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第六十三話【過去の】中
しおりを挟むよく結婚式は花嫁が主役で、花婿は添え物だと聞く。結婚式場も、ドレスも、どんな内容にするかも花嫁が決める。中には花婿が決めることもあるらしいが、結婚式のCMはどれをみても女性向けに作られている。
男の冬真からみても、それでいいと思う。別に男が決めても女性の好み通りになればいいが、外す可能性を考えれば任せた方がいい。
女性と結婚をする予定のない冬真が言うのもなんだが、花嫁最優先でいいと思うし、その方がいい。テンションがあがった男は周りが見えなくなりがちだし、花嫁の希望を叶えられなければずっと花嫁は引きずるだろう。
それぐらいなら、任せた方がいいし、なんなら他の重要な決定権も譲った方がいいと思えた。
そもそも冬真たち王華学校のDomはSubだけを特別視していると思われがちだが、女性優位の考え方だ。ダイナミクスを持たなくとも、いつかかわいいSubを産んでくれるかもしれないし、威張りくさった男性はDomの領域を侵す。
冬真たち王華学校のDomの中では、守らなくてはならないほど弱く、尽くしてくれる対象ほど大事だった。つまり、優先順位は一番がSubで次が女性と子供、そして一番どうでもいいのが自分中心に動く男だ。特に、立場が弱い者にあたりがキツイ者など、問題外だ。
だから、結婚式に限らず、その後の生活も女性優先でいいと思っている。
では、冬真がやろうとしているクレイム式はどうなのか。
クレイム式の主役はDomとSubのどちらかと聞かれれば難しいだろう。ご主人様であるDomの考えが全てだと思われるかもしれないが、冬真たちからすればそれは恥だ。
Subのことを考え、優先できるのは余裕があるDomの証拠で、それができなければ情けない。
それでもクレイム式の場合多くを決めるのはDomだ。故に、いかにSubのことを考えたことができるか、どれだけの愛情を示せるかを見せる場所になる。
力也とのクレイム式も近づき、今日はDomとしての先輩からのアドバイスをもらおうと冬真は友人彰の店にカウンセラーの青木と共に来ていた。
「ということで、結婚式みたいにケーキいれてもいいかなって思うんですけど、青木先生はどう思います?」
「あー、確かに力也君甘党だからね。大きいケーキとか喜びそうだね」
「でしょ? 大きなケーキとか食べる機会ないし、母さんにも分けといて持ってきてもいいし」
ケーキ入刀をするわけではないが、愛しのSubの好物なら是非用意して喜ばせたいと冬真は息巻いていた。
「力也君はなんて?」
「まだ言ってないんすよ。どうせなら驚くとこみたくて」
どれだけ喜ばせられるか、どれだけの幸福を引き出せるか、自分のDomとしての心構えを見せなくては開く意味がないとさえ思っていた。
「青木先生の時はどんな感じだったんですか?」
冬真の問いに、青木は当時のことに想いを馳せるように微笑んだ。大切な記念日のことはもちろん今もしっかりと覚えている。
「私の時は、相手が女性だからね。結婚式に近づけて衣装もウェディングドレスだったよ。もう15年前になるけど、懐かしいよ。その時は彼女の知り合いが務めていたホテルを使わせてもらったんだ。それこそ、ケーキも用意してもらってね、彼女には驚かれたけど指輪も用意したんだ」
「ってことはお任せだったんすか?」
「と思うだろ? でも彼女の方が恥ずかしがっちゃってね。私と年の差があるからと、普通でいいとか、大人しくでいいからと、なかなか本当の希望を言ってくれなくてね。仕方なく私が勝手に決めるからそれを受け入れるようにと言ったんだ。おかげで、私は必死に女性用のウェディング雑誌を読みあさることになってね、ある意味大変だったよ。主導権を握ったのに、喜ばせられなかったら事だからね。その結果もあって泣いて喜んでくれたし、今も写真を大事飾って、よく思い出話もしてくれる。もう思い残すことはないと言われたときは、こっちの心臓が止まりそうになったけどね」
当時すでに50歳に近い歳だったパートナーからすれば、結婚式どころか結婚もクレイムも諦めていたのだろう。それが二十以上も違うDomに見初められて、もう目の前にある老後を見守りたいと言われ、さぞ混乱していただろう。
それでもただの気まぐれだと思っていたら、大学を出て就職した青木はすぐにプロポーズをした。その熱意と想いに負け、いつ気変わりをして捨てられてもいいと想い受け入れたのに、盛大に結婚式のようなクレイム式を挙げられ、嬉しいやら恥ずかしいやら、感情がごちゃ混ぜになったと今でも言っている。
「はははっ、青木先生も必死だった時があるんすね」
「当時はまだ大学出たばかりの若造だったからね。彼女に釣り合うのは無理でも、頼ってもらえるように必死だったよ」
いまでは、Subの保護施設に勤め、ダイナミクスを持つ人々のカウンセラーとしても活躍し、彼女だけでなく他のSubにも頼れる存在となった。
「彼女が私を成長させてくれて、今も成長させてくれている。私は彼女とパートナーになれ本当に幸せだよ」
