銀鎖

松本尚生

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四、過ぎゆく秋と、冬の初め

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「あっ……あっ……あっ……」

 白い裸身をくねらせて、悟は忘我の境地に漂っていた。意識と無意識の狭間を行きつ戻りつして快楽を紡ぐ、その表情は淫蕩で、かつ清潔だった。

「遼一……さんっ……」

 鋭い感覚を求めるその動きは敬虔な聖職者の祈りにも似て、絶え間なく反復を繰り返す。いつもは黙って与えられる感動を待っていた悟だが、今日初めて自分から遼一の器官を求めた。身体の一番深いところで遼一を味わい尽くすべく、細い指が遼一の腹の上でその軽い体重を支えていた。

(悟……)

 遼一は身体を起こし、悟の片手を腹から外してその指を口に含んだ。その動きは悟の感覚に大きな波を呼び起こした。遼一が悟のあばらに指を這わせたとき、悟は遼一の首にしがみついて叫んだ。

「ああっ、ああっ、ああ」

 悟の全身が大きく痙攣し、遼一を強く締めつけた。苦しげに寄せた眉の下で、淫らに開いた唇が紅く濡れていた。遼一はその唇を吸った。悟の身体から力が抜けた。遼一が唇を離すと、悟はその胸に倒れ込んだ。その瞬間、悟はその身を固くした。

「遼一さん……僕……どうして……?」

 悟は自分の身体の異変に気づいて惑乱した。あるべきものがそこになかった。遼一は悟を落ち着かせるように、あやすようにその身体に腕を回した。悟の身体は遼一の器官を捉えて放さない。悟の小さな動きも増幅されて遼一の感覚を刺激する。

 遼一はその手のひらで悟の背を支え、身体の上下を入れ換えた。悟の咽がまた甘い声を上げた。

「遼一さん……」

 遼一は悟の背を撫でつつ、空いた手で悟の頬をくるんだ。遼一が動くたび、悟の身体は切なく収縮を繰り返す。せわしない呼吸の下で悟は言った。

「僕のカラダ、気持ちいい?」

「悟……」

「今まで抱いた女のひとより、僕の方がいい?」

(悟……)

 涙を溜めて尋ねる悟の瞳。それは遼一に、めまいにも似た陶酔をもたらす。

 没頭したい。自分の胸の下に組み敷いたこの小鳥に。

「ほかの誰かの話をするな」

「遼一さん……」

「今、俺、お前のことしか考えたくない」

 遼一は自分の快楽に没入した。悟は遼一の快楽を受け容れたまま、何度も、何度も痙攣を繰り返した。最後に大きく身体を仰け反らせて息を止めるまで。

 遼一は果て悟の身体の上に脱力した。悟は息を吹き返した。しばらくそうしていたあと、遼一はゆっくりと身体を離した。そのままふたりは仰向けに並んだまま、はあはあと荒い息をついていた。

