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第三十六話【手を伸ばせば】後
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彼の持つスマホが不意に鳴る。画面に映し出される非通知の表示に、恐る恐る通話に切り替えた。
通話に切り替えたのに、電話の向こうからは何も聞こえない。不思議に思いながらも電話を切ろうとしたその瞬間、彼の背中が押された。
ガタガタガタ! 突き飛ばされ、倒れるその体、力也は非常階段の上から一気に転がり落ちた。いきなりのことに、柵に手を伸ばすこともできずに、ただのまるで物のように階段を転げ落ちる。
ドン! そしてその体は階段下へ叩きつけられた。ピクリとも動かない体、そして無残にも地面に打ち付けられた頭からは大量の血が流れ出る。
「キャー!!」
聞こえる女性の悲鳴、何事かと集まった野次馬の騒めきが徐々に増える。それでもその体は動くことはない。
「カット!」
その声が聞こえ、力也は跳ねるように起き上がった。頭から真っ赤な血を流したまま、その場から離れ椅子に座る。
「お疲れ。はい、これ」
「ありがとうございます」
気心の知れたマネージャー氷室がすぐに差し出してくれたタオルを手に取ると、頭の血ノリを拭いた。
「相変わらず、いい落ちっぷりだった。痛いとこないか?」
「大丈夫です」
「ならいい。しかし、本当にお前が辞めないでいてくれてよかった。特定のDomと仲良くなったって聞いた時はもうだめかと思ったが」
そういう彼も元スタントマンだ。仕事中に足を怪我してしまい、それ以来スタントはできなくなってしまったがその代わりと言うように、マネージャーとして働いている。
力也とはこの業界に入ってからの付き合いだ。元は修二のマネージャーだったが、力也を掛け持ちするようになり、一連の出来事で翔壱のマネージャーが修二も受け持つようになったら力也に移った。今は力也の他にも新人のスタントマンの面倒を見ている頼りになる人だ。
「もう、それ何回目ですか」
「だって、Domってのは独占欲が強いっていうし、こんな仕事続けるとか許してくれないんじゃないかと思うだろ?」
「修二さんだって続けてたじゃないですか」
「あれは、トレーナーだったからだろ」
とはいうが、力也も心配される意味はよくわかっていた。いくら気を付けていても危険が耐えないのがスタントマンという仕事だ。特定のDomの物となれば、その体はDomの物となりどんなに続けていたいことだろうが、時には辞めなくてはいけなくなる。
力也もそれは覚悟していた。しかし、その場合借金だけが残ってしまうからなんとか続けられるように交渉はしてみるつもりでいた。
「お前が辞めたら、俺の受け入れ先がなくなるだろうが」
「氷室さん他にも受け持ってるじゃないですか。俺がいなくても大丈夫ですって」
「お前はそう言ってくれるけどな」
本気でそう疑わない力也の言葉に、氷室は苦笑し自分の失われてすでに年月がたった右足へと視線を移した。そこには日常生活に支障がないように、義足が嵌められている。
最初この義足をはめた時は、また動けるようになると喜んだ氷室だったが、元のようにとはとても行かず、自由に動けるとはとても言えないと思っている。
「しかし、本当に大丈夫なのか? 逐一教えてないんだろう? 見た感じ割と構うタイプだと思ったが」
「はははっ、割とどころか凄くです。一々大げさに大騒ぎして止まらないんですよ」
そう言いながら力也は誕生日のことを思い出していた。誕生日祝いに甘やかしたいと大騒ぎし、あんなプレゼントと濃厚なPlayとSexをしてもらったのに、まだ足りないと更に大騒ぎして苦手なホラーを見るとまで言いだした。
普通甘えるほうが足りないと騒ぐ側なのに、甘やかす側が駄々をこねるというあの矛盾、いま思い出しても笑いしかでてこない。
「なら余計だろ。危険だからやめろとか言われないのか?」
「冬真は俺がこの仕事気に入ってるのわかってくれてるみたいなので、それに……」
力也はそう言い、手にしていたペットボトルの水を一口飲んだ。このことを思い出すと、どうしても顔がにやけてしまう。こんなだらしない顔を現場で浮かべるのは恥ずかしいと、一息つく。
