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翔壱と修二編【きっかけ】中

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 食事を終え、二人がボックス席から出ると店内は入ってきたときよりも賑わっていた。

「修二、Heel」【つけ】

複数のDomがいることに気づき、そう命じれば修二はぴったりと体を寄せた。いざとなれば自分ではどうにもならないことをわかっていながらも、体を寄せてきた修二の肩を抱き翔壱は出口に向かった。

「へぇ、正宗くんって言うんだかっこいいね」

 カウンターには何人かのDomが座り、先ほど初めて見たSubの男性に声をかけている。正宗と呼ばれた男性の首にはCollarがなかったので、フリーのSubだと思い声をかけているのだろう。

「正宗くんは多頭飼いと一対一どっちがいい? 一対一なら俺とかどうかな?」

 しつこく声をかけるDomはいないこの店でも、パートナーを求めていそうなSubにはこうしてDomが集まることがある。
 実際、初めてこの店に来たときは修二にも視線が送られたが、翔壱が肩を抱いていたことで声をかけられることはなかった。
先ほど使ったコマンドはその時に使った方がいいと冬真から教えられた物で、翔壱が一番使いやすく今は気に入っているコマンドだ。

「仕事中なので」
「いいよ、いいよ。それ俺のでしょ? 後でいいからお話ししよう」
「そういう訳にはいきません」
「真面目だな」

 端からみればかなり素っ気なく、淡々と話しているがDomの客達は機嫌を損ねる事なく、嬉しそうな笑みを浮べている。

「お会計ですか?」
「ああ、頼むよ」

 レジの傍に来た事で、話しかけてきていたDomの客を放置し、正宗と呼ばれた男性は翔壱へ目を向けた。
 その際にどうやら翔壱の正体に気づいたらしく、一瞬目を見張った正宗に芸能人らしい笑みを返せばハッと気づいたようにキッチンの奥へと声をかけた。

「ミキさん、ボックス席のお客様、お帰りです」
「あ、はい! 今行きます」

 声をかけられすぐさま、キッチンの奥からミキと彰が出てきた。会計を払う間も、カウンターに座っているDomからは修二に愛おしむような目線が送られるが、話しかけることはない。
 Domではない翔壱がまるでパートナーのように振る舞っていることで、事情があるのだろうとくみ取ってくれているらしい。

「お料理の量は足りましたか?」
「ああ、十分あって助かった。味もあっさりとしていて食べやすくおいしかったし、楽しみが増えた」
「よかったです」
「量は力也さんを参考にしたんですよ」

 対応は全て翔壱に任せている筈の修二に必ず視線が送られるのは、Subだからだろう。無理に反応を返して欲しいと思っている訳ではないだろうが、少しでも反応がみたいらしい。

「うまかった。ごちそうさん」
「又来てください。お会計は・・・」

 Domからの期待に満ちた視線に勝てず、そう返した修二に嬉しそうな笑みを浮べ彰は計算した値段を告げた。
 
「相変わらず、安いな。Sub割引しすぎじゃないか?」
「来てくれるだけで嬉しいんで」

 二人分でさらに多めに頼んだと言うのに、予想外の安さに翔壱はどこか呆れたような笑みを返した。何円引きではなく、何割引とされている時点でかなり安くなるのはわかっていたが、あの量でこれはないだろう。
 とはいえ、オーナーである本人がいいと言っているのだから、わざわざ口に出すほどの物でもない。


「そうか、じゃあごちそうさま」
「はい、ありがとうございました!」

 食事を終え、二人は事務所へ向かった。事前に連絡しておいた場所へ向かっていると丁度、通りかかった廊下のドアが開いた。

「じゃあ、とりあえず話してみます」
「ああ、頼む」

 そう話しながら出てきた人影に、翔壱と修二は足を止めた。

「氷室さんに、冬真」
「あ、翔壱さん、修二さん」
「力也まで、打ち合わせか?」

 系列とはいえども分野が違う事務所にいることを珍しいと思い尋ねると、冬真と氷室が顔を見合わせた。
 どう説明しようかと悩むような二人の様子になにか、こちらに都合の悪い内容かと思いつつ力也へ視線を送る。

