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孝仁編【人はそれを運命とは呼ばない】中

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 一週間ほど前の話しだが、孝仁は打ち合わせの終わりに仲のいいスポンサーに食事に誘われた。

「前回のCMも評判がよかったからね。次のCMも是非孝仁君にお願いしたいと思ってたんだよ」
「ありがとうございます」
「こちらこそ受けてくれて嬉しいよ。孝仁君とは子役の頃からの付き合いだしね」
「あの時は炭酸桃ジュースでしたよね」
「そうそう、期間限定の奴覚えていたんだね」
「覚えてますよ」

幼い頃から今までいくつものCMに出演してきたが、孝仁はそれをしっかり覚えていた。“僕も君も、大好きモモッシュ!”というフレーズと共に何度も飲み干したのも覚えている。その頃炭酸の一気飲みが苦手だった孝仁は、うまく飲みきる事ができずその所為で何度もやり直しになった、ある意味思い出深い内容だ。
 しかも、その後大量に炭酸ジュースが届けられ、一気に炭酸嫌いになりそうだったのもよく覚えていた。

(CMやる度色々貰うけど、あの時が一番キツかったな)

 今では色々貰っても力也を初めとして譲り先があるが、あの頃は特に譲る先もなく、飲めない大量のジュースを事務所に箱ごと渡していた。
 せっかくだから飲まないのかとからかい半分に言われる度に笑顔を浮べ、おいしいけど飲みきれないのでと返していた。
 あの歳で、素直な感想も言えず忖度を考えていた自分は随分大人びていたのだと思う。

(今なら大量に貰っても力也君にあげたり、力也君の友達に配ったりできるのに)

今ならば大量に食料を貰っても、力也伝いにSubの保護施設にあげることもできる。
人当たりも良く友人が多いとなってはいるが、芸能界での友人しかいない孝仁とは違い、力也は人付き合いが広く、最近ではパートナーの冬真の関連の友人も増えているらしい。

(友人が増えるのはいいけど冬真君の影響ってのがな)

 ただの嫉妬だとわかっているが、それでも嫌なのだ。とはいえ、冬真から力也に与えられる影響よりも力也から冬真に対する影響の方が大きい気がするが。

「本当に立派になったね」
「ありがとうございます」

 そんな風にのんびりと思い出話に華をさかせていたのだが、一息ついたスポンサーに“ところで”と切り出された。

「ところで、孝仁君は付き人をつける気はないのかな?」
「付き人ですか。僕はまだ勉強中の身なので・・・・・・」
「またまた、君は大人気の若手俳優じゃないか。それに芸能界歴も長い。十分後輩を育てることもできるよ」
「僕なんかより、翔壱さんのほうが向いていると思いますよ」

 話しの流れから嫌な予感のした孝仁は、先輩に当たる翔壱の名前をだした。

「確かに翔壱君はいい役者だが、芸能界歴は孝仁君の方が長いだろう?」
「いえ、僕は子役からそのまま来ちゃっただけなので」

 確かに、産まれてすぐに子役として採用され、そのまま芸能界で生きてきた孝仁の方が翔壱よりも歴は長い。
 それだけでなく、少し若いかもしれないが人気面で言っても孝仁は付き人がいてもおかしくはない。

「子役からここまでこれるのが凄い事なんだよ。子役で終わる子がほとんどなのに。・・・・・・それでね、実は私の孫が君と同じ事務所で俳優部門に入ることになったんだよ」

 どうやら孝仁の話をしっかり聞く気はないらしく、話しを進めるスポンサーに孝仁は相づちとともに“おめでとうございます”と返した。
 
「それで、孫が君の付き人になりたいと言っているんだ」
(お断りします!)

 心の中で速攻断ったが、口に出せるわけもなく孝仁はどうしようかと考え込んでいた。受けるつもりは全くないが、きっぱり断るのも難しそうだ。

「なんで僕なんですか?」
「実はね。孫は君のファンで、君と同じSwitchなんだよ。だからきっと君とも話しが合うと思うしいい勉強になると思うんだ」
(Switchだからって・・・・・・)

 確かにSwitchは珍しいが、それだけで話しが合うと思うのは大きな間違いだ。既に孝仁の中ではあまりいい印象ではない。

「大学を卒業したばかりなんだけどね。今まではモデルとしてやっていたんだけど、ここからは俳優を目指していこうって話しになってね。で、せっかくだからうちのCMにも出て貰おうかと思っているんだ」
「え?」

 予想外の内容に思わず、素で聞き返してしまった。知り合いや社員を使いCMを撮るのは良くあることだが、今日孝仁は次のCMの事で呼ばれた筈だ。
 今その話しを持ち出したと言うことはまさか今回受けたCMに参加するということだろうか。
 聞いていないし、受け入れたくないと孝仁は思っていた。確かに、誰に出演を頼むかはスポンサーの自由で、いくら人気俳優だと言っても孝仁に許可をとるほどの物ではないのかもしれない。
 既に孝仁にオファーが入っていたと言うことは、おそらく事務所も問題ないと考えたのだろう。

(Domは確かに共演OKにしているけど、それにしても一言言ってくれても・・・・・・)

 一番気に食わないのは、孝仁の事を一番知っている筈のマネージャーの琴梨が何も言ってなかったと言うことだ。彼女の性格ならば、こういう内容の場合必ず一言言うのだが、それがなかったと言うことは知らなかった可能性がある。

(正式じゃないけど、一応僕のDom役やってくれているのに)