「それに、冬真……言ってくれるんです。かっこいいって、ヒーローみたいだって、だから俺続けたいんです」
「そうか。ならより一層気を引き締めて演じないとな」
「はい」
全てを決められるというのに力也が好きに生きることを心配しながらも認め、素直な賞賛まで送ってくれるのだ。こんな幸せなことがあるだろうか。冬真は、力也がでる作品はチェックし、いつかのCMまでちゃんと残していた。
あるときなど、自分の出演した物の上に重ね撮りをしたのだ。それを知ったときには頭を抱えたくなった。一瞬しか映らないのに、もっと見るものがあるだろうと。
「なんか話を聞いていると、親バカみたいな内容だな」
「俺も最近思うんですよ。ペットが大好きな飼い主みたいだって」
実際、チラッと見せられたDomの友人とのやり取りなど正にそれだった。互いに己のSubの自慢をしあい、会話になっているようでなっていないやり取りが永遠続いていた。
「あー、SNSに自慢話をするタイプな、いるいるそういう奴」
「流石に、SNSには上げないと思うんですけど」
「そう思ってるのはお前だけかもしれないぞ?」
「やめてくださいよ」
笑い合っていれば、現場の監督が力也のことを呼んだ。タオルを返しながら、大きな声で返事をして走り出す力也を見送り氷室はスマホを開いた。
連絡事項を確認していると、新しい出演依頼が届いていることに気づく。
「氷室さん、この後ってまだ時間ありますよね?」
「あるよ、なに?」
こちらに戻ってこないまま、声を張り上げた力也に氷室は視線を移した。
「CGにしようか迷ってた。シーン頼みたいって言ってくれるんですけど」
「どんなの?」
「爆発する車から逃げようとして吹っ飛ばされるシーン」
「力也がいいなら受けていいよ」
「はい」
そういうと、改めて詳しい内容を聞き始めた様子に、熱心なものだと感心しスケジュールを確認していると少しして力也は戻ってきた。
「衣装チェンジするので着替えてきますね」
「ああ、その前にちょっといいか?」
「はい、なんですか?」
「お前いつの間に弥生君と仲良くなったんだ?」
先ほど送られて来た内容の中に、それほどスタントシーンでもなく本編にかかわってきそうな役に力也を名指しで指名してきた珍しい物があったのだ。もちろん、スポーツが得意な力也は色々呼ばれることがあるが、そのほとんどは知り合いからで、多くは氷室もわかっている名前ばかりだった。
「弥生君?なんでですか?」
「お前を名指しで指名してきているんだよ。警官役をやってほしいって」
「警官?」
「ああ、誘拐犯に攫われた弥生君を助ける役らしい」
「なら、突入と格闘シーンだけですね」
突入部隊として、突入し乱闘するシーンは何度もやったことがある。大概、窓を割ってだの、燃えさかる火の中犯人と格闘するシーンだの、スタントマンらしい内容だが、今回もその類だろうと思い力也は頷いた。
「いや、普通に話すシーンもあるらしい」
「え?それって結構大事な役じゃないですか。なんで俺を」
「だから聞いてんだよ」
なにか身に覚えはあるだろうと疑うような視線と共に、内容を見せられ力也は首を傾げた。
「と言われても、この前孝仁さんに呼ばれていったときにちょっと話しただけですよ?」
「そう言えば少し出たって言ってたな。その時に知り合ったのか?」
「はい、孝仁さんの控室に挨拶に行こうとしてたのを見つけて案内したぐらいです」
「ならそのお礼ってとこか」
お礼にしてはいい役だとは思ったが、まだ子役では適当な役の見分けがつかなかったのだろう。一度だけではなさそうな役だが、スケジュール的にも問題はなく、氷室は頷いた。
「ご主人様に顔出しNGとか言われてないよな?」
「言われてないっすよ」
「ならいいか。じゃあ、受けておく。着替えの邪魔して悪かった」
「いえ、よろしくお願いします」
そういうと、力也は着替えの為にロケバスへと走っていった。
それを見送り、氷室はスケジュールを見直した。実のところ、ここ最近力也を名指しする依頼が増えていた。元々、人当たりがよく使い勝手もいい力也は二度三度と呼ばれることが多かったが、それにしてもここしばらく呼ばれていなかった雑誌にも呼ばれている。
しかも、力也の苦手なインタビューもあるタイプだ。こういうのは向かないとわかっているはずなのに。
