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第八十八話【魂の記憶】前

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 時は大波乱の戦国時代、まだ多くの人々が広い世界を知らなかった頃。
 人々は特別な力を持つ人々の存在を信じ、彼らをあがめていた。
 例えば、自然の力を借りる人、神と話せる人、霊と交流ができる人など、不思議な力を持つ人々は公にその地位を認められていた。
 そんな中、今までとは違う力を持つ人々の話題が出始めた。
 彼らは従と呼ばれ、人から命じられると、本来ならできないような事もこなしてしまうと言う不思議な力を持っていた。
 多くの権力者は彼らを欲しがった。しかし、彼らの力を全ての権力者が引き出せるわけではなく、今度はその引き出す力がある者を主と人々は呼び始めた。
 主がいるから従がいる。従を得た主は天下人となれると噂され、国中でお触れが出された。
 【従の力を持つ者は名乗り出よ。従の力を持つ者を教えた者には褒美をとらす】
 そんな内容のお触れが出され、その結果従の力を持つ者達が各地で探される事になった。
 人々は褒美欲しさに、従の力を持つ者を探し、何も力を持たない子供を褒美欲しさに差し出す者もいた。
 それでも、主の力を持たない権力者たちは見分けることができず、従順だからという理由だけで従と認識されてしまう者達も数多くいた。
 今のように検査でわからず、また判別する人もいない城において、本物か偽物かを見分けることも不可能だった。
 そんな中でも本当の従の力を持つ人々がいた。運悪く、主の力を持たない権力者に差し出された彼らは今で言うPlay不足で精神を病んでいった。
 従として差し出された人の中にいた、体と心が弱い病持ち、それが本当の従だったことあった。

 そんな時代に彼は生まれた。ある武家の庶子に生まれた彼は、幼いときから物覚えが良かった。言われれば言われた通りにこなそうとし、多くのことを覚えていった。
 これに目をつけたのが母方の祖父だった。祖父は彼を話題の従として、周辺を納めていた大名へ献上することを考えた。
 そして彼は幼くして、従として迎えられ、のちに小姓になった。
 彼は小姓になり頭角を現した。従として迎え入れられた人々を見分け、それぞれに合う仕事に振り分けた。
 大名に望まれるまま、多くの事をこなし小姓頭と呼ばれるようになった。表にでることは少なかったが、彼は城内を纏めていた。

「孝真様」

 城の奥、奥方が住む一角の庭で周りを見渡しながら彼はその名を呼んでいた。木々の裏、草むらの中、石の裏、更に軒下までも覗き込む。それでも探し人は見つからない。

「力仁様」

 そう呼ばれた瞬間、彼は後ろを振り返った。走ってきた彼と歳が近い下男は、彼の前に跪いた。

「冬也、見つかりましたか?」
「申し訳ございません。裏庭を探しましたが、お姿を見つけることはできませんでした」
「そうですか、どこへ行かれたのでしょう」

 困ったように苦笑した彼は、もう一度周りを見渡した。奥方が暮らす奥の宮、そこは限られた人々しか訪れることはできず、女中か彼のような従の力を持つ小姓しか入ることはできない。
 
「いかがいたしますか?」

 そっと少しだけ顔を上げたその瞳は、純粋な信頼と敬愛に溢れていた。誰から見ても、忠実に見える姿勢で冬也は彼の言葉を待つ。

「やはり屋敷の中にいらっしゃるのかもしれません。私はもう一度探してきます。冬也はこの庭を探しなさい」
「はっ、かしこまりました」

 小姓の下男であるが、奥の宮に入ることを許されていない冬也は、屋敷の中について行くことができずにその場で再度頭を下げた。
 
「任せましたよ」

 そう呟くと、力仁は屋敷の中へ上がった。奥の宮の中とは言え、声を張り上げ呼ぶことはできず、誰に尋ねる訳でもなく一人屋敷の中を探す。
 本来は他の人々にも手伝ってもらえば早いのだが、そういう訳にもいかず、普段通りの様子を装い探す。

「孝真様」

 不審に思われないようそっと呼びかけるが、そんな声で探し人が出てくるわけがない。

(参った)

 教育係の一人として懐かれていると思っていたのに、最近こうして勉強の時間になると逃げられることがある。勉強方法に不満があるのかも知れない。

(多感なお年頃だから)

 小姓として、文武両道に、高度な教育を受けてはいるが、あいにく幼子の相手は教わっていない。跡継ぎとしての教育を主君に任され、子育てに慣れた女中達に幼子について教えて貰ったが、いまだ彼女たちには敵わない。

(姉さん達には知られたくはないのに)

 目を離した隙に逃げられてしまったなど、彼女たちに知られたくはない。
 隅々まで探していると、不意に背後に気配を感じた。振り返ればそこに、膝をついた元小姓が一人いた。既に小姓から隠密へ転身したその名を力仁は口にした。

「波人」
「力仁様、殿がお呼びです」
「殿が?」
「はっ」
「何用でしょう?」
「大名行列の配置のことで・・・・・・」

 言いにくそうなそれを聞き、力仁は苦笑しため息をついた。

「私を名指ししておられる訳ではないでしょう? 勝手に呼んだら貴方がお叱りを受けます」
「しかし、力仁様は我ら小姓の頭ですので・・・・・・」
「私がいなくとも貴方達で十分の筈です。殿が留守になられるのなら尚更ここを離れるわけにはいきません」

