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第六十七話【同調】後

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 ダイナミクスについて多くのことを教えてくれる王華学校だが、それでもうまく教えられないことがある。それは本当に心通わせたDomとSubの間だけで起こる現象や、精神的肉体的効果などだ。
 これだけは実際に体験させることも見せることもできないし、口頭で説明するだけでは信じがたいことがある。
 中には、しっかりと思いを通わせたパートナー通しでも経験しないこともある。かならず経験できる事でも、かならず起こることでもない。
 実はグレアシールドもその一つだと言われる。冬真も神月達も普通にできていたが、あれはグレアのコントロールが完璧で、更にSub側もそれを理解し、絶対の信頼を置いていないと難しい。事実、冬真の友人の中でもうまくできない者もいる。
 冬真も相手が力也だから、たった一年足らずでここまでできるようになったとも言える。
 それでもまだできないことも意識できないこともある。それはゆっくり手に入れていけばいい、別に急ぐ必要はないと思っていた。

「じゃあ、りっくんそんなに怒られなかったんだね? よかった」
「ご心配おかけしました」
「ううん、俺の説明不足だったよね。ごめん」

 孝仁とマコと結衣、それと力也の四人は、ベランダでワイワイと話をしていた。室内ではセットの最終確認が行われている。
 今回撮るのは、観光地の交番の配置された新人警察官の奮闘記だ。孝仁は主役の新人警察官を演じ、力也は犯人役のスタントともめ事を起こす観光客達の役を演じる。

「力也さんもうでれないんですか?」

 話を静かに聞いていた結衣に不安そうな表情で尋ねられ、力也は安心させるように笑った。

「いや、冬真がでていいって言ってくれたからでれるよ」
「よかった」
「えー、それ僕は聞いてないんだけど?」

 お説教は冬真に任せたが、その後の流れについてを聞いていなかった孝仁は不服そうに力也を見た。

「すんません。ダメですか?」
「ネット配信の力也君可愛すぎるんだもん」

 楽しそうだった力也の様子を知っているから強くは言えないが、どうしても焼き餅を焼きたくなってしまう。

「今度はしっかり気合い入れるんで」
「それはそれで頑張ってるって言われそうなんだけど・・・・・・」

 あのテンションのDom達相手では頑張って気合いを入れても、可愛いと騒がれる想像しかできない。

「やっぱダメですか」
「もう、そこまでやりたいなら止められないじゃん」
「すんません、ありがとうございます」
「ただし、出るときは必ず前もって連絡してよ?」
「はい」

 孝仁からみてもネット配信に参加していた力也は普段と違い、初々しい感じが新鮮だった。あの姿を見られるのは嫌だが、見ることができないのも嫌だと思えた。
 結局、冬真と同じ結論を出すことしかできなかった。

「今度はなにをやるとか決めてるの?」

 とりあえず、何をやるかだけでも聞いておこうと尋ねると、もう既に決めてあるらしく、マコはすぐに答えた。

「今度は結衣も入れてちょっと話しながらジェンガでもやろうかなって」
「ジェンガ?」
「うん、りっくん知らない?積み重ねた木の棒みたいなの、抜いてくやつ」

 木の棒を積み上げて、抜くと言われ思いついたのはたき火の様子だが、おそらく違うだろうと力也は首を傾げた。

「孝仁さんと結衣もわかります?」
「わかるよ? 力也君も実際みればわかるんじゃない?」
「私も何度かマコさん達が誘ってくださったのでやったことがあります」

 どうやらメジャーな内容のらしいと、力也は記憶を探った。調べればわかるかもしれないが、実のところ友人と遊ぶこともあまりなかったので、もしかしたら全然わからないかもしれない。

「まぁいいか、初めてでもなんとかなりますよね」
「なるなる。むしろいい反応期待しちゃう」
「えー、それじゃまた力也君のファン増えちゃうじゃん」
「ファンって・・・・・・」

 そんなのはいないと思うのに、なぜ冬真も孝仁もいることを前提で話すのだろうか。どう考えても、美しい顔立ちの二人が並んでいるのだからそちらに行くだろうに。

「そうだ。その次でいいから今度はもっとSubの人数増やしてよ」
「人数?」
「うん、もっと多くなればみんなあっちこっち見るでしょ?」

 確かに多ければ興味が集中することなく、それぞれ好みのSubを見るだろう。しかし、人数が増えると纏めるのも話の進行も難しくなってくる。

「うーん、Subが沢山集まってる場所とかあればなんとか・・・・・・」
「それなら料理教室は?」
「確かにそれなら、Subばかりですね」
「料理教室なら何をするかとかもいらないし、いいね!」
「料理教室って何?」

 盛り上がる三人とは違い、料理教室について知らない孝仁の疑問に、力也は料理教室のきっかけから詳しく説明することになった。

 今日予定していた分の撮影が終わり、次の日の撮影に備え力也と孝仁は、吊り橋の上に立っていた。

「高い! 怖い! 揺れるし!」
「孝仁さん大丈夫ですって」

 がっしりと腕を捕まれたまま、力也は橋の下を流れる川をチラリと見た。深さは十分、危険そうな岩も見えない。これなら問題なくうまく落ちることができるだろう。
 
「ちょっ、力也君そっち行かないで」
「すみません、ちょっと確認しておきたくて」

 もう少ししっかりと見ておこうと橋の欄干に寄れば、孝仁に止められてしまった。吊り橋とは言え、下が透けているわけでも人一人しか通れないほど細いわけでもないのに、高所が苦手な孝仁からすれば高いだけで怖いのだろう。

