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第四十三話【多頭飼い】中

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 本日前半に予定していた分の撮影が終わり、一旦昼食の為休憩となり、力也たちはロケバスへと引っ込んだ。

「はい、孝仁さん、冬真」
「ありがとう力也君」
「サンキュー」

 お礼を聞きながら、力也は将人へも弁当を手渡した。今このロケバスにいるのは力也を含め六人だけだ。むろん、他にも役者もスタッフもいるのだが、六人のメインメンバーがバスに入ったことで遠慮したのか入ってこない。
 昼食の間に、各マネージャーが来たり、スタッフがきたりするので単に狭いと思っているだけかもしれないが。

「力也くんこっちおいでよ。唐揚げ分けてあげるから」
「力也、だし巻き卵食べるか?」

 最後に座る予定で立っていた力也は、孝仁と冬真に呼ばれ、戸惑い困ったように二人の顔を見た。

「どっちいくか賭けますか?俺は孝仁で」
「俺も孝仁」

 そんな三人の様子を見てそう、持ち掛けた将人に翔壱も応じた。二人とも同じで賭けにならない返事に、修二が冬真の名前を上げた。

「え……っと」
「力也、唐揚げなら俺がやるから」
「冬真君は先輩を立てるって言葉知らないの?」
「やだな、そのつもりで俺は言ってるんすよ。孝仁さんは椅子二つ使っていいっすよ」

 そんな二人の張り合いと間に挟まれた力也が、どちらを選ぶのかを見守りながら、他の三人はそれぞれ食事を始めた。

「孝仁さん、その……」
「力也君。実はね、僕おいしいプリンも持ってきてるんだ。一緒に食べよう?」

 少し考えた力也だが、やはり冬真の隣に行こうかとしたところで孝仁の言葉に足を止めた。プリンと聞いて、興味を持ったのか孝仁を見た力也は開いて、見せられたプリンと手招きにつられるように隣に座った。

「よし!」
「負けた」

 孝仁のガッツポーズに、座ってしまったと気づいた力也が冬真を見れば、拗ねたような顔を向けられた。無意識だったのだろう、気づくのが遅い。

「孝仁さん、それ反則っすよ」
「勝てば官軍、勝てればいいの」
「冬真、悪い」

 勝ち誇った顔をする孝仁にそれ以上言い返すこともできずにいる冬真へ、力也は椅子から身を乗り出しそう詫びた。

「はい、力也君からあげ」
「ありがとうございます」

 戸惑いながらも、差し出された唐揚げを受け取り、冬真をチラリとみると、冬真は弁当を開けるとだし巻き卵を差し出してきた。

「ほら」
「え?」
「あ、唐揚げもか」

 ついで、唐揚げも渡されまるで催促したかのようになってしまった事で、力也はしきりに冬真の顔を見た。催促するどころか、機嫌を取らなきゃいけない立場だというのに。

「食べねぇのか?」
「食べるけど……いいのもらっても?」
「孝仁さんのがあるから、俺のいらねぇってのか?」
「そうじゃなくて!

 貰うことに申し訳なさを感じていた力也だが、先ほどまでよりももっと不満そうな目を向けられ慌てて否定した。

「いいじゃん。貰っちゃいなよ」
「でも……」
「いいって」

 いつも通りの顔へと戻った冬真にそう言われ、戸惑いっていた表情は安堵に代わり、“ありがとう”と素直にお礼を返した。

「いただきます」

 力也はそう言うと、嬉しそうに弁当を食べ始めた。二人に甘やかされているのを感じながら、貰った唐揚げを食べていく。

「おいしい?」
「はい」
「そう、よかった」

 貰った唐揚げを嬉しそうに食べるその様子をにっこりと見つめながら、孝仁は頭を撫でた。

「お楽しみのところ邪魔するぞ」

 そう言ってロケバスに入ってきたのは力也のマネージャーの氷室だった。

「どうしたんすか?」
「いや、力不足で申し訳ないんだが例のあれ、やっぱりお前に出て欲しいって」

 はっきりと言わなくともどれの事か、力也はすぐにわかった。弥生とあんなことになってしまった為、氷室は弥生と重ならないようにスケジュールを調整してくれていた。
 Subらしさを増した力也を見たくて声をかけてきているならまだしも、弥生は力也をみたことでDomに目覚めてしまったのだ。これ以上刺激しないほうが得策だろうと、向こうのマネージャーも納得の上、スケジュールを調整していたが、プロデューサーから待ったがかかったのだ。

「そんな、むしろすみません。俺の所為で」
「悪いな、力也。こんなときこそ俺が代わりたいんだが……」
「修二さんも、そんなこと言わないでください」

 すまないと尊敬する先輩でもある二人に謝られ、力也は申し訳なさそうに慌てて手を振った。相手が相手だけに、代役として十分のはずの修二も今回だけは代わることはできない。

「先方が言うには、お前のイメージが丁度いいから変えたくないそうだ。ということで申し訳ないが、お前に頑張ってもらわなきゃならない」
「力也君」
「お手数かけてすみません。心配しなくても俺は大丈夫ですから……」