 正式にクレイムしているわけでも、ご主人様だと言っている訳でもないが、少なくとも一番近くにいて常に孝仁の体調を気遣っている相手を蔑ろにされたようで面白くない。
 確かに、孝仁はSwitchで彼女は低ランクのDomだが、考慮は必要だろう。

(社長は理解がある方だと思ったけど、こっち方面はまだか)

 孝仁の所属する事務所は他と比べると、Subが多い、もちろんDomもいるがSub達に配慮してくれている事務所だ。それでも、さすがに絶対数が少ないSwitchに対してはわからないこともあるのだろう。

(Switchにも、種類があるのに)

 SwitchはDomとSub両方の性質を持つが故に、Dom寄りのSwitchとSub寄りのSwitchがいる。同じSwitchとは言えども、その場合は考え方が違ってくる。
 しかも、間が悪いことにいまマネージャーは傍にいない、少し前に少し用事があるからと席を外したのだ。

(今更考え直すって訳にはいかないし)

 既に受けると言ってしまったのだから、今回は我慢して後で話しをするしかないだろう付き人の話しもそこで断ろうと気づかれないようにため息をついた。
 もしかしたら、そんなに厄介な相手ではないかもしれない。そう思ったのだが、その考えはノックと共に現れた相手によって甘かったと思い知らされた。


 そこまで、話した孝仁は力也の前で大きくため息をつき、グラスの中身を一気に煽った。

「ほんと騙された気分だよ。僕になんにも言わずに呼ぶなんて酷いよ」
「もしかして、その人が来ちゃったんですか?」
「そうだよ。知らない声が聞こえたから嫌な予感がしたんだけど、入っていいって勝手に返事されて、入ってきたんだよ。僕いいって言ってないのに!」
「うっわ」

 孝仁が怒るのも無理はない、完全だまし討ちのような内容に力也も思わず声を上げていた。
 いくら親類だと言っても、孝仁は芸能人なのだから何も言わずに許可をだすべきではないだろう。

「これで、女の子だったらまだいいんだけど男だったんだよ」

 付き人という話題から性別の予想はついていたが、それも孝仁が苦手なタイプの男性だった。

「挨拶もそこそこに話しかけてきて、面倒くさそうな相手だったんだけど丁度琴梨ちゃんが戻ってきたからなんとかなったんだよ」

 琴梨というのは孝仁のマネージャー兼、主なPlay相手だ。仕事上お誘いが多い、孝仁だが、彼自身同性のDomは苦手なので、相手をするのはもっぱら女性のDomだけだ。
 しかしそれも、体の関係をふくまない軽い物で、けして本気ではない。
 その為、普段はマネージャーである琴梨に相手になってもらっている。
 そんな孝仁にとって当たり前のように握手をしようとだしてきた手と、興奮の為に抑え切れていないグレアは孝仁にとって悪印象だった。

「気持ち悪かったんだよ。じっと僕の方見てきてさ。熱心なファンは沢山いるし、慣れている筈なんだけどね。同じSwitchだから勝手に親近感を持ったのかもしれないけど、なんか遠慮がなくて」
「Dom寄りっすか?」
「多分ね」

 例えSwitchであっても自分以外のグレアには拒否反応が起る事がある。Sub寄りの孝仁は起りにくいのだが、今回はそれが起っていた。それが性質的なものか、先入観によるものかはわからないが到底受け入れたい物ではなかった。

「それで大丈夫だったんすか?」
「琴梨ちゃんが僕の顔色悪いのに気づいてくれて、食事会は終わりになったんだよ。で、結局CMはもうどうにもならないけど、付き人の話は社長に抗議してとりあえず保留になってる」
「保留っすか」
「僕はお断りなんだけど、スポンサーの押しが強くてね」

 断固お断りしたいのに、孝仁にとっても事務所にとっても大事なスポンサーなので無碍にもできずに正直困っていた。
 本来ならば、距離をとれる筈だし、なにより駆け出しの役者などよりも孝仁の意見が優先されるのが当たり前だ。いくら孝仁が若いとは言え、赤ちゃんの頃からこの業界にいるのだから影響力はかなりある。

「でも、同じ事務所なんですよね?」
「そうなんだよ。忙しいって言っても僕も事務所に行くからさ」

 なるべく会わないようにしていたのに、CMの事で聞きたいことがあるからと会う機会が設けられてしまったのだ。


「正直そうなるだろうなとは思っていたからそれは仕方ないんだけど、そしたらソイツ“運命だ”とか言ってきたんだよ!? 」
「それって運命って言うんすか?」
「そうなんだよ! 運命でも偶然でもなくて、向こうがそうなるように手を回しているのに!」

 同じ事務所と言っても、大会社の孫ならばそれは所謂コネで採用されたような物かも知れない。実力はわからないが、少なくとも孝仁の付き人の話は完全にそれが理由だろう。
 彼自身それがわかっている筈なのに、悪びれることなくそれを使い、挙げ句に運命などと言っていたのだから孝仁にとって完全に勘違い野郎で、その印象は更に悪くなっていた。

「でも、その時は琴梨さんいたんすよね?」
「いたよ! いたのにソイツ琴梨ちゃんのこと気にしてなかったんだよ!」
「え? Domなのにっすか?」
「そうだよ! 僕ちゃんと琴梨ちゃんの反応見てたし琴梨ちゃんだって警戒してたのに全然気にしてなかったんだよ! その所為で琴梨ちゃん落ち込んじゃったんだよ!」

 さすがにディフェンスをした訳ではないが、彼女なりにDomらしい圧を与えていたはずなのに相手の男はそれを気にしなかったのだ。
 彼女の顔色など気にすることなく、孝仁に絡む様子は彼女を低ランクだからと舐めているようにしか見えなかった。
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