不思議には思うが、力也がやる気になっているのだから水を差すことはないと氷室はなるべく多く受けられるようにスケジュールを調整し始めた。
通話に切り替えたのに、電話の向こうからは何も聞こえない。不思議に思いながらも電話を切ろうとしたその瞬間、彼の背中が押された。
ガタガタガタ! 突き飛ばされ、倒れるその体、力也は非常階段の上から一気に転がり落ちた。いきなりのことに、柵に手を伸ばすこともできずに、ただのまるで物のように階段を転げ落ちる。
ドン! そしてその体は階段下へ叩きつけられた。ピクリとも動かない体、そして無残にも地面に打ち付けられた頭からは大量の血が流れ出る。
「キャー!!」
聞こえる女性の悲鳴、何事かと集まった野次馬の騒めきが徐々に増える。それでもその体は動くことはない。
「カット!」
その声が聞こえ、力也は跳ねるように起き上がった。頭から真っ赤な血を流したまま、その場から離れ椅子に座る。
「お疲れ。はい、これ」
「ありがとうございます」
気心の知れたマネージャー氷室がすぐに差し出してくれたタオルを手に取ると、頭の血ノリを拭いた。
「相変わらず、いい落ちっぷりだった。痛いとこないか?」
「大丈夫です」
「ならいい。しかし、本当にお前が辞めないでいてくれてよかった。特定のDomと仲良くなったって聞いた時はもうだめかと思ったが」
そういう彼も元スタントマンだ。仕事中に足を怪我してしまい、それ以来スタントはできなくなってしまったがその代わりと言うように、マネージャーとして働いている。
力也とはこの業界に入ってからの付き合いだ。元は修二のマネージャーだったが、力也を掛け持ちするようになり、一連の出来事で翔壱のマネージャーが修二も受け持つようになったら力也に移った。今は力也の他にも新人のスタントマンの面倒を見ている頼りになる人だ。
「もう、それ何回目ですか」
「だって、Domってのは独占欲が強いっていうし、こんな仕事続けるとか許してくれないんじゃないかと思うだろ?」
「修二さんだって続けてたじゃないですか」
「あれは、トレーナーだったからだろ」
とはいうが、力也も心配される意味はよくわかっていた。いくら気を付けていても危険が耐えないのがスタントマンという仕事だ。特定のDomの物となれば、その体はDomの物となりどんなに続けていたいことだろうが、時には辞めなくてはいけなくなる。
力也もそれは覚悟していた。しかし、その場合借金だけが残ってしまうからなんとか続けられるように交渉はしてみるつもりでいた。
「お前が辞めたら、俺の受け入れ先がなくなるだろうが」
「氷室さん他にも受け持ってるじゃないですか。俺がいなくても大丈夫ですって」
「お前はそう言ってくれるけどな」
本気でそう疑わない力也の言葉に、氷室は苦笑し自分の失われてすでに年月がたった右足へと視線を移した。そこには日常生活に支障がないように、義足が嵌められている。
最初この義足をはめた時は、また動けるようになると喜んだ氷室だったが、元のようにとはとても行かず、自由に動けるとはとても言えないと思っている。
「しかし、本当に大丈夫なのか? 逐一教えてないんだろう? 見た感じ割と構うタイプだと思ったが」
「はははっ、割とどころか凄くです。一々大げさに大騒ぎして止まらないんですよ」
そう言いながら力也は誕生日のことを思い出していた。誕生日祝いに甘やかしたいと大騒ぎし、あんなプレゼントと濃厚なPlayとSexをしてもらったのに、まだ足りないと更に大騒ぎして苦手なホラーを見るとまで言いだした。
普通甘えるほうが足りないと騒ぐ側なのに、甘やかす側が駄々をこねるというあの矛盾、いま思い出しても笑いしかでてこない。
「なら余計だろ。危険だからやめろとか言われないのか?」
「冬真は俺がこの仕事気に入ってるのわかってくれてるみたいなので、それに……」
力也はそう言い、手にしていたペットボトルの水を一口飲んだ。このことを思い出すと、どうしても顔がにやけてしまう。こんなだらしない顔を現場で浮かべるのは恥ずかしいと、一息つく。
「それに、冬真……言ってくれるんです。かっこいいって、ヒーローみたいだって、だから俺続けたいんです」
「そうか。ならより一層気を引き締めて演じないとな」
「はい」