「なんかあったのか?」
「なんかって程の事じゃないんですけど・・・・・・。あ、でも修二さんには話した方がいいかも・・・・・・」
「俺に?」

 少し考えると、そう言った力也に修二が近づきそう聞き返した。

「修二さん、高藤騎士選手ってわかりますか?」
「バスケット選手の高藤選手か? もちろん知ってるが?」

 高藤騎士は純粋な日本人でありながら海外へ渡り、華々しい成績を収めたバスケット選手だ。現在は現役選手を引退している筈だが、昔バスケットをやっていた修二からすれば憧れの選手でもある。
 その高藤選手がどうしたのかと先を促そうとする修二の様子に、氷室が頭をかきながら口を開いた。

「その高藤選手がいま事務所に来ているんだ」
「高藤選手が!?」
「ああ、現役を引退した選手を起用する事があるだろ? 高藤選手もその話で来て貰っているんだ」

 この国でも名が通っている選手なのだから喜ばしい事の筈なのに、どうにも浮かない顔の氷室と冬真の様子に翔壱が促すような目線を送れば、観念したかのようにため息をついた。

「実はその高藤選手はDomなんだ」
「Dom!?」
「ああ、高藤選手の方から明かしてくれたんだ。ついでに王華学校の出身だと言うことも言ったそうだ」
「それで、俺が見極める為に呼ばれたんです」

 所属しているタレントにSubがいることで、Domを警戒している社長はそれを聞いて信用ができる冬真の力を借りる事にした。歳が離れていようとも、同じ学校であれば信用していいかどうかの情報があるだろうと思ってのことだ。

「それで、どうなんだ?」
「高藤選手は確かに、俺と同じ王華学校の卒業生でした。正確には兄弟校になるんすけど、西の方の王華学校出身です。なんでグレアのコントロールもできるしSubになんかするってことはないと思います」
「そうか」

 学校に連絡し、先生頼み学生時代の様子や性質も聞いた上でそれを氷室へ伝え、今日は事務所にくると言うので実際に見に来たところだ。

「はい、残念ながら現在はフリーらしいんですけど。そういう目的でこの事務所に入る訳ではないし、無闇に手を出したりはしないと言ってました」

 あの歳になってフリーのDomと言うところに疑問は残るものの、冬真がそう言うならばおそらく問題はないのだろう。そう思い聞いていた翔壱は隣にいる修二へ視線を向けた。
 高藤選手の名を聞いたときからどこか落ち着きがない弟の様子に、ため息をつく。

「高藤選手はまだ事務所にいるんですか?」
「いや、少し前に帰った」
「そうですか」
「あ、でも帰りにすぐ傍の公園のバスケットコートのことを聞いてたので行けばいるかもしれませんよ」

 どこかバスケットができるところがないかと聞かれ、氷室が近くの公園に自由に使える場所があることを教えたのだ。事務所をでてそれほど時間がたった訳ではないのでいまもそこにいるかも知れない。

「行ってみます?」
「いや、でも・・・・・・」
「俺達もついてくんで大丈夫ッスよ?」

 Sランクである二人がついていればまず危険はないだろうが、それでも返事ができず困ったように修二は翔壱へ目線を送った。
 そもそも、ここへはドラマの原作を取りに来た翔壱にくっついてきたのだが、その用事もまだ終わっていない。

「気になるなら行ってくればいいんじゃないか?」
「翔壱・・・・・・」
「冬真も力也もいるならなんとかなるだろ」
「いや、でもまだ・・・・・・」
「原作を取りに行くのは俺だけで問題ないし、話しをしていたら遅くなって会えなくなる可能性もあるだろ。俺は後から行くから先に行けよ」