「孝仁さん、一回戻りましょう」
「う、うん」

 ハラハラと見守っているマネージャー達のところまで、力也は孝仁を連れ戻った。その上でもう一度、一人で橋の上に来る。
 台本ではここで孝仁演じる警官に追い詰められた犯人は、止められるも自らその手を振り払い自ら川に身を投げる事になっている。

(ここでもみ合って、欄干を乗り越えて下へ・・・・・・)

 飛び降りる時の体勢と位置を確認し、元に戻ろうとしたその時強い風でグラリと橋が揺れた。思わず欄干に捕まり、風をやり過ごした。

「おっと」
「力也君! 大丈夫!?」
「大丈夫ですよ」

風はすぐにやみ、片手をあげると力也は心配そうにしている孝仁へ向かい手を振った。

「早く戻っておいで」
「はーい」

 言われるまま、戻ろうとする力也の瞳が、一際深そうな淵を捕らえた。

(あそこならどんな風に落ちてもどうにかなりそう)

「力也君ってば!」
「はーい! 今行きまーす!」

 再度呼ばれ、力也は欄干から手を離すと、孝仁達の方へ向かい不安定な橋の上を走り出した。

 別荘の中には大浴場だけでなく、数人で入れるほどの家族風呂のような浴室もあった。その中の一つ、夜空を眺めることのできる浴室に力也と孝仁、結衣とマコの姿があった。

「もう力也君たら、心臓止まるかと思ったじゃん」
「すみません、急ごうと思って」

 危ないから戻ってこいと言っているのに、走り出した力也の姿に驚いたのは孝仁だけではなかった。邪魔にならないように少し離れたとこで見ていたマコと結衣も同じだった。

「力也さん、怖くなかったんですか?」
「川がどうなってんのかわかんねぇ方が怖いって」
「それにしても、心臓に毛が生えてるんじゃないの?」
「毛?」

 マコに言われ、思わず視線を下の方へ動かした力也は思い出したように呟いた。

「そういえば、冬真にまた剃って貰わないと・・・・・・」

 その事でどこの事を言っているのかわかった孝仁は、なんとも言えない顔を浮かべた。力也が剃っているのは、わかっていたが、そんな具体的な内容まで知りたくなかった。

「冬真君の変態」
「あ、違うんですよ。元々俺が剃ってて冬真がそれを手伝ってくれて」
「でも剃ったんでしょ?」
「はい」

 繰り返し尋ねられ、初めて剃って貰った時のことを思い出し、恥じらいながらそう答れば孝仁の顔が更にゆがんだ。

(しまった) 

 そう思うも、既に遅く不機嫌をありありとアピールする孝仁の姿に、力也は必死に思考を働かせた。

「孝仁さん、お背中流しましょうか?」
「背中はいい」
「すいません」
「頭洗って」

 完全に怒らせてしまったかと思った力也だったが、続くその言葉に嬉しそうに元気に返事をした。

 その日の夜はまるでお泊まり会のようだった。マコと結衣は風呂の後も、部屋に来て四人でなんだかんだと話して盛り上がった。
 冬真の話には、孝仁も仕方なさそうに応じてくれて気づけば明日の撮影に差し支えそうな時間にまでなっていた。

【楽しんでるか?】
【楽しんでるよ】
【よかった。明日も怪我に気をつけて楽しめよ】
【うん、おやすみ】
【おやすみ】

 寝る前に、そう冬真からのメッセージに返事を返すと、力也は明日の撮影に向けて目を閉じた。

 次の日、昨日と同じ橋の上、衣装を着た孝仁と力也はいた。既に犯人役と孝仁のシーンは撮り終わっている。後は、スタントマンの力也と孝仁がもみ合い落ちるシーンを撮るだけだ。

「やめるんだ!」
「離せ!」

 力也の声は編集で消されてしまうが、雰囲気を出すためもみ合いながらそう言い返し、力也と孝仁は位置をずらしていく。

(よし、もうここで・・・・・・)

 孝仁を振り払おうとした瞬間、大きく風が吹いた。グラリと大きく橋が揺れ、力也は思わず孝仁を安全な方へと突き飛ばした。

(まずい)

 欄干の近くで体制を崩してしまい、力也の体が欄干に背中から触れた。

「くっ!」

ドボーン! 大きな音と、水しぶきが上がった。
 体制を直そうとするも間に合わず、力也は撮影陣と孝仁や結衣とマコの目の前で遙か下の川に勢いよく落ちていった。
 あっという間のその事態に、誰もが声を上げずに動けぬ中、慌てて起き上がった孝仁は欄干へとすがりつく、下をのぞき込み、ガクッと膝を落とした。

「くっそ、なんで・・・・・・」

 今だ揺れる吊り橋の上、あくまで役を崩すことなくそう泣き崩れた次の瞬間、大きな声でカットの声がかかった。

 不意に頭が揺れた。同時に目の前が暗くなり息が苦しくなった。

「冬真さん?」

 打ち合わせの最中だった冬真は、急に襲ってきた不調頭を抑えた。どうかしたのかと不思議そうなマネージャーの声に応えようとするも何故だろう、うまく息ができない。

「どうなさいました?」

 返事を返そうと苦しいなか必死に息を吸い込む、まるで必死に酸素を求めるかのように、息を吸い込んだ。
酸素を逃すまいと息を吸ったその瞬間、“冬真・・・・・・”そう呼ぶ力也の声が聞こえた気がした。

(力也?)

 ドクドクと心臓の音がうるさくなり、次の瞬間冬真は意識を失っていた。
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