは何でも注文するぞ。早く決めろ」
悟は恐る恐る、魚介のトマトソースパスタにフリッタータを選んだ。遼一はそれにフライドチキンとサラダ、果物盛り合わせを加えて注文した。
料理に合わせてビールかワインでも頼もうかと思ったが、止めた。冷蔵庫のペリエを追加することにした。
料理が来るまで、悟は次の間でテレビのリモコンをいじっていた。遼一は悟の隣で、悟のすることを眺めていた。
ふたりとも普段テレビは観ないので勝手が分からない。ケーブルに悟が昔好きだったという子供向けのアニメを見つけて、悟はそれにチャンネルを合わせた。その頃遼一は学生で、その番組を知らなかった。
懐しがって悟が画面を見ながらわあきゃあ言うのを眺めていると、チャイムが鳴った。
遼一は悟を寝室に追いやった。
「お前は出てくるなよ」
「どうしてさ」
「いいから」
遼一は寝室との扉を閉め、急いで部屋のドアを開けた。
係はしずしずとワゴンを押して入ってきた。料理が応接セットに並べられる。
遼一がバスローブ姿でいたのはうまくなかった。ノイローゼ気味の受験生のお目付役なら、まだ夜の早い今時分、ひとっ風呂浴びてくつろいでいるのはおかしかった。当の受験生が遼一と同じ姿で、子供向けアニメを観ているところを見せずに済んでよかった。
それに遼一には、部屋のあちこちに、ふたりの甘い時間のカケラが落ちている気がした。接客のプロに、それを嗅ぎつけられでもしたら身の破滅だった。
「……もういい?」
ホテルのスタッフが出ていったあと、悟は寝室の扉からちょこんと首だけ出してそう尋ねた。
「ああ。早くおいで」
いただきまーすと合唱して、ふたりは料理に取りかかった。悟は初めは「こんなに食べられるかな」と首をかしげていたが、食べ始めると、思ったより食が進むようだった。しっかり食べて、やつれた顔色が戻るといいと遼一は思った。
「大塚先生から電話もらったよ。『篠田君の様子がおかしい』って」
悟の取り皿にフライドチキンをいくつも載せながら、遼一は言った。
「え……」
悟はフォークを持った腕を下ろして遼一を見た。
「お母さまにお電話しても埒が明かないと思ったので」と前置きして、担任の大塚は遼一の渡した名刺に電話したのだ。
「ああ。僕、教室で倒れたからね」
うなずきながら悟は答えた。
「あれから一睡もできなくて。立ち上がった瞬間に意識を失って、保健室でやっと二時間だけ眠れたよ」
「悟……」
遼一は、悟のこけた頬を指でなぞった。
「それがおかしいの。倒れた僕を保健室まで運んだの、誰だと思う? あの石川だよ。同じクラスでもないのに」
あのいじめの首謀者か。悟は底意地の悪い笑みを浮かべて続けた。
「たまたま教室の入り口で誰かと話してたんだとさ。意識がなかったからしょうがないけど、ぞっとしないよね。運んでる途中で僕に意識が戻ったら、どんな顔する積もりだったんだろ」
遼一は黙って聞いていた。悟はフリッタータをひとかけフォークに刺して、遼一の口許に差し出した。
「遼一さん、これまだ食べてないでしょ。おいしいよ」
遼一は一瞬戸惑ったが、卵料理をパクリと食べた。
「どう?」
「うん。うまいな」
「ふふふ」
悟は嬉しそうに笑っていた。遼一は照れくさくて目を伏せた。
「僕が願ったんだ。『その日』が早く来るといいって」
悟は笑ってそう言った。遼一は顔を上げた。
「悟?」
「でも、その日が来た『後』のことは想像してなかった。莫迦だよね」
悟は、いつか遼一が自分の許を去ると思っていた。それを待っている時間が苦痛だった。いっそ早くその日が来てしまえばラクになれると信じていた。
遼一はそれを知っていた。だが自分は悟を棄てることなどない。悟がそれを納得してくれるのを待つと決めていた。自分が先に音を上げてしまう日が来ようとは夢にも思わず――。
「あんなに空っぽになるなんて」
悟の声が湿り気を帯びた。
「あんなに苦しいなんて。だって、息ができないんだ。眠れないし。夢に逃げ込むこともできなくて」
悟はゆっくり皿を置いた。
「でも、一番辛かったのは、あんなあなたの姿を見たときだった」
悟は両手を遼一の頬に当てた。
「僕のことはいい。辛いのなんてどうせ慣れてる。でも」
悟の指が遼一のまつげを、鼻筋を、唇をなぞった。
「……多分、僕はもう、自分のことよりもずっとあなたが好きなんだと思う」
遼一はじっとして、悟の細い指が細かく震えるのを感じていた。
「どうしてあんな風に思えたんだろう。僕がクラゲに戻ればいいだけだなんて」
悟はソファの上で背を伸ばし、遼一の頭を胸に抱いた。
「僕から離れて歩いていく遼一さんの後ろ姿を見たとき、胸のここが痛くなって。ナイフを突き立てられたように。息もできなくて。あなたがあんな風に苦しむなんて、そんなに僕を思ってくれてたなんて。遼一さんは繰り返しそう言ってくれてたよね。でも、僕はあのときまで、何も分かっていなかった」
「悟」
遼一は悟の薄い身体に腕を回した。そうしてその背中をポンポンと叩くと、悟の身体を離した。
「もういいよ、悟。分かればいいんだ」
「遼一さん、僕はあなたのことが本当に好き。あなたは僕の大切なひとだから――」
悟は数回まばたきして、溜まった涙を流しきった。
「誰にもあなたを傷つけさせたりしない。あなたを傷つけるものから、絶対あなたを遠ざける。そう思うよ」
「頼もしいな」
遼一は目を伏せ、ふっと笑ってそう言った。
今度こそ、悟は遼一の本心を理解し、納得できただろうか。
悟はおいしそうに、全ての皿を少しずつ食べた。老舗ホテルの料理だけあって味はよかった。遼一はこんなに味わって食べたのは久しぶりな気がした。
大塚に心配された悟のみならず、自分もここ数日はあまり食わず、あまり眠っていなかったことに気がついた。
「コーヒーでも頼もうか。飲むか?」
果物の皿に手をつける頃、遼一はそう悟に尋ねた。悟は大きくかぶりを振った。
「いいよ。僕、この水で充分」
悟は、遼一が追加を持ってこさせたペリエの瓶を振った。遼一はにやりと笑った。
「それ、コーヒーとほとんど同じ値段だぜ」
悟は「え」と驚いて瓶をしげしげ眺めた。遼一はそれを見てくすくすと笑った。
世間知らずなところと素直なところが、可愛くてたまらなかった。
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