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第二十六話【いつの日か】前
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力也には冬真に話していないことが沢山ある。その多くは隠しているわけではなく、今更過ぎることで冬真には直接関係ない物ばかりだ。
昔関係を持っていたDomにされたこと、友達である人々の事情、自分でも自覚していなかった好み、聞かれたら答えられるものが多いが、人の事情などはそうはいかない。
Subは信頼に弱い、寄せられた信頼には何としても答えたくなる。だからこそ、信頼して明かしてくれた人の事情などは明かすことはできない。
それでも、グレアとコマンドを使われてしまえば大抵のSubは従うしかなくなるだろう。
抵抗力のある力也はそれをはねのけることもできる。しかし、たとえ断れたとしても、断ってしまったという事実だけで心が痛むだろう。
それがわかっているのか、冬真は気になることがあっても根ほり葉ほり聞いてくることはない。話せるなら話せばいいし、しっかりと区別できる力也の考えを大事にしたいと考えている。
なんでもかんでも、無理やり聞き出すのは本意ではない。治りかけの傷はちょっとしたことでまた開いてしまう。せっかく治りかけているならまた傷つかないように覆い隠したほうが、ずっと効果的だ。
その日、撮影が終わるとその日の予定がなかった二人は何か食べて帰ろうという話になった。もうだいぶ遅い時間ではあったが、食事して帰るぐらい充分にある。
「で、どこだっけ?」
「こっち」
どこにいこうかと考えスマホで調べていたら、テレビでみたことのある店の名前をみつけそこにしようと決めた。ちょうど、いつものバイクではなくマネージャーの車できていた冬真は念の為軽く色のついた眼鏡をかけ夜の街を歩く。
まだまだ騒がれるほどの知名度はないが、念には念を入れてという奴だ。
「あった。あそこだ」
目的の看板を見つけ、指さした力也が一瞬驚き即座に指を下ろした。
「力也?」
「桐生さん…」
立ち止まってしまった力也の様子に、不思議そうに声をかけた冬真には顔を向けず、前から歩いてくる一人の男へその目は向けられていた。
「お、力也じゃねぇか」
「こんばんは、桐生さん」
力也が頭を下げた相手はどう見ても堅気ではなかった。黒いスーツに身を包み、部下と思われる男性を連れ、タバコをふかす、厳つい体つきの男は力也の前へとくるとその顔を見た。
(Domだ)
桐生と呼ばれた男は間違いなくDomだった。その目は冬真のほうへは向かず、値踏みをするかのように力也へと注がれている。
「この前のちゃんと入ってたぞ」
「よかったです」
グレアを出しているわけじゃないから、はっきりとはわからないが、恐らく冬真と同等のランクだろう。誰だと聞きたいが、明らかに訳ありの様子にとりあえず様子見を決め込んだ。
「残りはあれでもいいぜ?」
「それはお断りしたはずっすよ」
「せっかくいい金になりそうなのに、勿体ねぇな」
「そう思うのは桐生さんだけです」
「相変わらずかわいくねぇな」
気軽に話すほど親しいDomはいないと思い込んでいた冬真からすると、父親ほどの年の差もあるあきらかに堅気でない男相手に、なれなれしく話す力也の姿は見ているだけでもあまり気分のいい物ではない。
「母親似に育ったら俺が面倒みてやってもよかったのに、見事に俺好みじゃなく育ちやがって」
「桐生さんノーマルの癖に」
「でもPlayはできるだろう、相手してやっても…」
「余計なお世話です。俺には冬真がいるので」
「力也」
臆せずにそう言い切った力也の体を冬真は抱きしめた。ガシっと抱きしめると、その目を片手でふさぐ。
「誰だか、知らねぇけどこいつ俺のだから」
桐生を見るその瞳は、Dom特有のドロドロとした執着心と、醜いほどのどす黒い独占欲を宿していた。人を恨むことが苦手なSubには理解できないだろう、それを見せることは冬真にとって避けたいことだった。
「へぇ、随分めんどくせぇのに引っかかったんだな」
「Domは全員めんどくせぇもんだろ」
「違いねぇ」
「冬真?」
そう呼びかけられ、するりと力也の顔へ冬真は頬を滑らせた。まるで、なつくような、甘えるような仕草に困惑する力也に何を言うわけでもなく、もう一度桐生をにらんだ。
けして関わり合いになりたくない類の空気を持った男相手だったが、不思議と怖くはなかった。当たり前だ、大事なSubを守るためなのだから、どのような展開になったとしても勝つ自信がこの時の冬真にはあった。
