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第七十七話【Sランク】前

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 大好きな人をぽっと出の男に奪われました。今ならそんな話が書けるかもしれない。
 生まれた時から仕事ばかりだった人生に、花が咲いたようなそんな気持ちを抱かせてくれた人が僕以外の人と、付き合い、クレイムした。
 正直未だに僕は納得できてないし、するつもりもない。ただ、大好きな人が幸せそうで、その相手が彼をなによりも大事にしているから見守っているだけだ。僕じゃ、彼を満たすことができないから。
 なのに、彼がその横取り野郎のグレアをバンバンに纏いながら、現場に来た。

「で、そんな状態で僕との現場に来たって事?」
「はい、すみません」
「力也君は悪くないよ。悪いのは全部、冬真君だから!」
「すみませんでした!」

打ち合わせ室で目の前に正座した冬真を相手に孝仁は怒っていた。今日は打ち合わせもかねて力也とのんびりできると思い、楽しみにしてきたのにとんだ迷惑だ。
 前日に色々あった所為で、盛り上がりすぎたとか、調子に乗っていたとか言われたが、そんな話を聞きたくもない。

「ってか前にもやったよね、冬真君。何度目だと思ってんの? しかも、段々ひどくなるし」
「それについては、本当に申し訳なく・・・・・・」

 反省の意を示すように床に正座し小さくなっているのを見るのは気分がいいが、正面にいる力也から冬真のグレアが感じられるのは気分が悪い。
 そもそも、力也は仕事でDomに会う可能性もSubに会う可能性もある。それなのに、こんなにグレアを纏っていては彼らに距離を置かれてしまうだろう。
 まあ、Dom相手ならどれほど距離を置かれても孝仁は構わないが。

「もし、修二さんいたら話し合いもできないんだよ!? わかってる!?」
「わかってます」
「すみません、孝仁さん。俺がもっと早く孝仁さんと会うこと言っておけば・・・・・・」
「力也君の所為じゃない! 冬真君が抑えないのが悪いの! 前だって大変な事になったのに!」

 前回、サブスペースに入った力也にグレアを流し込んだ時には、数日間後遺症が残り、その所為で力也が苦しむことになった。他のDomのグレアを感じると吐き気がするという症状だったが、冬真もしっかり覚えている筈だ。

「いや、でも多分この状態の力也にグレア発する馬鹿はいないと思うんで」
「じゃあ、Subは? これじゃ当てられちゃうよ!」
「ですよね」

 コントロールできていると思っていたのに、少し油断するとすぐこれだと孝仁は憤慨していた。しかも、オロオロと二人を見ている力也は気づいていないが、怒られている間もどこか嬉しそうだ。

「で、これいつになったら収まるの?」
「そうですね。多分なんにもしなければ明日には」
「あれ? そんなに早く?」

 数日かかった前回よりも濃く感じるのに、随分早い予測に孝仁は驚いたように聞き返した。

「力也も俺のグレアに慣れてるし、Sランクにもなったので」
「Sランク!? 嘘! いつの間に!?」
「なったとわかったのは昨日です」

 あの騒動がきっかけとなったなら、一昨日と言うことになるだろうが、判明したのは昨日だ。

「そうなんだ」

 力也の返事に、孝仁は勢いをなくし、消沈するように呟いた。

「孝仁さん?」
「びっくりしちゃって、おめでとう力也君。これで、最強だね」

 消沈したように見えたのは一瞬で、続けて話す時には既に孝仁はいつも通り笑っていた。

「最強じゃないと思いますけど」
「えー最強だよ。力也君が本気になれば絶対負けないって」

 確かに、元々耐性が強い、力也がAランクからSランクになったのだ。SランクのDomはわからないが、ほとんどのDomには勝つことができるだろう。

(もう僕じゃ全然、役に立たないところに行っちゃったけど)

 Dom性とSub性を両方持つが、どちらもそれほど高くないSwitchの孝仁では、今まで以上に力也を満足させることができなくなってしまった。
 それでもランクが上がったと言うことは、危険が減ったと言うことだ。素直に祝福をしようと孝仁は肯定した。

「あれ? でも冬真君は・・・・・・」

 確かAランクの筈だと、チラリと視線を送った孝仁は自慢げな笑みを浮かべる冬真を見て嫌そうに眉をしかめた。

「まさか・・・・・・」
「俺もSランクになったんですよ」
「うっわー」

 その瞬間浮かべた心底嫌そうな顔は、普段の孝仁からはまったく想像できない物だった。

「俺にはおめでとうって言ってくれないんですか?」

 心底嫌そうな顔を浮かべたのに、そんなことを聞けるのはある意味凄いかもしれない。むしろどこかワクワクしているところを見ると、わざとだろう。

「煽ってどうすんだよ」
「もっと嫌そうな顔してくれるかなって」
「どこまで変態なんだ」
「Domなんで」

 呆れたような氷室の突っ込みに、冬真は否定することもなく笑い返した。その言い方では他のDomに失礼だろうとは思うが、力也のマネージャーをしている所為でなんだかんだDomとも出会っているがどうしようもない奴も多い。そう考えると、冬真はまだマシな方だろう。

