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第二十八話【生き生きしてる】後

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その後も、カランカランと幾度もベルが鳴り響き次々に客が入ってくる。どの客も、オーナーに説明を受け、冬真たちのほうをチラリとみると同じコースを注文していく。
 やがて、店の席は埋まり、あちらこちらから笑い声とともに普段の食事音とは違う音が流れ出した。

「力也、次何食べたい?」
「……」
「力也?」
「あ、ごめん。じゃあ、チーズ食べたい」

 すでにこの食事方法に慣れてきているのに返事が遅れた力也の様子に、少し違和感を感じながらも冬真はチーズを咥え力也へ差し出した。飴のような一口大のチーズを力也の口へと押し込み、口を離せば力也はがっかりしたようにそのチーズをモソモソと食べた。
 
「これじゃなかった?こっち?」

 いくつかの種類があったからもしかして他の味のチーズを食べたかったのかもしれないと、また他のチーズを咥え力也の前に持っていくと開けられた口の中へと押し込む。
 そうしてまた離せば、恨みがましい目線を向けられた。
 どうやらまた間違っていたらしい、冬真はチーズをチラッとみるも、間違ったからと言って怒るわけがないしと思いなおす。
 もう一度力也の目をみると、その目が少し悲しそうにみえた。

(もしかして…)

 キスを寸止めされているからそれかなと思うが、ここは外だし力也は人前のキスをねだるタイプでもないと思っていた。どちらかというと、冬真のほうがくっついていたいタイプで力也は自制することができていた。
 それなのに、力也はキスをしてもらえないことにショックを受けているようだった。軽いお預けのつもりだったのに、予想以上に効いているみたいだ。

「怒ってないって言ってたのに…」
「力也?」
「俺だけ…」

 悲しそうなその言葉でハッと気づいた。今この店の中では、みんながこれと同じものを注文し、口移しで食べさせている。それだけでなく、艶を帯びた息遣いと共にピチャピチャという舌を絡ませる音も聞こえてくる。店にいるDomは冬真と同じ学校を出た人ばかりで、自分のSubと思う存分キスできるこんな絶好の機会を逃すDomはこの場にはいない。
 なのに、他のSub仲間はキスしてもらっているのに自分だけしてもらえない、この状況が思いのほか堪えたらしい。

「おい、おい、かわいそうなことすんなよ」
「お前のキスなんかそんな大したもんじゃねぇだろ!」
「ちょっと、俺の店の印象悪くしないでほしいんだけど?」

 普段の様子からこれぐらいなら大したお預けにならないだろうと思っていた冬真へと、様子を見守っていた周りのDomたちからヤジが飛ぶ。笑いながら、飛ばされるヤジは全てが冬真への非難だった。

「みんな、してもらってるもんな~?してもらいたいよな?」
「ひどいパートナーだね」
「そんないじわるなやつ置いといてこっちおいでよ」

 一方、力也にかけられる声は如何にも、味方だと伝えたいと言う口調のものばかりだった。
 落ち込んでいた力也だったが、予想外のその状況に、戸惑い視線をキョロキョロとし始めた。

「え…?」
「ここぞとばかりにアピールすんな!」

 幾つかの席から手招きまでされ、いまだ混乱している力也の体を冬真はがっしりと抱きしめた。戯れの範囲だとわかっているので、グレアを出すことはないが、先ほどまでの冬真だけを見ていた力也を引き戻すように手に力をこめる。

「力也、いかないよな?」
「行くわけないじゃん?」

 一度にたくさんのDomから声をかけられたことで、相手を把握しようとしていただけだった力也は、冬真の言葉に笑った。

「よかった」

 冬真はにっこりと嬉しそうに笑うと、拘束されたままの力也の腕を掴み膝立ちの体制にさせると、自分の頭の上と持っていき、両手の輪の中に自分の体を入れた。急に近くなった冬真の顔を見つめる様子に微笑み、その顎へと両手を添え、上へと向かせ、唇を重ねた。
やっともらえたとどこかウットリとしながら、それを受ける力也の口を舌で押し開け、舌を差し込み絡ませる。
 お預けしてしまった分、舌を絡ませ、口内を舐め回す。吸い上げるように吸い、自分の唾液とたっぷり交わらせた物を力也の口の中へと返す。
 飲み干した力也へと、愛情を含んだグレアを送り、唇を離した。

