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第十六話【不可解】後

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その後将人がタイムオーバーになり帰った後も撮影は続けられた。
やがて、予定の時間は随分オーバーしてしまったが、その日撮る予定だったシーンのほとんどを撮り終えることができた。
解散が告げられ、冬真は即座に自分のマネージャーの元へと走った。

「お疲れ様でした」
「はい、すみませんスマホ貸してください!」

 預かってもらっていたスマホを受け取り、時刻を確認すると既に九時近かった。

「やべっ」

 慌てて、力也へのトーク画面を開く、急かすようなメッセージは来てはいないが恐らく待っているのだろう。

【ごめん、撮影長引いた】
【お疲れ様】

 メッセージを送れば、すぐに既読のマークがつき返事が返ってきた。
 素っ気ないながらも、待っていたことがわかる反応の速さに会いたい気持ちが高まり、“いまから帰るから待っていてほしい”と返そうと打とうとした時だった。
 マミが近づいてきた。

「あ、あの…」
「あ、ああお疲れ様。大変だったな」

 返信しようとしていたのを一旦やめ、不安げな表情を浮かべるマミへと向き直る。
 
「今日は本当にごめんなさい」
「そんな何度も謝ってくれなくていいよ。マミが悪いわけじゃないって」
「それで、あのこの後お時間を少しいただけませんか?」

 急な申し出に、無理だと言おうとした冬真だったがマミから少し離れたところにいる元マネージャーをみて言葉を飲み込んだ。マミの元マネージャーは相変わらず、プレッシャーをかけるような目線でマミを見つめていた。
 ここは誘いを受けたほうがいいと冬真は直感した。

「構わないけど、もう夜遅いだろ?帰らなくていいのか?」
「はい…あの今日のお詫びがしたくて…」

 下手をすれば情意を匂わせるような誘い方に、もう一度元マネージャーの方を見る。

(未成年に何言わせてんだよ)

 そう思いつつ、もう一度マミの様子を確認する。マミは不安そうにしているが、色味を帯びているわけではなく、そういう誘いの目的ではないように見える。

「お詫びというほどのことでもけど」
「でも…」
「わかった。じゃあ、コーヒーを一杯おごってもらおうかな?」
「は、はい!」

 どうやら予想通り、そういう意図は含んでいなかったらしい。冬真の提案に、マミは安堵の表情を浮かべ、笑顔になった。

「ちょっとまってて支度するから」
「はい、僕も支度してきます!」

 そう言って元マネージャーの方へと走っていく後ろ姿を眺めつつ、スマホをもう一度開く。

【悪い、もう少し遅くなる】
【いいよ。仕事お疲れ様、がんばって】

 聞き分けのいい返事に、安心すると同時に少し寂しく思う。ここで、我儘を言って冬真を責めてくれれば先ほどの誘いを断って帰ろうとしただろう。
 もっともそんなことを言ってはこないだろうと分かってはいる。

「ほんと、Domってどうしょうもないよな」

 受け入れてくれるSubに甘えて、それでも望んでくれないと怒り、これじゃ我儘な子供と同じだ。
 それでも、Subを手放すこともできない。言葉と態度だけは偉そうなのに、その実、Subよりもずっと弱いと冬真は感じていた。

 アパートに帰ってくれば窓から明かりが見え、部屋に力也がいるとわかる。はやる心をおさえつつ軽いノックと共に声をかければ慌てたような足音が聞こえてきた。

「力也?」
「ごめん、今開ける」

 ガチャッという音とともに、ドアが開くとそこに力也がいた。

「ただいま」
「お帰り」

 いつも通りの笑顔で迎えられ、急激に疲れを自覚しその身体へと抱き着いた。時刻は既に10時を過ぎている。

「遅かったな」
「ごめん」
「カレーいま温め直すから」
「うん」
「冬真?」

 コーヒーを入れただけの空きっ腹に、カレーのいい匂いが響く、それでもこの体温を離したくなく、少し上の位置の力也の口を塞いだ。

「んっ…」
「はぁっ…」

 力也の後頭部へと両手を移動させ、少し高い位置にあった頭を押さえるようにして口の中へと舌を差し込む。そうして、ただいまのキスにしては濃密なキスを二人はしばらく交わした。

「ほんと強引」
「ごめん」

 満足したのか手を離した冬真に、力也は口調に対して怒った様子はなく仕方ないなと笑った。ずっと甘やかしたいと思っていたはずなのに、実際会うと逆転していた。

「ほら、明日も仕事なんだろ?早く食べて寝ないと」
「寝たくねぇ」
「わがまま言わない」

 身体も心も疲れているし、明日も早いのもわかっているけど、とにかく癒しが足りなかった。奥へと向かうその肩に抱き着けば、ふざけていると思ったのだろう。力也は笑いながら冬真の両手を掴みずるずると引きずるように歩いた。

「どう?」
「うまい」
「よかった」

 温めなおしたカレーは2人の胃袋へと消えていった。口にあったらしいと安心した表情を浮かべる力也へ冬真はグレアを返し、笑顔を浮かべた。

「Good Boy」【よくできました】
「へ?」

 部屋の中は出かけた時とは段違いに綺麗になっていて、その辺に置かれたままだった服もちゃんと畳まれていた。椅子もない部屋のベッドへと冬真を座らせ、力也は床に座ったまま笑っている。
 先に食べることもできたはずなのにちゃんと待っていてくれた。そのことに心が熱くなり、自然とその言葉を口にしていた。

「ありがとう?」
「こっちのセリフ」

 褒められるほどのことだとは思っていないんだろう、力也は不思議そうにしながらお礼を言ってきた。
 結局PlayもSEXもできなかったけど、狭い狭いと言いながら二人でくっついて笑い合いながら寝たその夜に幸せを感じた。
 力也の声と体温を身近に感じて寝ていると、あの時少しだけわかった気がした力也と別れてしまったDomの気持ちが既にわからなくなっていた。
 時に虚しさを感じても、隣に立つ自信がなくなっても、共にいたいそう思えた。
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