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第六十四話【嬉しい言葉】中

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 久しぶりに昔関係のあったDomと出会い、予想外のゴタゴタに巻き込まれた後、何故か冬真は来た道を戻り始めた。
 どこか行く予定があったのだと思っていた力也は不思議に思うも、先ほどの事もありなんとなく聞きにくい。

「冬真・・・・・・」
「まったく、どいつもこいつもろくでもねぇな」

 ためらいつつ話しかけるとそれを遮るように、冬真は愚痴を言い始めた。

「マジ、Dom全員一回王華学校の講習会受けさせた方がいいと思うんだよな。それも強化合宿ってか修行」
「修行?」
「そうそう、寺に泊まって徹底的にやられるやつ」
「冬真もやった?」

 力也のその問いかけに、冬真はその時の事を語った。
 王華学校の一年の初めての夏休みの初日に、強化合宿として全員強制参加で寺に連れて行かれた。明日から夏休みだと浮かれたその日、その気持ちをぶち壊され、初日の朝早くからたたき起こされ寺まで連れて行かれた。

「そっから、寺の掃除に写経、山登りに、座禅、マジ鬼かと思った」
「うわっ、キツそう」
「一番最悪だったのは、Subの関係の物を取り上げられたことだな。連絡先交換してても、連絡禁止だし、写真も、本もダメ、妄想も気づかれたらカツ入れられるし」

 座禅中など、無心になっていないと思われた瞬間、打たれた。自分の欲をコントロールできてないと見なされ、容赦なくたたかれた挙げ句にお礼を言わなくてはならない。
 さすがに不満しか感じなかったが、おかげでたった数日で驚くほどコントロールできるようになった。
 思えば、あれはSubの置かれている状況を知る上で必要なことだったのだろう。キツく、苦しい事をされているのにお礼を要求されるSubの視点を、それに近い形に追い込むことで教えていたのだ。

「それってSubは受けないのか?」
「受けるわけねぇじゃん。あとから聞いたらSubは普通にのんびりしてたって」
「うっわ、それ八つ当たりとかありそう」
「そう思うだろ? それがな、その辺もちゃんと考えられてて合宿の最終日にSubの子たちとプライベートビーチで遊べるってのがあんだよ。そこでいつもよりたくさんSubと遊べるから、結局それでチャラって感じ」

 疲れ切って、精神的に限界に近づいた合宿最終日に海に連れていかれ今度は何をさせられるのか、砂にでも埋められるのか遠泳でもさせられるのかと思ったらそこにSub達がいるのだ。
 疲れ切った自分たちを労り、ほめたたえ、心配するその優しさに涙さえ流す者も少なくはない。

「あの時はマジ天使に見えるんだよな。今も同じだけど」

 そういうと冬真はとろけるような笑みを浮かべて力也を見た。そこには先ほどまでの空気はどこにもなく甘さしかない空気が漂っていた。

「俺は違うだろ、今も冬真にいやな役を任せちゃったし」
「そこは向き不向きってやつだって、あの子助けた力也かっこよかった。Good Boy」【よくできました】

 自分のSubの昔の相手とか顔を見るのも話を聞くのも嫌だろうに、それを責めることもなく、人助けだと捉える冬真に胸が痛くなる。
 申し訳なくて、それでもうれしくてどうしたらいいのかわからない。
 そっと体を寄せれば、抱きしめ気にすることはないと背中をたたいてくれた。

「あの子助かってよかったな」
「うん」
「あの男はマジ最低だけど」
「……うん」

 一瞬遅れて頷けば、ガシッと両手で顔をつかまれた。先ほどまでとは違い問い詰めるような不機嫌そうな瞳が力也をとらえる。

「最低最悪だったよな?」
「うん」
「二度とあんな奴の相手したくねぇよな?」
「うん」
「俺の方がマシだよな?」
「冬真とは比べ物にならねぇよ」

 勢いに押されるように返事していた力也のその言葉に、冬真は歓喜したようにぎゅっと強く抱きしめた。いとしさを伝えるように愛情のグレアが漏れ出す。

「今回のであいつも思い知って変わるだろうと思うけど、それでも冬真とは比べものにならねぇし、俺はどんなDomより冬真を選ぶ」
「ほんと、お前俺を喜ばせるのがうまいな」
 
