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第十八話【知らないもの】中

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少しして車のエンジン音が聞こえ、遅れていたマミが到着したのだろうと、力也達六人はその場から腰を浮かせそちらをみた。

「すみませんっ」

 走ってくるマミの様子に、力也は首を傾げた足取りがどうもおかしい。まるでもつれる足を必死に動かしているような、自分の意思で動かしているとは思えない不安定な足取りだった。

「遅くなって…すみません。ご迷惑をおかけして…申しわけ…ありません…」
「連絡もらっていたし、大丈夫だよ」
「ごめん…なさい…すみません…」

 ドラマを担当している監督が何度も誤り頭をあげようとしないマミに、落ち着く様にと手を振り否定する。

「なんかおかしい」
「力也も気づいたか」
「マミちゃんどうしちゃったのかな?」

 怯えたマミの様子に1人予想がついている冬真は、車の方へと目線を送った。マミが乗っていた車からは元マネージャーだと言っていた男、伊澄悟が下りてくるところだった。
 伊澄は社交的な笑みを作りながら、監督に頭を下げるマミの後ろにいくと軽くその尻を叩いた。

「いつまでも謝っていないで、すぐ支度をしなさい。これ以上時間をとらせるつもりなんですか?」
「ご、ごめんなさい!すぐ支度、してきます!」

 離れていてもわかるぐらい、ビクッと体を硬直させたマミは慌ててロケバスへと走って向かうそ途中で、足がもつれ転んだ。

「マミ君!?」
「だいじょうぶ、です…ごめんなさい」

 すぐに駆け寄った力也に手を差し出されるも、その手を掴まず立ち上がりロケバスの中へと入った。力也は気づいていたその手が震えていたことを。

(まさか)

 伊澄の方へと視線を移した力也が見た物は、強い執着と支配欲を含みマミの反応をただ楽しんでいるDom特有の濁った瞳だった。
 力也だけでなく、他の五人の視線も自然に集まるが伊澄は気づいていないようだった。彼の頭の中はきっと自分の理想の子を作り出すことで一杯なのだろう。

 少しして支度を終えたマミは、またドラマの監督へと頭を下げ、少し離れていた神月監督の傍にも走って行って頭を下げた。なにか声をかけられペコペコと頭を下げ、今度は力也達メインメンバーの方へとくる。

「ご迷惑、おかけしてすみません。失敗しないよう、頑張るので、よろしくおねがいします」
「仕事だったんでしょ?仕方ないって」
「そうそう、こういうのはお互い様だろ」
「俺たちもゆっくり休憩できてよかったぐらいだ」

 また深く、頭を下げたその小さな肩に、孝仁も将人も翔壱も気にする必要はないと笑った。

「マミ、いけるのか?」
「と、とーまさん…はい、だいじょうぶです。できます」

 あまり大丈夫そうには見えないながらも、不安げにすがるような目線のマミの様子に役者メンバーは顔を見合わせ頷いた。

「マミちゃんは無理しなくていいから、自然にね?」
「俺たちがどうにでもしてやるから」
「任せとけ」
「は、はい。ありがとうございますっ」
「マミ、リラックスだ」
「はい」

 そう言ったものの、たった数分のドラマCMは予想以上に難航した。それは完全にマミの所為だった。ちょっとした動きで、その身体が小刻みに震えるのだ。その度にこれであっているのかと確認するようにマミの視線が彷徨い、落胆しまた下へと下がる。それの繰り返しなのだ。

「マミ、こっちをみて」
「は、はい!」

 冬真が声をかけた瞬間、その足がまたももつれた。体制を崩したマミはそのまま冬真の上へと倒れ込んだ。

「うわっ」
「ご、ごめんなさい!!」

 押し倒してしまったマミは、可愛そうなぐらい、焦り軽いパニック状態になりかけていた。

「平気平気、リラックスって言っただろ?ほら、深呼吸」

 ヒュウっと音が鳴りそうなほど、息を吸い込んだマミの様子に、すかさずそういうと軽くなだめる様にグレアをあてる。

「は、いっ…ヒッ!」

 落ち着いたかと思った瞬間、マミはまた大きく息を吸い込んだ。冬真はその様子に先ほどから突き刺すような視線を送っている伊澄のほうへと視線を向ける。
 グレアは出さず、敵を見る様に睨むと伊澄はあっさりと、興味を失ったかのように視線を外した。

「あ…あっ…僕…僕…」
「落ち着け」

 おそらくマミはいま見られていても見られていなくても、不安な状態だ。見られていると失敗してしまったらと不安になり、見られていないと見捨てられるのではないかと不安になる。どちらにも行くことができないどこにも安らぎがない。助けなどない。突き放しておいて助けない。泥沼のような穴の奥深く落ちてしまい、どうしていいかわからないのにどうにもできない自分に問題があると思い込んでいる。
 
(ふざけるな)

 冬真の脳裏にさんざん見てきた。助けて欲しいのに手を伸ばすこともできずに、崩れ落ちるSub達の姿が思い出される。
 怒りのグレアが漏れないよう、マミにこれ以上の負担をかけないように抑え込む。それでもクラリと頭が揺れる。

「大丈夫、マミならできる」
「うっ…う…は…はい…」

 その瞳に涙が浮かび、流れ落ちそうなときに冬真は耳元に口を近づけた。委縮してしまっているマミの脳に直接命じるように、力也が気に入っていると言っていた声で囁いた。

「マミ、Smile&Look」【笑って、俺を見て】

 Subの本能でマミはぎこちないながらも笑顔を浮かべ冬真をみた。

「そう、Good Boy」【よくできました】

 褒めるように笑えば、マミの体から力がぬけたのが分かった。

(今のうちに)

 一緒の場面だった将人と監督に目線を送れば、頷き返された。すぐに再開された撮影はなんとか違和感がないぐらいには撮れた。実際には編集をするのだからこれで問題はない。

 マミの出番が終わると同時に、マミは伊澄に呼ばれた。おずおずとそれでも健気にそばに行こうとするその手を冬真は捕まえた。

「とーまさん?」
「転ぶといけないから」

 そう有無を言わさずつかんだまま、優しく手を引き伊澄の前へと連れていく。

「随分仲良くなれたみたいですね」
「は、はい…。とーまさんは僕のお兄ちゃんだから…」

 前へと連れて行くと、冬真はその手を放し少しだけ離れた。伊澄に声を掛けられうれしそうな表情になったマミは次の瞬間に、困惑に染まっていく。
 一度止まったはずの、痙攣のような体の震えも呼吸もおかしくなっていく。

「私といるときより楽しそうじゃないですか。抱きしめられてうれしそうにして」
「え…でも…仲良くしろって…」
「そこまで仲良くしろとは私は言ってません」
「ご、ごめん…なぁさい…」

 もう立っていられなくなったのだろう、ガクッとその場に力なく座り込んでガクガクと震えだすマミの様子に冬真は動いた。
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