「俺も力也に出会って急激に成長した気がします」
「そうだね。冬真君はきっとまだまだ成長するよ、私はそう思う」
その時カランと店の入リ口のベルが鳴り、待ち合わせしていた神月が結衣を連れて入ってきた。
「傑さん、お疲れ様です」
「お久しぶりです。神月先輩」
すぐに立ち上がり、姿勢を正した後輩二人にあいていた方の片手をあげ、合図をするとこの店のオーナーの彰へ視線を向けた。
「俺はホットコーヒー、結衣には小さめのパフェと水を」
「かしこまりました」
カウンターの向こうで、話に聞き耳を立てていた彰は背筋を伸ばし、それでも緊張した様子はなく応じた。神月は力也が結衣から不満を聞き出した後も、結衣を連れて二度訪れている。
一度目は途中、つがいのSubから風邪を引いてしまって子供の迎えに行けないから助けてほしいと言われ、滞在時間は短かったがその代わりにとスイーツを持ち帰っていた。
二度目は、ついこの間。力也たちからこの店独自のメニューがあると聞いた結衣におねだりされ、シェアを体験した。
冬真と青木のいる席に着くと、結衣をSubようのクッションへ座らせ、冬真たち二人にも席についていいと促した。
「それでクレイム式の準備はどこまで進んでいるんだ?」
「招待客と日にち、場所は決まっています。あとは力也の衣装も考えていて、俺はできればこれとこれを着せたいんですけど」
そういって冬真が見せた写真に、神月と青木は予想はしていたとばかりに頷いた。
一つは王華学校の生徒たちの間では人気の、上半身は着物風の服とぴったりとしたズボンを合わせた物、もう一つは女性ものではあるがシンプルな黒地に流線模様がある着物だった。
「いいと思うよ。両方とも似合いそうだ」
「これはもう話はついているのか?」
「キープしてあるんで、大丈夫だと思います」
「魅せはどうするんだ?」
「そっちはこれで」
そういって、冬真は【魅せ】と呼ばれるクレイムの最中でSubの体を見せるときに使う服を見せた。ベスト風の大きく背中と胸元、そして腹部もかなり見えているデザインのものだ。
「力也はいい体をしているから、見栄えがするだろうな」
そう肯定した神月の言葉に興味を持ったのだろう、先ほどまでスプーンで差し出されるままパフェを食べていた結衣がテーブルに手をかけ覗き込んだ。
「なんだ? 結衣も気になるのか?」
「結衣もみる? これ力也のクレイム式の衣装なんだけど」
高ランクのDomばかりで委縮していた結衣は、やさしい笑みを浮かべる三人の様子に頷き冬真が出す衣装の写真を見た。
「素敵」
「結衣もしたかったか?」
不安的な結衣の精神的負担を考えすぐに物にしてしまった神月は、そう尋ねた。
「あ、その……」
「結衣が望むなら、今からでも遅くない。俺は喜んで、予定を開ける」
口ごもる結衣の頭をなで、そう愛情を込めたグレアを送れば、その顔はすぐにうっとりとした表情へと変わった。
「うれしいけど、力也さんみたいに呼べる人いないし……それより、皆さんと一緒に写真が撮りたいです。少しおしゃれして……」
「わかった。今度みんなで写真を撮ろう」
嬉しそうな表情を浮かべる結衣の額へキスを送り、ポンポンと子供にするようになでた。そうすれば、気が済んだのか結衣は元の位置へと戻った。
「だいぶ慣れてきましたね」
「ああ、幼少期はいろいろと大変だったらしいからな。俺のそばで安息を得てくれているならうれしい限りだ」
「結衣さん、いい顔されてますよ。私が見てもそう思います」
「カウンセラーの太鼓判なら安心だな」
そう話をしながら、少しだけ残っていたパフェを食べさせると、最後に結衣の口元についていたクリームをなめとった。
そんなイチャイチャを見せられても、その場にいる冬真も青木も当たり前のように見守るだけで目をそらすこともしない。
どんなにベタベタしていても、DomとSubなら彼らにとって当たり前で目をそらす必要もない。
パフェを食べ終わった結衣は、誘われるように神月の膝へと頭を預けた。
「Dom側の見届け人は俺でいいんだろ? Sub側はどうなってる?」
「それは、俺の伯父さんのパートナーにお願いしてます。できることなら、力也の母さんも呼びたかったんですけど……」
冬真からチラリと視線を送られ、青木は飲み物を置くと首を振った。
「やっぱダメっすか」
「まだやっと君に慣れようとしているところだからね、出すわけにはいかないよ」
「ですよね。じゃあ、ケーキを持ってくことで我慢します」
もとより断られる前提で話していたのだ。残念そうにそうつぶやいた冬真の言葉に、神月は笑い声をあげた。
「ケーキってあれか? 力也が好きだからか?」
「そうですよ。大きいの用意するつもりなんで」
笑われても、堂々と自分のアイデアを自慢げに宣言する冬真に、神月はさらに楽しそうに笑った。
先輩Dom二人との話し合いを終え、冬真はスマホの時刻を確認し、少し前から計画していた内容で力也を喜ばせるつもりで電話を掛けた。
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