「まぁ、俺には関係ねぇし。こっちは力也が逃げなきゃどうでもいいんだ」
「逃げませんよ」
「そうか、ならもう少し頑張れよ」
桐生はそういうと、興味をなくしたかのようにあっさりと二人を置いてその場を去って行ってしまった。
「冬真?」
その呼びかけに冬真は、抱きしめたまま視界をふさいでいた手だけ外した。その代わりとばかりに抱きしめる手から力を抜くことはせずに問いかけた。
「さっきの誰?お前とどういう関係?」
「え…っと古い知り合い」
「どういう?」
「どうって…」
普段より低い声色に、言葉を詰まらせた力也はそれでも口にすることをためらっていた。
言いたくないと口に出さずとも伝えてくる反応に、冬真からグレアが漏れ始める。
「力也」
「冬真、ここ外」
「コマンド使われてぇ?」
「う……ごめん」
その声色は怒っているようにしか聞こえず、力也は息を飲む。しかし、恐怖に駆られることはなかった。抱きしめている冬真の手が、襲い来る不安と恐怖を阻止していた。
「どこなら話せる?」
「どこって…」
「どこでコマンド使えばいい?」
それでも、冬真には力也の意思を優先する様子が見られた。力也だってわかっていた、Dom特有の独占欲の強さを、本来ならご主人様がいるのに他のDomと話し続けるのも、こうして関係を話さないことも間違いなく逆鱗に触れる行為だろう。
それでも、話すことをためらう内容はある。だからこそ、冬真はコマンドを使うと宣言して場所まで聞いたのだ。
ここまでの譲歩をされているのに、それを理解できない力也ではない。
「俺の部屋なら…」
「わかった」
「ごめん、冬真」
「飯は?」
「簡単なのならうちにある」
「それでいい」
そういうと、やっと手を離してくれた冬真に力也はため息をついた。お仕置きなら別にいいけど、話すのは気が重いと感じながら冬真が止めたタクシーへと乗り込んだ。
マンションまで向かうタクシーの中の初めて感じるほどの重苦しい空気に、脅え震えそうになるがそんな手はしっかりと冬真に握られていた。強すぎず、それでいて絶対離さないとわかるその手から、力也を嫌いになったわけでも本気で怒っているわけでもないと伝わってくる。
(大丈夫だから覚悟決めなきゃ)
優しい、優しい冬真の思いを信じて、答えようと思うが、うまく話せる自信もない。
昔関係を持っていたDomにされたこと、友達である人々の事情、自分でも自覚していなかった好み、聞かれたら答えられるものが多いが、人の事情などはそうはいかない。
Subは信頼に弱い、寄せられた信頼には何としても答えたくなる。だからこそ、信頼して明かしてくれた人の事情などは明かすことはできない。
それでも、グレアとコマンドを使われてしまえば大抵のSubは従うしかなくなるだろう。
抵抗力のある力也はそれをはねのけることもできる。しかし、たとえ断れたとしても、断ってしまったという事実だけで心が痛むだろう。
それがわかっているのか、冬真は気になることがあっても根ほり葉ほり聞いてくることはない。話せるなら話せばいいし、しっかりと区別できる力也の考えを大事にしたいと考えている。
なんでもかんでも、無理やり聞き出すのは本意ではない。治りかけの傷はちょっとしたことでまた開いてしまう。せっかく治りかけているならまた傷つかないように覆い隠したほうが、ずっと効果的だ。
その日、撮影が終わるとその日の予定がなかった二人は何か食べて帰ろうという話になった。もうだいぶ遅い時間ではあったが、食事して帰るぐらい充分にある。
「で、どこだっけ?」
「こっち」
どこにいこうかと考えスマホで調べていたら、テレビでみたことのある店の名前をみつけそこにしようと決めた。ちょうど、いつものバイクではなくマネージャーの車できていた冬真は念の為軽く色のついた眼鏡をかけ夜の街を歩く。
まだまだ騒がれるほどの知名度はないが、念には念を入れてという奴だ。
「あった。あそこだ」
目的の看板を見つけ、指さした力也が一瞬驚き即座に指を下ろした。
「力也?」
「桐生さん…」
立ち止まってしまった力也の様子に、不思議そうに声をかけた冬真には顔を向けず、前から歩いてくる一人の男へその目は向けられていた。
「お、力也じゃねぇか」
「こんばんは、桐生さん」
力也が頭を下げた相手はどう見ても堅気ではなかった。黒いスーツに身を包み、部下と思われる男性を連れ、タバコをふかす、厳つい体つきの男は力也の前へとくるとその顔を見た。