「冬真君までSランクか、どおりで僕のマネージャーが近づかない筈だよ」

 いまこの部屋にいるのは、力也とマネージャーの氷室、それに床に正座した冬真、そして反対側の椅子に座るのは孝仁だけだ。孝仁のマネージャーは少し離れたところに立っている。

「すみません、緊張してしまって」
「いいよ。そもそも、この打ち合わせには冬真君なんにも関係ないし」

 打ち合わせになにも関係のない冬真がこの場にいるのは、グレアをたっぷり染みこませてしまったことのお詫びに来ただけだ。
 
「こうしてても仕方ないから、とりあえず打ち合わせしようか」
「はい」
「じゃあ、冬真君は部屋から出て」
「え!?」
「え? じゃないよ。部外者でしょ。早く出て」

 予想外な事を言われ、ためらう冬真に、孝仁はもう一度繰り返した。

「いや、俺力也の所有者」
「だからなに?」
「冬真、悪い。その辺で待ってて」
「・・・・・・わかりました」

 すごすごと出て行く冬真の背中にSランクの威厳は感じられなかった。

 しばらくして打ち合わせを終えた力也は、孝仁にお昼に誘われていた。事務所の裏にある和食屋は、完全個室で、しっかりと仕切られている為に人目も気にしなくていい。
 孝仁はそんな店の中の一番目につかない場所に案内されると、メニューを広げた。

「おごりだから力也君沢山食べてね」
「いつも、すみません」
「そんなことないよ。力也君には沢山頑張って貰ってるもん。あ、冬真君は自腹だから」
「ですよね!」

 当たり前のように言い渡され、冬真はわかっていたとばかりに同意した。無理矢理ついてきたような物だから仕方ないと思えるが、予想以上にきっぱりと言われてしまった。

「冬真時間は?」
「これ食べたらすぐ行けば多分大丈夫」
「間に合わなかったら、力也君が食べるから」
「そうですね」
「お金だけは払っていってよね」
「わかってます」

 見事なほどのいいなり状態だ。テンポのいい二人の掛け合いに、力也は笑いながら、気になった物を選び、冬真にメニューを渡した。

「力也なんにした?」
「このすき焼き膳ってやつ」
「あー、じゃあ俺もそれにするか」

 同じ物なら余ってしまっても丁度いいだろうと、結論づけ、二人は同じ物を頼んだ。

「ってか冬真君がSランクとか、まだ先だと思ってたのに、よくなれたね」
「俺が先にSランクになっちゃって、パートナーでいる為に頑張ってくれたんです」

 幸せそうな力也の言葉に、孝仁は面白くなさそうに“ふーん”と頷いた。

「まぁ、クレイム式までして、グレア効きませんじゃ、かっこつかないもんね」

 それどころか、満足できなければパートナー関係の危機だ。孝仁なら、自分の中のDom性も利用し、弱いグレアでも満足できるが、力也ではそうはいかない。
 元々耐性があるのだから上回るにはそれなりの量が必要だ。

「あんまりSランクっぽくは見えないけどね」
「傑さんみたいになるのは俺には無理なんで」

 ヘラヘラとごまかすように笑う冬真の様子に、孝仁は呆れたような瞳を向けた。

「普通Sランクってもっとかっこいいもんだと思うんだけど」
「あ、でもSランクになったときの冬真かっこよかったですよ」

 その言葉に冬真の表情が喜びへと変る。力也をかっこいいと言うことはあっても、かっこいいとあまり言われたことのない、冬真はいつになく認められた気分になった。

「力也君、それは勘違い。もしくはSub性の影響だから負けちゃダメ」
「いや、本当にかっこよかったんですけど」
「力也君、パートナーが頑張ってくれたからかっこよく見えるのは仕方ないけど、冷静に見てごらん。ただのチャラ男だから」

 そう言うと二人は褒められてニヤニヤとだらしない笑みを浮かべる、冬真をみた。

「確かに、いまはかっこよくないです」
「でしょ? だから気のせいだって。気をしっかりともって」
「そうですよね。確かにあの時は俺もかなりSub性に浸食されてたんで・・・・・・」
「冬真君がかっこいいなんて絶対にあり得ないから」
「すみませんが、二人ともどういう反応していいかわかんないで、そういう話は俺がいないとこでお願いします」

 上げたと思えば二人がかりで一気にたたき落とされた冬真の、情けない言葉に、力也と孝仁は楽しそうに笑った。
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