 その場の全員からの気遣いの視線を受け、困ったようにそう応じた力也の言葉に続けるように氷室が口を開いた。

「とお前は言うと思ったから、ご主人様の同行許可を取った」
「え?」

 咄嗟に話についていけず、聞き返した力也たちへと氷室は、胸を張って自慢気に宣言した。

「既にそっちのマネージャーとも交渉済みだ」
「……っしゃ! さすが、氷室さん!」
「頼りになる!」
「それなら大丈夫だな」
「よかったな。力也」

 その言葉に、一斉に車内は湧き、気転を効かせた氷室への賞賛に包まれた。

「冬真君、ちゃんと力也君守ってよ?」
「任せてください!」
「え……ちょ、そこまでしてもらわなくても大丈夫だって! 冬真だって仕事があるのに!」

 慌てて言い募る力也へ、冬真はまた始まったかと苦笑した。慌ててはいるが、この場にいる全員からの疑いの目線にも似たものを受けても、力也はひるむことも動じることもない。
 力也自身、本当に大丈夫だと思っているのだろう。通常、ここまで言うならば何かの対策があるのではと思い引く人もいるかもしれない。
 しかし、力也がそんなものを用意していることはないとこの場の誰もが確信していた。

「力也、俺じゃ頼りない?」
「何言ってんだよ!」
「俺、力也の傍にいたいのに迷惑か?」
「迷惑するのは冬真だろ!?」

 そう怒鳴るように返した言葉を聞いた瞬間、冬真の顔色が変わった。斜め後ろに座っていた力也の手をつかみ、椅子越しに自分のほうへと引き寄せる。

「迷惑ってなに? 俺がそんなこといつ言った?」
「お、おい」

 止めようと、する氷室の声を無視し、力也の両手首を掴み狼狽えるその顔を見る。

「俺はお前に迷惑かけるなって言った? 俺の手を煩わせないようにちゃんとしろって言った?」
「……言ってない。冬真は頼れって言ってくれる」
「わかってんなら、そんなこと言うなよ。俺、自分のSubを守るのは主人としての権利だって思ってんだから、守る役目奪わないで」

 至近距離で見つめられ、冬真に懇願されてしまい、静かに頷いた。強く強制するグレアを使われたわけでもなく、ただお願いをされただけなのに逆らえない。

「それともう一つ訂正するけど、俺お前に関われるなら迷惑とかねぇから。喜んで馬車馬でもするから、沢山使え」
「……ふふっ……わかった」

 冗談めかし、そう言うと額をコンと軽くぶつけてきた冬真に、力也は笑い返した。

「……もういいか、バカップル」
「すみません!」

 笑い声交じりのわざとらしい咳払いの後、そう尋ねた氷室の声に力也は慌てて体を離した。その瞬間、服の裾を強く引かれ、引き戻されるようにそのまま椅子へと座る。

「氷室さん、続けて」
「おう、さっきも言った通り同伴、じゃなくて同行の許可は取った。ただ、それは助け出すシーンを撮るときだけだ。力也には最低でももう二回は出てもらわなきゃならない」

 役を聞いた時にも思ったが、予想通り後々にも関わってくる役柄だったらしい。

「それって別撮りとかできないの?」
「残念ながら、会話がある」
「全部に俺がついてくのは無理なんすか?」
「流石に無理だそうだ。まぁ、いざというときは俺が力づくで盾になるから任せとけ」

 現役は引退したが、充分すぎるほどの迫力のある見た目の氷室のその心強い言葉に、孝仁と冬真は視線を合わせ頷いた。SubでもDomでもないUsualの氷室なら純粋に、力だけの勝負になる。弥生が例え高ランクのDomでも、迫力で言えば氷室のほうがずっと強い。
 支配や攻撃のためのグレアは、効かない、勝てないと思わせてしまえば途端に弱くなる。
 つまり、この場合氷室がいればほぼ負けることはない。

「さっすが盾系マネージャー!」
「むしろガードマン!」
「頼りになる」

 詳しい事情を知らない、将人や翔壱にまでそう言われ氷室は自分の胸を片手で叩き“任せとけ”と笑った。

「よかったね。力也君」
「お前も遠慮しないで力づくで抵抗しろよ?許可なら俺が出すから」
「僕の名前もどんどん使っていいからね?」

 自分を守るためならいくらでも利用してくれていいと示す冬真と孝仁や、庇うと明言してくれる氷室、更には将人や翔壱と修二も力也の味方だった。
 ここにいるのは純粋に、力也を想う人ばかり。力也はそんな皆の顔を一人ずつ見まわし、恥ずかしそうで、それでいてとても嬉しそうな笑みを浮かべた。

「ありがとうございます。すごく、心強いです」

 迷惑をかけるという謝罪ではなく、純粋なお礼に、皆は笑顔を返した。
 迷惑を迷惑と捕らえず、いつでも力になると言ってくれる人がいる。自由に動けないなら、きっかけに、自分の所為にしてくれていいと言う人がいる。
 体を盾にして守ってくれる人も、力を貸せないことを気にしてくれる人もいる。
 尊敬できる人々、愛情を一心に送ってくれるご主人様、こんなにも恵まれたSubが世界にどれだけいるのだろうか?
 いままで頑張ってきたからなどとは力也は決して思わない。
 力也にとってそれは、過ぎた恵みのように与えられた幸福だった。

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