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第八十三話【Sランクパーティ】前

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 Subとして目覚めてからずっと薬を使わずにやってきた。高ランクのDomとは違い、高ランクのSubの厄介なところは、低ランクのDomのグレアやコマンドでは満足できないところだ。
 Aランクで抵抗力のある力也が、満足するほどのDomはなかなかいなかった。その為力也は色々な方法で欲求を発散していた。
 時に高圧的なDomの相手をし、時に仲のよい人々からの軽いグレアやコマンドを貰い、時にダイナミクス向けのビデオで発散し、時に自分を下のランクだと思い込み、そうやってかき集めるようにしてなんとかしてきた。
 自分を満足させるような力のあるDomはほとんどいないのだと思ってきた。なかでも、面倒くさい自分を相手にしたがるのはめったにいないのだと思ってきた。

 しかし、冬真に出会い、王華学校を知り、今まで自分がそう思っていたのは間違いだったのだと気づけた。
 王華学校の関係者をみれば意外とAランクのDomが多いことも、彼らが自分のような面倒くさいSubでも気に入ることもわかる。
 無論、いま力也にとって一番気持ちいいのも、欲しいのも、嬉しいのも、冬真からもらえるグレアやコマンドだが。
 単純な力だけなら王華学校の生徒達のグレアやコマンドでも結構満足できるだろう。Sランクならなおさらだ。
 とはいえ、選り好みをさせてもらえるなら、力也はどんなに強い力を持つSランクよりも冬真を選ぶ。例え抵抗のしすぎでサブドロップしてもその気持ちは変わらない。
 そこまでして我慢するなど冬真は怒るかも知れないが、それが冬真のSubとしての力也の矜持だ。

「で、結局何人ぐらい来るんだ?」
「力也、ちょっとワクワクしてるだろ」

 呆れたように言われ、力也は苦笑を返した。今日二人はSランクのパーティに参加するためにレンタカーで、神月の別荘に向かっている。

「だってパーティなんだろ?」
「そんなこと言ってSランクのDomが沢山見れるの期待してるんだろ」

 その問いかけに、力也はギクリと肩を揺らし、冬真の顔色をうかがうようにみた。

「バレた?」
「Sランクは珍しいし、お前Sランク好きだろ」
「好きって言うか、勝てない感がSub性を刺激するんだよ。冬真もSub好きだろ」
「好きだけど、俺はお前が一番だから!」
「それは俺もそうだけど」

 バカップルみたいな会話だなとぼんやり思う。実際クレイムしたばかりなのだから蜜月には違いないが、互いにネジが抜けている気がする。冬真に至っては一本どころか数本抜けてそうだ。

「で、結局冬真は何を心配してるんだ?」
「何をって言わなくてもわかるだろ」
「冬真が嫌なら、Domからの交流は全部無視しようか?」
「うっ・・・・・・俺もできるならそうして欲しいってか徹底的に塩対応してほしい」

 自身を捨て他にいくとは考えていないが、危機感がなく人当たりもいい力也の事だ。自分が他のDomと交流している間に囲まれている可能性がある。

「でもな、お前青リボン決定なんだよ」
「青?」
「ランクや性質でどの程度、近づいていいかが決まるんだ。赤が主人の許可が必要、黄色が自由に挨拶のみ可能、青がSubが会話可能、お前の場合Sランクでサポートだから自己判断が可能と見なされて初回参加でも青決定なんだよ」
「へぇ、それで目をつけられるとか手を出されるって心配してたわけか」

 無論Subの自由意志に任されてはいるが、基本的に青色リボンをつけていると、はっきり断らない限りはDomが次々に寄ってくる。警戒心が強く、抵抗力がないSubならば確実に断るだろうが、力也は平然と応じてしまう可能性がある。

「俺はSランクばかりで間違いなく疲労するし、お前に気を配れなくなる」
「俺だって、SランクDomだらけとか緊張するけど」

 神月だって、Collar店の店長の時だって、緊張したんだからSランクのDomの集りに緊張しないはずがない。

「いや、お前は多分20分もあれば慣れる」
「なんでだよ!」
「多分、食事出てきたらそれどころじゃなくなる」
「俺そこまで食いしん坊じゃないし!」

 確かにおいしい料理が出てくるらしいからそれは楽しみだが、それぐらいでSランクの緊張を忘れる訳がない。ひどい思い込みだと力也は思っていた。

(いや、絶対すぐ慣れる)

 力也はそれほどではないと思っているが、切り替えの早さと適応能力はかなり高い。Dom相手のプレッシャーとは違うが、力也は大物俳優や大物監督にも物怖じすることなく応じている。
 実際Sランクの神月に初めて会ったときにも、撮影終わりには普通に会話していた。緊張感のある現場を何度もくりぬけているからか、緊張してもそのプレッシャーに打ち勝てる力がある。