 抱きしめるだけでは止まらず、独占欲を示すようにCollarにキスをすると、冬真は体を離した。

「これで、これはチャラだな」

 そう言って冬真が見せたのは、すでに開演時間が過ぎたホラー映画の予約画面だった。なんのことかわからず、じっと作品名を見た力也は日時を確認したちまち顔色を変えた。

「え? これ今日!? もう始まってんじゃん!」
「そう、決死の想いで予約したのに、無駄になったやつ」

 やっとどこにいこうとしていたか理解し、焦る力也に苦笑を返すとスマホを手渡した。作品情報を開き、あらすじを開く。

「お前好きそうだからチェックしてたんだよ」

 よりにもよって嫌いなホラーを頑張って予約してくれていたのに、自分の所為でダメになってしまったと聞いて申し訳なさが心を襲う。

「ごめんなさい、せっかく・・・・・・」
「いいって、実は結構ビビってたし」

 最悪な形で没になってしまったのに、そうやって冗談を交ぜて笑ってくれるとほっとすると同時に心が痛くなる。

「ごめんなさい」
「だからいいって、力也に甘える口実が一個なくなっただけだし」

 そう言われ前回ホラー映画に付き合ってもらったときのおびえた様子を思いだし、思わず笑みが浮かぶ。しょげていた力也の表情が変ったことに、冬真も安心したように頷き頭をなでた。

「なんなら今度レンタルすればいいし」
「そうだな。・・・・・・って冬真本当に映画行くつもりだった?」

 渡されたままの冬真のスマホをいじっていた力也が、何かに気づいたように聞き返してきた。その瞳は上映スケジュールと冬真の顔を行ったり来たりしている。

「予約とってんだからそりゃそうだろ?」

 先ほどまでの話の何を疑っているのかと、いぶかしげな表情を浮かべた冬真に、力也は上映中の作品の一つを選び見せる。

「本当に!?」
「・・・・・・あ・・・・・そういやそうだった」

 そこに表示されているのは、この前完成披露試写会を開いた【怪盗と探偵と忍者】の作品名と多くの上映時間の表示だった。その上映時刻は冬真が予約していたホラーの上映時刻と重なっていた。

「まさか忘れてた!?」
「やってるのは覚えてたんだけど、予約とるのに必死で・・・・・・忘れた」

 詰め寄られ、視線を背け、頬をかくその様子に力也はため息をはいた。前から思っていたが、冬真は有名人としての自覚が足りない。

「ほら、タイミングによっては気づかれないかもしれねぇし」
「これでも?」

 見せられたのは、冬真も見覚えのある映画のポスターだった。そこには主役三人の他に愛波と冬真の顔もしっかりと載っていた。

「世の中、そんな鈍感で分別のある人ばっかじゃないから、大騒ぎになるにきまってんだろ」
「・・・・・・ごもっともです」

 こんなことがなければ、なにも考えずに映画館にでかけ大混乱を引き起こし、事務所や力也だけでなく孝仁や将人、翔壱にも迷惑をかけたかもしれない。自分のうかつさに、今更ながらに気づき、申し訳なさそうに笑う。

「いや、マジそれだよな。いけるわけねぇって考えればわかることなのにな」

 完全に頭から抜けていたことが恥ずかしく、ごまかすように笑う冬真の様子にもう一度大きなため息をついた。

「あんなことに巻き込まれたおかげなんて思いたくないだろ?」
「だよな。悪い、ちゃんと今度からその辺も見るから」

 冬真は笑いながらも両手を合わせ、許しをこう。いつの間にか二人はさっきまでとは逆の立場になっていた。図らずも面倒ごとに巻き込んでしまい申し訳なく思うSubと、それを優しく許すご主人様だったのが、頼りないご主人様を叱る状態へ変っていた。

「孝仁さんに話してもいい?」
「え? ・・・・・・それ、絶対呆れられるだろ。ってかなんで」
「冬真の面白いエピソードがあったら教えてほしいって言われたから」

 少し前まで冬真の話をすると不機嫌そうになっていた孝仁が、興味を持ってくれたのか最近面白エピソードを聞いてくれると力也はどこか楽しそうだった。

「絶対笑いのネタにされまくる!」
「話さない方がいい?」
「・・・・・・話していい」
(どっちなんだよ)

 すごく嫌そうにしながらも、話すのを許可した冬真に、なんとも言えない表情を送るがそれでも許可するならいいかと話すことにした。

「明日会うからちょうどいい」

 確かに恥には違いないが、かわいい力也と尊敬する孝仁さんの笑いの種になるなら、喜んで恥をさらそうと腹をくくる。
 しかし、それが孝仁だけでなく将人や翔壱にも伝わり三人に呆れられ、怒られることになることをまだ冬真は知らない。
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