 遼一は深く満足した。遼一のこの身で、悟は新たな世界に分け入った。未成年にそんな強い感覚を与えてしまうのは、罪深いことだろうか。         

 罪なら、罪ごと、受け容れる。

 遼一はそう胸に誓った。悟の求めるものは、全て与える。それが罪なら罪でいい。

「遼一さん……」

 悟はだるそうに腕を上げ、そろそろと遼一の方へ伸ばしてきた。指が遼一の頬に触れた。

「……スキ……」

 その瞳も唇も、夢見るようにうるんでいた。



 遼一は寝床から這い出しPCへ向かった。

「さーもそろそろ勉強しろよ」

 一応はそう声をかけておいた。テスト期間は始まったばかりなのだ。

 カチャカチャとキーボードを叩いていると、奥の部屋で衣擦れの音がした。悟は寝床からシーツをはがして身体に巻きつけ、狭い床を引きずってきた。

「遼一さん、仕事?」

「ああ」

「どっちの?」

「株」

 悟はシーツにくるまったまま、椅子の後ろから遼一の肩に腕を回した。

「嘘。もう後場退けたじゃん」

「ちょっと気になる銘柄があるんだよ」

「どれどれ」

 悟は遼一の肩越しにPCのモニターをのぞきこんだ。悟の肩からシーツが滑り落ちた。

「ねえ、遼一さん」

「んー?」

「株ってもうかる?」

「うまくやればな」

「遼一さんは、うまくやったの?」

「まあ、そうなるかな」

 もちろん遼一も、負けたことは何度もある。が、トータルでは勝ち越しだった。生活費と学費は自分で稼がなければならなかった。親の遺産を元手に突っ込んで商いの桁が大きくなり、そこからは随分仕事がしやすくなったものだった。

「僕にもできる?」

「どうかな」

 遼一は画面を新たに開いた。

「何だ。株に興味あるのか?」

「んー。外に出なくてもできるじゃない?」

 誰ともつき合わなくてもいいしさ。悟はそうつけ加えた。

 その通りだ。遼一も大学に入って居酒屋のバイトなどもしてみたが、株に比べると時間当たり単価が低すぎた。マイナスになることがないのは利点だが、自分には向いていなかった。悟にとっても同じかもしれない。

「遼一さん、教えてくれる?」

「そうだな。ジュニアNISAとかもあるしな」

 遼一は振り返った。

「元手は自分で確保しろよ」

 悟は、ずり落ちたシーツを辛うじて腰骨に引っかけて立っていた。遼一は呆れた。

「……また、随分エロい格好だな」

 遼一の視線を意識して、悟は自分の胸に指を這わせた。

「エロい? そんなに感じる? 僕の身体」

 遼一は悪戯っ子をたしなめるように、ずり落ちたシーツを引き上げて悟の身体に巻きつけ、ポンポンと叩いた。

「大人をからかうな」

「からかってない」

 悟はそう言って遼一の目を真っ直ぐ見据え、言った。

「遼一さんが僕のセックスに夢中になってしまえばいいんだ」

「悟……?」

「そうすれば、僕はもう不安じゃなくなる」

 遼一が引き上げたシーツを、悟はするりと肩から落とした。

「遼一さんを、僕の身体のとりこにしてしまえば」

 そんなことを思いついて、それでがんばっちゃったのか、この子供は。さっきの寝床はミイラ取りがミイラになった感じだったが。

「お前はどうだ?」

「え……」

 悟はまつげをしばたかせた。

「初めてだったろう、さっきの……」

 遼一は悟の頬に触れた。悟は不安げに目を伏せた。

「……うん。僕、どうしちゃったのかな」

 そんなことも知らないで、ひとのことをとりこにしたいなどとうそぶいたのだ。成熟と幼さのアンバランスは、この年頃の特徴だろうか。

「あんまり気持ちよすぎたんだ」

 男体の神秘だな。遼一はからかうようにそう言った。悟は再び真っ赤になった。

「知ってると思うけど」

 遼一はさらに追い打ちをかけるように、悟の耳に吹き込んだ。

「もうずっと、俺はお前に夢中だよ。キレのいいその脳みそも、可愛い仕草も。か細いくせにエロい身体も。メロメロだ」

「遼一さん……」

 悟の脚から力が抜け、遼一の足下に膝をついた。

「だからこれ以上、俺をどうにかしようとがんばらなくていい。悟は悟の不安と和解するんだ」

 悟は遼一の脚に寄りかかった。

「……できるかな、僕に」

 遼一は悟の髪を撫でた。

「ああ。俺のこと、本当に好きなんだったら、できるさ」

 遼一は床に波打つシーツを持ち上げ、悟の身体にかぶせて言った。

「さあ、もう寒くなるから服を着て。俺、さーの淹れてくれたコーヒーが飲みたいな」

 リクエストに応えるかどうかは、百%悟の自由だ。

 悟は衣服を身につけて、台所で湯を沸かした。
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