全てを決められるというのに力也が好きに生きることを心配しながらも認め、素直な賞賛まで送ってくれるのだ。こんな幸せなことがあるだろうか。冬真は、力也がでる作品はチェックし、いつかのCMまでちゃんと残していた。
あるときなど、自分の出演した物の上に重ね撮りをしたのだ。それを知ったときには頭を抱えたくなった。一瞬しか映らないのに、もっと見るものがあるだろうと。
「なんか話を聞いていると、親バカみたいな内容だな」
「俺も最近思うんですよ。ペットが大好きな飼い主みたいだって」
実際、チラッと見せられたDomの友人とのやり取りなど正にそれだった。互いに己のSubの自慢をしあい、会話になっているようでなっていないやり取りが永遠続いていた。
「あー、SNSに自慢話をするタイプな、いるいるそういう奴」
「流石に、SNSには上げないと思うんですけど」
「そう思ってるのはお前だけかもしれないぞ?」
「やめてくださいよ」
笑い合っていれば、現場の監督が力也のことを呼んだ。タオルを返しながら、大きな声で返事をして走り出す力也を見送り氷室はスマホを開いた。
連絡事項を確認していると、新しい出演依頼が届いていることに気づく。
「氷室さん、この後ってまだ時間ありますよね?」
「あるよ、なに?」
こちらに戻ってこないまま、声を張り上げた力也に氷室は視線を移した。
「CGにしようか迷ってた。シーン頼みたいって言ってくれるんですけど」
「どんなの?」
「爆発する車から逃げようとして吹っ飛ばされるシーン」
「力也がいいなら受けていいよ」
「はい」
そういうと、改めて詳しい内容を聞き始めた様子に、熱心なものだと感心しスケジュールを確認していると少しして力也は戻ってきた。
「衣装チェンジするので着替えてきますね」
「ああ、その前にちょっといいか?」
「はい、なんですか?」
「お前いつの間に弥生君と仲良くなったんだ?」
先ほど送られて来た内容の中に、それほどスタントシーンでもなく本編にかかわってきそうな役に力也を名指しで指名してきた珍しい物があったのだ。もちろん、スポーツが得意な力也は色々呼ばれることがあるが、そのほとんどは知り合いからで、多くは氷室もわかっている名前ばかりだった。
「弥生君?なんでですか?」
「お前を名指しで指名してきているんだよ。警官役をやってほしいって」
「警官?」
「ああ、誘拐犯に攫われた弥生君を助ける役らしい」
「なら、突入と格闘シーンだけですね」
突入部隊として、突入し乱闘するシーンは何度もやったことがある。大概、窓を割ってだの、燃えさかる火の中犯人と格闘するシーンだの、スタントマンらしい内容だが、今回もその類だろうと思い力也は頷いた。
「いや、普通に話すシーンもあるらしい」
「え?それって結構大事な役じゃないですか。なんで俺を」
「だから聞いてんだよ」
なにか身に覚えはあるだろうと疑うような視線と共に、内容を見せられ力也は首を傾げた。
「と言われても、この前孝仁さんに呼ばれていったときにちょっと話しただけですよ?」
「そう言えば少し出たって言ってたな。その時に知り合ったのか?」
「はい、孝仁さんの控室に挨拶に行こうとしてたのを見つけて案内したぐらいです」
「ならそのお礼ってとこか」
お礼にしてはいい役だとは思ったが、まだ子役では適当な役の見分けがつかなかったのだろう。一度だけではなさそうな役だが、スケジュール的にも問題はなく、氷室は頷いた。
「ご主人様に顔出しNGとか言われてないよな?」
「言われてないっすよ」
「ならいいか。じゃあ、受けておく。着替えの邪魔して悪かった」
「いえ、よろしくお願いします」
そういうと、力也は着替えの為にロケバスへと走っていった。
それを見送り、氷室はスケジュールを見直した。実のところ、ここ最近力也を名指しする依頼が増えていた。元々、人当たりがよく使い勝手もいい力也は二度三度と呼ばれることが多かったが、それにしてもここしばらく呼ばれていなかった雑誌にも呼ばれている。
しかも、力也の苦手なインタビューもあるタイプだ。こういうのは向かないとわかっているはずなのに。
不思議には思うが、力也がやる気になっているのだから水を差すことはないと氷室はなるべく多く受けられるようにスケジュールを調整し始めた。
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