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番外編【年を重ねる】後

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 幼い頃の正月と言えば覚えているのは、親戚の家に連れて行かれた事と、母が用意してくれたおせち料理だった。
 正月の当日行ったのか、それとも他の日だったのかははっきりしないが、母の実家に行きお年玉を貰って従兄弟と遊んだ。
 初売りや初詣も行った気がするが、はっきりとした流れを覚えてはいない。それなりに楽しかった筈なのに、張り合いのないと冬真は我ながら思っている。
 近所過ぎていつも行っていた伯父の家には逆に正月には行かなかった。
伯父とパートナーの翼は正月に二人で旅行に行っていた。お土産話もお土産も貰った覚えがあるが、詳しい場所や内容まではさすがに覚えてはいない。
 やりくり上手な翼の事だ、たまの贅沢を楽しんでいたのだろう。
 中学になるとDomに目覚め、更に思春期だったこともあり母の実家にいくのはなんとなく気が乗らなかった。学校で暴走してからは尚更行きたくなく、一人家に残っていた覚えもある。
王華学校に入学し寮に入ってからは精神的に落ち着き、再び親戚の家に行く気にもなった。とはいえ、積極的に行きたいわけではなく調子にのって実家に帰らず、寮に残っていたこともあったのだからその程度のものだったのだろう。
冷たいように感じられるかも知れないが、他に興味がある年齢を考えればそんなものだろう。
そうやって寮に残っている生徒は意外に多く、冬真は同じく寮に残っていた友人達と初日の出をみたり初詣に行ったりもした。

「ミキと一緒にいったこともあった」
「ミキも残ってたんだ」

 初めて冬真に連れて行かれてからも何度か顔を出している。ダイナミクス向けのカフェのオーナーのパートナーミキは王華学校の卒業生だと聞いた。
 素朴な顔立ちと守りがいのある大人しい彼はさぞモテたのだろう。

「先生に許可を貰って、俺たち五人でミキをエスコートして初詣したんだ」
「五人がかりとかすごいな」
「初詣は人多いだろ、どこにDomがいるかわからないからって気合い入れたんだ」

 冬真達は正月だからと浮かれたDomやSubを求めたDomがいる事を予想し、同室の五人でミキを常に囲むようにしていた。
 それはどうみてもお姫様扱いで端からみれば少し不思議な状態だったかも知れないが、そんなことよりもミキを安全に守りぬく事が大切だった。

「修学旅行もそんな感じだったから、王華学校ではわりと当たり前だったんだよな」
「Domに囲まれてるって言うと危険な感じするけど、そういう場合もあるんだな」
「端からみればわからなかったかもしれないけどな」

 そんな話しをしながら、先ほどから服の裾をにぎり離そうとしない冬真を力也はみた。初詣で混雑する参道から冬真は力也の服をつかんでいた。
 どこにいくかわからないと言うようにつかんでいるが、子供ではないのだから、捕まえて起きたいだけかもしれない。
 とはいえそれならば、手をつかめばいいのに、冬真がつかんでいるのは服だ。

(ズボンのベルトよりはいいけど)

 腰をつかもうとしたのかズボンのベルトを掴まれたときには、さすがに落ちそうだからやめて欲しいと言ったが、服をつかんでくるとは思わなかった。

(腰どころか尻に手を当ててる奴もいるけど)

 先ほどすれ違ったダイナミクスのペアは、Domの方が相手の尻に手を置いていた。しかも触れるか触れないかどころではなく、軽くつかんでいるようにみえた。

(まぁ、冬真もあれは引いてたみたいだし)

 ベタベタしたがる時もあるが、人が多いとやりたくないタイプなのかもしれないと力也は勝手に結論づけていた。

(今度はリンゴ飴か・・・・・・)

 そんな力也は気づいていなかったが、実は屋台が建ち並ぶ参道に入ってから力也の目はおいしそうな物に惹かれていた。力也は気になる物をみつけるとその度に少し、そちら側へ移動する。そんな好奇心が旺盛で、食べ物に目がない力也相手では腕を捕まえることも肩を抱くこともできず、冬真は服の裾をつかんでいた。

「いい匂い」
「ベビーカステラだよな」
「うまそう」

 遂にフラフラと引き寄せられた力也に、苦笑しながら冬真は後をついて行った。力也はDomをたてることを気にしていなければ、自由奔放な動きが目立つ。
 冬真の存在を忘れた訳ではないが、こうして特に言わずに気になった物の列に並んでしまうこともある。