(確実に俺の方が、胃をやられるんだよな)

 逆に冬真は学校でのマウントの取り合いや、先生達からのプレッシャーもあり、実力が上のDomには自然と気を張ってしまう。けして奪われたくない物や、負けたくない物があれば尚更それを否定されないために気合いを入れてしまう。
 今回くるDom達はそんな冬真の気合いを確かめる為に、確実に圧力をかけてくるだろう。そうなれば間違いなく気が休まらない。

「俺が塩対応すると、そっちになんか影響ある?」
「多分ないと思う。Subの自主性に任せてるって言い切れば問題ないし、主人に操を立ててるってことならむしろ褒められると思う」
「なら塩対応しておく」
「とは言っても、交流しておいて損はないし、色々と顔が広いDomもいるから、お前の利になることも多いと思う」

 Domのランクがそのまま社会的地位に直結することはないが、中には神月のように社会的顔が効くDomもいる。社会的地位にこだわる力也ではないが、なにかがあった時のために味方は得ておいた方がいい。というか、その方が冬真は安心できる。

「冬真の利になることは?」
「お前が安全だって事ぐらい」
「うーん、正直いつもの心配症なら俺はどうでもいいんだけど」
「お前がそうでも俺は念には念を置きたいんだよ!」
「結局どっちなんだよ」

 その身も蓋もない突っ込みに、冬真はうなだれた。冬真としてはこのぐらい普通だと思っているが、力也との危機感の差が半端ない。とはいえ、これ以上言っても気にしても仕方ない、力也が大きく構えている以上、主人である自分は更に大きく構えなくてはならない。

(これ以上に大きくとか難しいんだけどな)

 Subの所為でDomが舐められることはないが、Domの所為でSubが舐められることはある。力也は王のSubの素質があるSubを惹きつけDomをいさめることもできるSubだ。冬真はSランクに入ったばかりで、王などと言う人の上に立つ地位はない。
 せいぜい力也の主人として、見苦しくないよう胸を張るしかない。

「いいよ、力也のやりやすい対応で」

 いつも通りの服装で助手席に座る力也の頭に手を伸ばし撫でる。人に従うため、世間から気が弱いとされているSubは意外と強いのだと、改めて思い知らされた。

「ところで、これいつになったらつくんだ?」
「さあ?」
「さあって」
「時間までには十分つくはずだったんだけど・・・・・・」
「大丈夫なのかよ」
「多分、なんとか?」

 予定外の交通事故の渋滞に巻き込まれ、眠たくなりそうなほどのノロノロ運転で進んでいる車の中、二人はこんなことならもっと早く家をでればよかったとため息をついた。
 
 暇な渋滞をいいことに、ツンツン頬を突かれたり、手を握られたり、頭を撫でられたりしながら、やっとの想いで二人は渋滞を抜けた。

「やれやれ、長かったな」
「トイレ間に合わないかと思った」
「二人して強制的に我慢させられてたからな」

 おかげで、トイレ行きたくて段々口数が少なくなる力也の様子を楽しむこともできなかった。その一方、冬真は力也と違い、気を散らせる為に口数が多くなった所為で完全に一方的にしゃべっている状況になっていたが。

「この後って山道入るよな」
「ああ、これ以上何もなければギリギリ間に合うと思うんだけど」

 その言葉に、力也は飲んでいた缶をゴミ箱に入れつつ、決意した表情で冬真を見た。

「冬真、ここからは俺が運転していい?」
「あ、ああ」

 いまいる道の駅を出たら、神月の別荘までは険しい山道を通らなくてはならない。交通量は多くないとは言え、曲がり角も多く狭い道は運転も難しく、慎重に走っていては時間がかかる。

「大丈夫、絶対間に合うようにするし、事故も起こさないから」

 その言葉に一抹の不安を感じつつ、鍵を渡した冬真はこの後今まで知らなかった恐怖を知ることになる。
結果、レンタカーは無傷、事故もなく、予想よりもずっと早く別荘に着いた。
 パーティ前に無理矢理度胸をつけさせられたような物だが、車から降りたときの疲労がすさまじかったので、もっと早く家を出なかったことを本気で後悔した。

「間に合った、間に合った!」
「あ、ああ・・・・・・」

 やりきったと笑顔を浮かべる力也の隣で、クラクラする頭とバクバクと鳴り続ける心臓を抱え、スタントマンの運転テクニックはヤバいと冬真は改めて思い知った。

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