 そう首を振り答えれば、跪いたまま顔をあげようとしない彼の肩がわずかに震えた。まだ言いたいことがあれど言えない、そんな態度の彼に力仁は微笑む。

「私には構わず、殿に誠心誠意仕えなさい。城外に出る時は細心の警護を心がけなさい」
「はっ。では失礼いたします」

 背を抜かされた時から顔を上げることのなくなった彼は、目にもとまらぬ早さでその場から立ち去ってしまった。そんな姿を見送り力仁はゆるりと再び動き始める。

【我が子、孝真を跡継ぎとして教育せよ】

 それが力仁にとって主君から直接言い渡されたもっとも最近の命だった。
 屋敷の中を一通り見てまわり、もう一度庭に降りると声を上げた。

「冬也」

 己だけの下男を呼べば、遠くから力仁の名を呼ぶ声がする。用があるならこちらに来るだろうに、呼びつけるなどおかしいと思いつつそちらに行けば大きな木の上を見上げる冬也がいた。

「冬也」
「力仁様、お呼び立てして申し訳ございません」

 常のように跪くことなく、頭を下げるにとどめる冬也の目は先ほどから木の上へ固定されている。何故かと想い、同じ位置に回り込めば、高い木の上に散々探していた幼子がいた。

「孝真様!」
「力仁!」

 姿を見たことで安心したのか、こちらに向かい手を伸ばそうとした瞬間、乗っていた木の枝が大きく揺れる。咄嗟に、冬也が受け止められるように構えをとったが、慌てて捕まり直したおかげで落ちることはなかった。

「孝真様、お動きになられずしっかりお掴まりください!」

 コクコクと頷く幼子の様子で、冬也がここから動かずに自分を呼びつけた理由も、跪かずに頭を軽く下げただけだった理由もわかってしまった。
 自分が動いたら大事な幼子を守れなくなってしまうからだ。

「孝真様、降りられますか?」
「無理、怖い」

 行動範囲が広がり、体も成長してきたとはいえ、まだ七つを超えたばかりの幼い子供だ。軽い気持ちで挑戦したものの降りることができなくなってしまったのだろう。

「承知いたしました。では、私が迎えに参ります」
「力仁様!」
「冬也、貴方はここでもしもの時に備えなさい」
「いえ、それならば俺が・・・・・・」
「貴方は孝真様に触れることはできないでしょう? それでももしもの時は受け止めなさい。自らでなければおとがめも軽くすみます」

 小姓である力仁や、女中達はお世話の為に跡継ぎである孝真に触れてよいとなっているが、ただの下男に過ぎない冬也にはその資格がない。
 例え助けるためであっても、自ら触れに行けば不敬罪の挙げ句、謀反を企んでいるのではないかと言われ捕らわれることもある。
 その為、助けられるだろうこの状況でも落ちたときに受け止める以外方法がなく、動けずにいたのだ。

「孝真さま、しばしお待ちください」

 そう言うと紐を一本取りだし、木登りに邪魔にならないよう、着物をたすき掛けで止めた。腰に差していた刀を冬也へ預け、気合いを入れる。
 用意が調えば、幼子の捕まっている枝を目指し、木に手と足をかける。

(波人ならこのような木でも容易いでしょう)

 幼いときから勉学ばかりで木登りなどしたことのない力仁と違い、先ほど声をかけた元小姓の波人は従として迎え入れられる前は平民の子供だった。
 野山を駆けまわり川で漁をしていた彼ならば、きっとこのような木も楽々登ってみせるのだろう。今はその身軽さを買われ隠密として活躍している。
 何度か、足を滑らせながらも、力仁はなんとか幼子がいる枝の傍へとたどり着いた。

「孝真様、お待たせいたして申し訳ございません。こちらへ」
「力仁!」

 そっと手を伸ばせば、孝真は飛びつくように、その手に掴まった。その瞬間だった、体重が一気に動いたことで枝が大きな音を立て下へ落下した。

「力仁様! 孝真様!」

 ドサッドサッ! 受け止めようと両手を広げ構えた冬也を押しつぶすように、二人は勢いよく落ちてきた。

「イッテ・・・・・・お二人ともご無事ですか?」

 自分の体を下敷きにして、二人を守った冬也はぶつけた頭を撫でながら二人を覗き込んだ。

「孝真様ご無事ですか?」

 落ちながらもしっかりと腕に抱きしめた幼子に怪我はないかと心配して尋ねれば、幼子は顔を上げ次の瞬間、関を切ったかのように泣き出した。

「どこかお怪我をなさいましたか!?」
「力仁! 恐ろしかった!」

 どうやら怪我をしたわけではなく、怖くて泣いているだけの様子に、二人は安心して息を吐いた。

「もう大丈夫でございます。よく我慢なさいました。孝真様はとてもお強ようございます」

 力仁は優しく語りかけながら落ち着くまで、泣きじゃくるその背をそっとなで続けた。
 主君の息子であるこの大切な幼子を命がけで守り、育てること、それが力仁にとっての命であり、生きる意味だった。
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