 それでも戸惑うような表情を浮べる修二の頭に翔壱は軽く手を乗せた。兄と主人、両方の想いを秘めた笑みを浮べ安心させるように撫でた。

「わかった」

 そう言って力也達と一緒に、事務所を後にする修二の背中を見送り翔壱はマネージャーの下へ向かった。

「俺が言うのもなんだが大丈夫か?」
「危険だと感じたら力也がなんとかしてくれると思いますから」

 そうは言えども複雑な思いは消えることなく、翔壱の気持ちは落ち着くことがない。
 ただ、憧れの選手に会いに行っただけだと言うのに、不安はわき上がる。前の主人であるトレーナーとの事を認めてしまったあの日のように、再び後悔することになるのではないか。
 力也と冬真がいるのだから危険はないとわかっていても、再び奪われてしまうのではないかという心配はどこまでもつきまとう。
 前の主人のトレーナーの事を今も大事に思っていても、翔壱が主人として振る舞っていてもSubとしての快感を覚えている修二にとってDomとのPlayは必要な物だろう。
 Subの本能であるそれはどんなに誠実であっても、消え去ることはない。

「翔壱さん、こちらが、原作の【拝啓、明日のあなたへ】です」
「意外と短いんだな」
「はい、元は体験談を纏めたエッセイだそうです。治らないと言われた病気と共に生きていくことを決めた男性の想い、それを物語風に書き上げた物がこの【拝啓、明日のあなたへ】です」

 渡された小説を翔壱は開きパラパラと捲った。
話しは病室のベッドから始まる。ある日気づけば、病院のベッドにいた男性は動かすことのできない体に混乱し、助けを求める。
精密検査の結果、男性は自分の中に治らない病気があることを知らされ絶望する。しかし、幸いすぐに死ぬことはなく、男性は病院のベッドの上で長い時間を過ごすことになる。
そんな闘病生活の中、男性は古い記憶を思い出す。そんな内容の小説だった。

「減量が必要そうだな」
「そうですね。思い出のシーンではなんとかなるかもしれませんが、病院のシーンでは減量が必要ですね」
「修二の出番は?」
「今回はスタントを使うほどのシーンはなさそうなので、エキストラならば出番はあると思いますが」
「そうか」

 用意しますかと視線で尋ねられ、翔壱は首を振った。
一緒の仕事ができるならばそれが一番いいが、エキストラでは一緒の現場になる可能性も少ない。ならばわざわざ用意する必要もないだろう。
そもそも、修二もスタントマンとして長く活動をしているのだから、それなりに仕事もある。必ず翔壱が口をきき用意する必要はない。スタントブルをしていても、とうに手を引く時期は終えている。

「ありがとう、じっくり読むとする」
「はい、また詳しい打ち合わせがあるのでその時までにお願いします」
「わかった」
「それとついでなので、番宣の出演についてなんですけど・・・・・・」

 これだけのつもりだったが、ついでに他の出演番組についても話すことになってしまった。突っぱねることもできず、翔壱は打ち合わせを続けることになった。
 翔壱を残し高藤選手を見るために、事務所をでて公園に向かった三人は急ぐわけではなく歩いていた。

「しかし、高藤選手がお前と同じ学校だなんて意外だな。てっきり体育会系の学校に行っていたのだと思っていたが」
「冬真の学校って意外とあっちこっちに卒業生いるよな」
「王華学校は卒業生の進路が多いんすよ。ありとあらゆる分野でSubを支えられるように、多くの業種に卒業生を送り込めるようにしてるんです」
「その包囲網的考え方、さすが高ランクDomだな」

 呆れたような返答にニコニコと笑みを浮べたままの冬真は、おそらくこの考え方に違和感を持っていない。誰もが持つ普通の考えで、あると思い込んでいるだろう笑顔に、力也と修二は顔を見合わせた。

「あれ、常識か?」
「王華学校ではですけど」

 色々ありDomから距離を置いている修二からすれば、そこまですることに疑問を感じていない事が予想外だったが力也も流しているならばそんな物なのかも知れない。

「できればもっと系列校増やして、躾がなってないDomを管理できたらいいんすけど」
「Domに躾か」
「本来厳しい躾が必要なのはDomの方ですよ? だろ、力也?」

 知っていると言うよりも、冬真とパートナーになったことで教えられた事実だが、既に否定する気もなくなっている。

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