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第六十八話【価値】後

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 怖い、嫌だ、無理、怖い、やめて。頭の中の全てがそれで埋め尽くされる。助けて欲しい、もうやめて欲しい、そう思うのに冬真は許してくれない。

「ほら、もっと頑張れるだろ?」
「むり・・・・・・」
「俺の苦しみはこんなんじゃない。もっと力込めろよ」

 震える続ける手を逃がさないように、冬真はしっかりと握っていた。

「いやだ。いやだよ・・・・・」
「ダメだ。もっともっと力を込めろ」

 もう無理だと言っているのに、冬真は許しを与えようとはせず、抵抗されないように更にグレアを強める。

「いやー! やめて! 許して!!」

 泣き叫ぶ声が病室内に響いた。この場から逃れたくて必死に首を振るが、冬真からの本気の命令に逆らうことできない。抵抗したい、してはいけない、心とSubの本能がごちゃ混ぜになる。

「やだー! お願い許して・・・・・・お願い」
「だめ・・・・・・だっ」
「やー!!」

 震えが止まらなくなるほどの、熱湯のようなグレアを浴びせられ。どんなに抵抗しようとしても自然に手に力が入る。その瞬間、冬真の顔が苦しそうにゆがみ、力也の顔が恐怖に染まる。

「おい、なにやってんだ?」

 ノックと共に、様子をうかがうような神月の声が聞こえ、冬真は声を少し張り上げた。

「いま、力也に俺の首絞めさせてるんで」

 冬真の首には力也のたくましい手が添えられていた。しっかりと両手でつかむように、首に添えられた手は小刻みに震え続けている。

「思い切ったことするな」
「こうしなきゃ、わかんなそう・・・・・・何で・・・・・・でもダメっすね。コマンドないと、やっぱかかり、わるい」

 抵抗力が強い力也でも、信頼するDomの本気のグレアと強制力のあるコマンドならば、けして逆らうことはできないだろう。
 いま、冬真が苦しいながらも話せているのは、はっきりとしたコマンドが存在しないことと、力也が抵抗し続けているからに過ぎない。

「死ぬなよ」
「りきや、しだいです」

 笑いながら言われた言葉に、冬真は苦しいながらも、そう答えた。実際、力也ならこのまま冬真を殺すことができる。

「いや・・・・・・やだ・・・・・・とうま・・・・・・」

 涙を流す力也を可哀想だと見つめる。
自分はひどい主人だと思う、大切な物を守ろうとした力也にこんなことをさせている。
 命綱とも言えるセーフワードを奪い、力也が耐えきれない命令を与えている。
 力也が悪い訳ではないとわかっていながら、こんな方法しかとれない。こんな方法でしか教えることができない。

(ごめんな)
「力也、絞めろ!」
「あぁぁぁー!!」

 その言葉に、グッと強い力が加わり、一瞬冬真の意識が飛ぶ、それと同時に先ほどまで立ちこめていたグレアが消えた。

「冬真!」

 やっと解放された力也の両手が首から離れた瞬間、冬真の体はベッドへ力なく倒れ込んだ。

「ゴホッ、ゲホッ・・・ゴホッ・・・・・・」
「ごめん、冬真、ごめんなさい・・・・・・」

 咳のような呼吸を繰り返す冬真の背中を、力也は泣きながら撫でた。
こんなつもりではなかった。自分がしたことがこんなにも、冬真を苦しめる結果になるなんて考えていなかった。

「本当にごめんなさい・・・・・・」

 後悔の涙を流す、力也を見上げ冬真は苦笑を返した。両手を伸ばし、いつもの力強さがなく、情けなく涙するその顔を抱きしめた。

「俺がどれだけ辛かったかわかった?」
「わかっ・・・た」
「あのな、お前がCollarとタグを大事に思ってくれるのは嬉しいんだよ。でも、勘違いして欲しくないんだ。あれは力也の首にあって初めて価値が出るもので、お前を傷つける為のものでも、お前が体をはって大事にする物でもない」

 涙の止め方を忘れてしまったかのように泣き続ける力也の頭を撫で、ゆっくりと言い聞かせる。

「俺が最初に言わなかったのが悪かったんだよな。こんな物なくても、お前が無事でいてくれれば俺はそれでいいんだよ。ちゃんと教えておけばよかったな」
「違う、俺が、馬鹿だった・・・・・・ごめんなさい」
「今度こそ、理解してくれたならいいよ。俺こそごめんな、こんなに泣かして」