「ベビーカステラの大きい方をお願いします」
「毎度あり」

 後ろにつけたままの冬真の事を気にする様子もなく、カステラを買い、嬉しそうに食べ始めた。

「うまい」
「り~きや?」
「うん?」

 パクパクと口に運んでいた力也は名前を呼ばれ、不思議そうに冬真をみた。そんな力也に口を開けて指させば、気づいたかのようにカステラを一つつかむと口に放り込んだ。

「うん、うまい。ってかお前俺の事忘れてただろ」
「そんな訳ねぇじゃん」
「どうだか」

 笑いながらもう一度口を開ければ、またベビーカステラを指で掴み差し出してきた。思わず、その手を捕まえて指ごとパクリと食べれば、力也の顔がしかめられた。

「冬真」
「うん? うまいな」

 わざとカステラを食べながら、指を舐めて吸えば、力也は恥ずかしそうな表情になった。手首をつかんでいる所為で手を引き抜くことができないのか、体だけは逃げようとするが動けていない。

「みてる! 皆みてるから!」

 空いている方の片手で顔を押され、仕方なく口を離し油断した瞬間に手のひらを舐めれば、“うわー!!”と大きな声を上げられた。

「ハハハッ、力也凄い声」

 一瞬びっくりしたものの、面白すぎて笑いが止まらない。

「余計注目されてるじゃないか」
「冬真があんなことするからだろう! もうあげない」

 そう言いながらも、力也はごまかすように歩きながらベビーカステラを食べ始めた。新年早々初笑いと初怒られをした事も面白くてたまらない。

「悪い、悪い、楽しくて調子乗った」

 そう謝れば、力也は仕方なさそうに振り返ってきた。少し膨れたような顔のまま、既にほとんどないベビーカステラを袋ごと差し出してきた。

(別に欲しくて謝ったわけじゃないんだけどな)

 そう思いながらも、断る気にもなれずに手を伸ばし一つ掴み口に運ぶ。

「ごちそうさま」

 もういいよと言うように手を引けば、力也は残りを一気に食べた。モグモグと食べると、袋を折りたたみながら力也はまた目を泳がせた。
 他にも目移りしているらしく、ほっとくとまたどこかに行きそうな様子に一度腕を捕まえる。

「うん?」
「先にお参り、後で沢山食べればいいだろ」

 そう言えば、力也はキョロキョロと辺りを見回した後頷いた。チェックするだけにすることにしたらしく、視線だけ動かしながらも神社へ向かう。

「ゴミ箱ないかな」
「なさそうだな」

 ついでにゴミ箱を探しているらしく、そんなことをいいながら紙袋をポケットに詰めた。
 神社に着き、お参りを済ませると今度は冬真が手を引いた。

「なにするんだ?」
「神社っていったらこれだろ」

 冬真が指したのはおみくじだった。沢山のおみくじが並ぶ中、どれにしようかと悩む。

「色々あるんだな」
「そうそう、せっかくだから記念になるような・・・・・・。これにするか」

 そう言って組紐のストラップ付きのおみくじを選ぶと、お金を入れ中に手を突っ込み一つ引き抜く。

「二人分払ったから力也も」

 言われて力也も手を突っ込み、一つ引き抜き二人で開き内容をよむ。

「大吉」
「俺もだ」
(金運は贅沢しなければ良し、旅行も悪くない、家庭運は大事にせよ、仕事運・・・・・・精進せよ)

 一通り読むと力也へ差し出せば、交換だとわかったのだろう。代わりに渡してきた。

「仕事は精進せよってさ」
「言われなくてもわかってるって」

 微妙に言い当てられている自分の内容と違い、力也の内容はシンプルにいいことが書かれていた。とりあえず、二人とも今年は安泰だと頷き、おみくじを力也に戻すとしまい込む。
 ついでに、おみくじについていたストラップをスマホにつけた。

「よし、じゃあ、食い物買って帰るか。力也なに食べるんだ?」
「チョコバナナとリンゴ飴とアメリカンドックもあったよな。ロングポテトもうまそうだったし・・・・・・」

 完全に目移りしていたらしい様子に笑いながら、とりあえず神社をでた。
そして再び服の裾をつかんだ冬真を引っ張りながら、力也はウロウロと屋台を気が済むまで回り始めた。

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