「そんな効くとは思わなかった。ごめん」
「いい、お仕置きだったんだろ?」
「一応」
「一応?」

 確かにお仕置きとは言ったが、実のところはちょっとした悪戯のつもりだった冬真はごまかすように笑った。その笑い方から、真意に気づいた力也の顔が次第に険しくなっていく。

「こんなに効くとは思ってなくて…だからえーっと…」
「冬真、帰るなら料理の残り詰めてやろうか?」

 恥ずかしかったのもあり睨む力也へと困ったような顔を浮かべる冬真へと、オーナーから笑い声がかかった。

「頼む!」
「了解」

 なだめるように、両掌を力也に見せながら、それに答える。先ほどまで、冬真を非難するような雰囲気を出していた店内は今度は笑い声に包まれていた。
 即座に料理を持ち帰れるように詰めていくオーナーには見向きもせずに、力也へと冬真は笑いかける。

「ごめんって…」

 そういうも、表情を変えない力也へ、今度は耳元へ口を近づけその耳へと息を吹きかける。

「俺のキス欲しがってるの最高にかわいかった。ありがとう」

 その言葉に、表情を緩ませた力也へとさらに、コマンドを出す。

「力也、Kiss」【キスして】
「んっ」

 そういえば、首を傾げるようにしながら冬真の頬へと軽いキスをした力也へと、今度は“Good Boy”と褒めた。信頼するDomからの誉め言葉をなによりの喜びとするSubにとってはそれだけでもご褒美をもらえたようなものだった。
 単純なもので、それだけで機嫌が上昇し、力也はコマンドを出されたわけでもないのにもう一度今度は首筋へと口づけた。
 そうしている間に、残りの食べ物は持ち帰り用に包まれ、テーブルの上と置かれた。

「よし、じゃあ帰るか」
「これもうとっていい?」
「ああ、いま取るから…」

 そういって、腕の中で回転して革の手錠を外そうとした冬真だったが、後ろを振り返った時には目の前で少し少し手を捻り力也はあっさりと自ら手錠を外してしまった。

「…おい」
「外しにくいかなと思ってつい…ごめん…」

 外されるのを待たなくてはいけないのに、許可がでたからとつい抜いてしまったことを見とがめられ、視線を逸らすとずるずると戻り、今度はおすわりではなく反省の意味を込め正座をした。

「手見せて」

 ため息交じりに言われ、言われたとおりに手を出す、その手を冬真はよく確認した。怪我をさせるような手錠を使っていないのはわかっていたが、無理に外したことで手に傷がついたりしていないか確認する。
 出されたその手には拘束された赤い帯状の痕はある物の、擦り傷などはなかった。

「怪我してないならいいけど、今度は勝手に取るなよ?」
「はーい」

 怒っていないことがわかり、軽い返事をかえしてきたその頭を手の甲でコツンっと叩いた。

(コイツやっぱり油断できねぇな)

 拘束は時にSubの身を守るために必要な時もあるのに、力也はあっさりと抜けてしまう。Domが動かないから大丈夫だろうと思っていても、抜けられてしまえば、手元が狂い予定よりも多く傷つけてしまうこともある。
 力也もそれはわかっているから普段はそうならないように勝手に抜けることのないように気をつけている。今回が稀だったのだが、それにしてもあっさりと抜けすぎた。
 むろん普通は取ろうとしてもなかなかとれる物ではない。実際それを見ていたDomたちも自分のSubも同じことができるのだろうかと心配し、拘束を抜くように命令したが、抜け出せるものはいなくぐりぐりと手首を動かすことで、逆に慌てて止められていた。
 元々の身体能力が高く、体が柔らかく、容赦のない拘束をされたこともあり、なおかつスタントマンでもある力也だからこそできたことだ。
 身体能力が違いすぎる場合はこういうことも考えて、指示をださなくてはならないと冬真は改めて思ったのだった。
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