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9、店舗改装のため一週間営業を休止します
「あのコの手を、離さないで」
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店まで戻る道で、ゆうこママに会った。
「あら、マスター」
「ゆうこさん、こんにちは。お早いですね」
ゆうこママのラウンジは、客の興が乗れば日付が変わるまでやっている。美容のため、九時過ぎまでは寝ていると以前聞いたことがあった。
「ええ、最近は店も早く閉めてるの。歳ね」
ゆうこママはそう言って笑った。もう五〇近いのだろうが、キレイなひとだ。
「良平君の見送りに?」
「え? ええ、はい。就活で東京へ」
貴広は反射的にそう答えてから、「おかしいな」と首を捻った。常連のみなさんには、良平はただの住み込みバイトだとしか言ってない。家庭に問題があって、貧乏学生を店の二階に下宿させているくらいにしか。
「あのコ……東京で就職しちゃうの?」
「さあ、どうなんでしょうね。こっちよりいい条件の内定が取れたら、やっぱり行くんじゃないでしょうかね」
痛い。仮定の話で、ただの世間話だというのに。そう答えるだけで貴広の胸はキリキリ痛む。
無意識に心臓の辺りを押さえる貴広に、ゆうこママは真剣な目を向けた。
「マスター、あのコの手を、離さないでいてあげて」
「え……」
「あのコはホントに、本当にいいコよ。あのコを失ったら、あたしたち、二度とあんなコに出会えない。いい? あのコの手を、離しちゃダメよ、絶対。一生」
(一生……?)
そんなことは許されない。羽ばたいていく良平を地につなぎ止めては。
「あのコの笑顔を、壊さないでいてあげて。それはマスター、あなたにしかできないことなの」
「ゆうこさん……」
良平の笑顔。
時折見せるあの愛らしい笑顔が、見られなくなるなんて。
出会った頃の毒々しい笑みとは全然違う、あの甘やかな表情。仕草。
良平は、貴広といることで、あんな風に笑えているのか。
貴広は立ち止まっていた。
あの手を、離さないという選択。それを考えたことは、今までなかった。
「いいわね、マスター。お願いよ」
ゆうこママはにっこりと笑ってそれだけ言い、彼女の行き先へと歩いていった。
(あいつの笑顔を)
貴広はシャツの胸の辺りを握り締めた。
(あいつの笑顔を、俺が――)
「あら、マスター」
「ゆうこさん、こんにちは。お早いですね」
ゆうこママのラウンジは、客の興が乗れば日付が変わるまでやっている。美容のため、九時過ぎまでは寝ていると以前聞いたことがあった。
「ええ、最近は店も早く閉めてるの。歳ね」
ゆうこママはそう言って笑った。もう五〇近いのだろうが、キレイなひとだ。
「良平君の見送りに?」
「え? ええ、はい。就活で東京へ」
貴広は反射的にそう答えてから、「おかしいな」と首を捻った。常連のみなさんには、良平はただの住み込みバイトだとしか言ってない。家庭に問題があって、貧乏学生を店の二階に下宿させているくらいにしか。
「あのコ……東京で就職しちゃうの?」
「さあ、どうなんでしょうね。こっちよりいい条件の内定が取れたら、やっぱり行くんじゃないでしょうかね」
痛い。仮定の話で、ただの世間話だというのに。そう答えるだけで貴広の胸はキリキリ痛む。
無意識に心臓の辺りを押さえる貴広に、ゆうこママは真剣な目を向けた。
「マスター、あのコの手を、離さないでいてあげて」
「え……」
「あのコはホントに、本当にいいコよ。あのコを失ったら、あたしたち、二度とあんなコに出会えない。いい? あのコの手を、離しちゃダメよ、絶対。一生」
(一生……?)
そんなことは許されない。羽ばたいていく良平を地につなぎ止めては。
「あのコの笑顔を、壊さないでいてあげて。それはマスター、あなたにしかできないことなの」
「ゆうこさん……」
良平の笑顔。
時折見せるあの愛らしい笑顔が、見られなくなるなんて。
出会った頃の毒々しい笑みとは全然違う、あの甘やかな表情。仕草。
良平は、貴広といることで、あんな風に笑えているのか。
貴広は立ち止まっていた。
あの手を、離さないという選択。それを考えたことは、今までなかった。
「いいわね、マスター。お願いよ」
ゆうこママはにっこりと笑ってそれだけ言い、彼女の行き先へと歩いていった。
(あいつの笑顔を)
貴広はシャツの胸の辺りを握り締めた。
(あいつの笑顔を、俺が――)
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