 いいこ、いいこと、頭を撫でれば力也の涙がまた決壊したかのようにあふれ出す。

「無事でよかった」

 よしよしと撫で、今度は愛情を込めたグレアを出せば、力也の涙は次第に落ち着き始めた。
 そんな力也の涙の後を舐め、念を押すように言い聞かせる。

「もうこんな無茶すんなよ?」
「わかった」
「約束な?」
「うん、約束する」

 はっきりとした答えに、頷きその唇を塞いだ。酸素よりもずっと足りなく感じていた互いの熱を求めるようにキスを交わす。

「おーい、冬真生きてるか?」
「力也君大丈夫!?」

 軽いノックと、聞こえてきた声に、冬真と力也は苦笑し唇を離した。盛り上がりに水を差されてしまったが、いいタイミングだった。

「生きてます!」
「大丈夫ですよ孝仁さん!」

 そう返事を返せば、ドアが開き、神月と孝仁、それに氷室が病室の中へ入ってきた。

「力也君、大丈夫? ひどいことされなかった?」

 冬真を威嚇するように睨む孝仁に、力也は苦笑を浮かべる。確かにひどい命令ではあったが、どちらかと言うとひどい目にあったのは冬真の方だ。

「無茶したのを怒られただけです」
「本当に?」
「本当ですよ」

 苦笑を浮かべる力也は病室を出たときよりも、顔色がよくなっていたが、それでも孝仁は冬真をにらんだ。

「それで冬真、いけそうか?」
「はい、いけます」

 神月に話しかけられ、返事を返すと冬真は力也のCollarをその場に置くと、尚も威嚇するように睨む孝仁をみた。

「プレーリドッグ」
「なに?」
「いえ、すみません。孝仁さん俺と傑さんは少しでてくるんで、力也のことお願いしてもいいですか?」

 ぼそっと冬真が呟くが、意味がわからず孝仁は聞き返した。しかし、ごまかすように笑い、冬真はそう尋ねた。

「そりゃいいけど」
「ありがとうございます。氷室さんも、お願いします」
「ああ、任せとけ」
「よろしくお願いします」

 見張りを心強く受け入れてくれた二人に頭を下げた。

「どこいくんだ?」
「ちょっといってくるだけだから、お前は寝てろ」
「わかった」
「具合よくなったら一緒に帰ろうな」
「うん」

 一緒に帰れると聞き嬉しそうな表情を浮かべた力也に、微笑み返し、冬真は神月と一緒に病室を出た。

「力也、体の調子はどうだ?」
「すみません、氷室さん。長引かせちゃって」
「いや、お前はまた最近働きすぎるからな。たまには他のスタントマンたちに頼るのもいいだろ」

 クレイム式用の資金と二人で暮らす為の資金、さらには借金を早く返したいと思い仕事を増やしていたのがバレていたことがわかり、力也は苦笑を返した。

「孝仁さんも、本当に心配させてすみません」
「本当だよ。あんな物の為に怪我するなんて僕許可してないんだからね!?」
「はい、すみません」

 先ほど、冬真に言われたことと同じような事を言われ、力也の瞳から涙がこぼれた。

「ど、どうしたの!? 力也君、傷痛い?」

 突然涙を流し始めた力也に、孝仁が慌てて心配そうにのぞき込んだ。

「いえ、俺本当に馬鹿だったなって・・・・・・みんなに心配かけて・・・・・・」
「うん、わかってくれたならいいよ」

 涙ぐむ力也の頭を孝仁は優しく撫でた。真綿のような孝仁のグレアが優しく力也を包み込む。

「ダメだよ。自分の力を過信しちゃ、大事なのは力也君自身なんだからね?」
「はい、すみません」
「いつでも安全第一でお願い」
「はい」

 何度も撫でられていると次第に、気持ちよくて眠くなってきた。

「力也君お眠? いいよ、ねんねしよ」
「はい、おやすみなさい」

 寝かしつけられるように言われ、力也はベッドに横になると眠りについた。

 病院内を神月と冬真は目的の場所に向かい進む、ただ歩くだけで行き交う人が横によけるのは、なにかを感じ取っているのだろう。

「傑さん。傑さんからみて俺のどうでした?」
「まぁ、いい線行ってると思う。不可能じゃない」
「よかった」

 望みがないと言われたら、どうしていいかわからないが、神月がそう言うなら目指す場所は遠くないのだろう。

「しかし、もしダメだと言われたらどうするつもりだったんだ?」
「そこは考えてません。でも、どうにかします」
「ハハッ、そうだな。どうにかするしかないよな。よし、じゃあまずこれからだな」
「はい」

 たどりついた部屋のドアを二人は勢いよく開けた。

「よう、先生? 俺の力也よけいなちょっかい出してくれたみたいじゃねぇか。ってか、仮にも医者が入院中のSubに手をだしていいと思ってんのか?」
「あれは事故なんだ!」
「はぁ? その事故はお前の所為だろ。そんなこともわかんねぇのか、どうしようもねぇな。
そんなこともわかんねぇのに、そんな力持ってんのがおかしいんだよな。もう二度とSubに迷惑かけないよう、俺が消してやるよ、喜べ屑」

 そう言った次の瞬間、膨大な攻撃力と支配の熱された油のようなグレアが医者の男に降り注いだ。

 少しして、力也のいる病室のドアが開いた。番人のように、入り口付近の椅子に座っていた氷室が見るとそこにはジュースとお菓子を持った冬真がいた。

「氷室さん、見張りありがとうございました」
「終わったのか?」
「はい、ちゃんと始末つけて来たんで、もう大丈夫ですよ」

 そう言いながら部屋の中に入った冬真は、氷室にジュースの一つを渡した。

「力也は?」
「寝てる」

 力也と孝仁の為に買ってきたお菓子とジュースを持ち、ベッドへ近づく。そこには安らかな寝息を立てる力也とベッドに伏せるようにして眠る孝仁がいた。

「パラダイス」

 あまりの癒やされる状態に、冬真は思わずそう呟いていた。買ってきた物をその辺にそっと音を立てぬように置き、スマホを取り出す。

「おい」
「お願いです。黙っててください氷室さん」

 呆れかえった氷室の突っ込みでは夢中でシャッターを押す、冬真を止めることはできなかった。

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