(Domだ)
桐生と呼ばれた男は間違いなくDomだった。その目は冬真のほうへは向かず、値踏みをするかのように力也へと注がれている。
「この前のちゃんと入ってたぞ」
「よかったです」
グレアを出しているわけじゃないから、はっきりとはわからないが、恐らく冬真と同等のランクだろう。誰だと聞きたいが、明らかに訳ありの様子にとりあえず様子見を決め込んだ。
「残りはあれでもいいぜ?」
「それはお断りしたはずっすよ」
「せっかくいい金になりそうなのに、勿体ねぇな」
「そう思うのは桐生さんだけです」
「相変わらずかわいくねぇな」
気軽に話すほど親しいDomはいないと思い込んでいた冬真からすると、父親ほどの年の差もあるあきらかに堅気でない男相手に、なれなれしく話す力也の姿は見ているだけでもあまり気分のいい物ではない。
「母親似に育ったら俺が面倒みてやってもよかったのに、見事に俺好みじゃなく育ちやがって」
「桐生さんノーマルの癖に」
「でもPlayはできるだろう、相手してやっても…」
「余計なお世話です。俺には冬真がいるので」
「力也」
臆せずにそう言い切った力也の体を冬真は抱きしめた。ガシっと抱きしめると、その目を片手でふさぐ。
「誰だか、知らねぇけどこいつ俺のだから」
桐生を見るその瞳は、Dom特有のドロドロとした執着心と、醜いほどのどす黒い独占欲を宿していた。人を恨むことが苦手なSubには理解できないだろう、それを見せることは冬真にとって避けたいことだった。
「へぇ、随分めんどくせぇのに引っかかったんだな」
「Domは全員めんどくせぇもんだろ」
「違いねぇ」
「冬真?」
そう呼びかけられ、するりと力也の顔へ冬真は頬を滑らせた。まるで、なつくような、甘えるような仕草に困惑する力也に何を言うわけでもなく、もう一度桐生をにらんだ。
けして関わり合いになりたくない類の空気を持った男相手だったが、不思議と怖くはなかった。当たり前だ、大事なSubを守るためなのだから、どのような展開になったとしても勝つ自信がこの時の冬真にはあった。
「まぁ、俺には関係ねぇし。こっちは力也が逃げなきゃどうでもいいんだ」
「逃げませんよ」
「そうか、ならもう少し頑張れよ」
桐生はそういうと、興味をなくしたかのようにあっさりと二人を置いてその場を去って行ってしまった。
「冬真?」
その呼びかけに冬真は、抱きしめたまま視界をふさいでいた手だけ外した。その代わりとばかりに抱きしめる手から力を抜くことはせずに問いかけた。
「さっきの誰?お前とどういう関係?」
「え…っと古い知り合い」
「どういう?」
「どうって…」
普段より低い声色に、言葉を詰まらせた力也はそれでも口にすることをためらっていた。
言いたくないと口に出さずとも伝えてくる反応に、冬真からグレアが漏れ始める。
「力也」
「冬真、ここ外」
「コマンド使われてぇ?」
「う……ごめん」
その声色は怒っているようにしか聞こえず、力也は息を飲む。しかし、恐怖に駆られることはなかった。抱きしめている冬真の手が、襲い来る不安と恐怖を阻止していた。
「どこなら話せる?」
「どこって…」
「どこでコマンド使えばいい?」
それでも、冬真には力也の意思を優先する様子が見られた。力也だってわかっていた、Dom特有の独占欲の強さを、本来ならご主人様がいるのに他のDomと話し続けるのも、こうして関係を話さないことも間違いなく逆鱗に触れる行為だろう。
それでも、話すことをためらう内容はある。だからこそ、冬真はコマンドを使うと宣言して場所まで聞いたのだ。
ここまでの譲歩をされているのに、それを理解できない力也ではない。
「俺の部屋なら…」
「わかった」
「ごめん、冬真」
「飯は?」
「簡単なのならうちにある」
「それでいい」
そういうと、やっと手を離してくれた冬真に力也はため息をついた。お仕置きなら別にいいけど、話すのは気が重いと感じながら冬真が止めたタクシーへと乗り込んだ。
マンションまで向かうタクシーの中の初めて感じるほどの重苦しい空気に、脅え震えそうになるがそんな手はしっかりと冬真に握られていた。強すぎず、それでいて絶対離さないとわかるその手から、力也を嫌いになったわけでも本気で怒っているわけでもないと伝わってくる。
(大丈夫だから覚悟決めなきゃ)
優しい、優しい冬真の思いを信じて、答えようと思うが、うまく話せる自信もない。
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