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幻日
2葉
しおりを挟む家に帰ると、母がお帰りとキッチンから声をかけてきた。
「ただいま。今日ちょっとやることがあるんだけど...」
「あ、そう?じゃあ先にご飯食べてたほうがいい?」
「うん、終わったらすぐ行く。」
自分の部屋に入り込み、机の上にあったノートパソコンの電源を入れる。
そして手当たり次第にカメラマンを調べた。
カメラマン、人、専門。
今日彼と話して知ったキーワードを全て検索した。
少しすると見覚えのある顔が目に止まった。
「アサヒ......」
彼の名前はアサヒというらしい。
年齢不詳、情報が全くない。
分かることはアサヒという名前と、性別と、彼が人を撮る天才カメラマンということだけだった。
どの記事にも「天才」「生まれ持った才能」と言った言葉が多かった。
人間を撮る逸材
彼が撮ると人々はその写真に魅了される
「ふぅん。」
とりあえず、アサヒさんって言うんだと認識して画面を閉じる。
しかし、アサヒさんの写真には違和感があった。
どれも全てモノクロだった。
なぜだか分からない。
ファッション雑誌も、タレントの写真集も、スポーツ選手の躍動感ある写真でさえも。
全部白と黒で表現されていたのだった。
「そういえばあの人、シャツだけで寒くなかったのかな......」
どうでもいい疑問を浮かばせながらリビングへと足を運ばせた。
リビングに入ると、父がダイニングテーブルの上にパソコンを置いて何やら作業をしていた。
「お父さん。お帰り。」
「ただいま。」
「あら、ちょうどよかった。今からご飯にするの。」
今日はお鍋だよとお母さんがそのテーブルの上を用意し始めた。
そして家族で鍋を食べていると、あるニュースが流れた。
『今日は、都内で幻日という現象を確認することができました。幻日とは、太陽と同じ高度の太陽から離れた位置に光が見える大気光学現象のことであり、本日午後___』
「あ、私今日これ見た。」
「そうなの?」
母が私の言葉に反応する。
「うん、すごく珍しいやつなんだって。」
「へぇ、私も見てみたかったな。お父さんは?」
「仕事中なんだから見れるわけないだろう。」
父からこう言われた母はそうだよねと笑った。
「それより就活はどうなんだ。」
「あっ、うん。とりあえず、エントリーする企業の説明会には行ってるよ。」
「そうじゃなくて、入ろうと思ってる企業は絞れてるのか聞いてるんだよ。」
「ちょっと、お父さん...」
「分かってるよ。まだ何個かまだだけど、春休みまでには決めるから。」
「ちゃんとやれよ。お前は優柔不断なんだから。」
言い過ぎだよ、と母は言っていたが、本当その通りだと自分でも情けなく思う。
父のこの圧には何年も耐えてきた。
私の家は父の言うことが絶対だった。
私がやりたいことがあったとしても、父がダメだと言ったら出来ない。
これが当たり前だった。
元はと言えば大学時代の留学も父が進めてきたことだった。
私はヘラヘラ笑って「なんでも良いよ」と返事していたらどんどん話が進んでいき、3ヶ月後には私はアメリカにいた。
初めての外国だった。
普通ならば今から始まる新しい生活に胸をときめかせ、ワクワクするのだろうが。
生憎私にはそのような心を持ち合わせてはいなかった。
もうどうにでもなれとアメリカで半年過ごしたが、やったことと言えば少し観光したくらい。
結局自分の身にはあまりなれてなくて、アメリカから日本に帰ってきた日、父にため息をつかれた。
その時にも私は笑って「ダメだった」と言った。
母は「お土産話聞かせて」と私を慰めようとしていた。
でも話すことはなかった。
その日の夜、私はベッドの中でずっと枕を濡らしたのだった。
自分の部屋に戻ると、机の上のパソコンがまだ開いていたことに気づく。
先程やりっぱなしにしてたことを思い出した。
そのまま閉じてもなぜかやるせない感じがしたので就職活動のために自己分析をしようとする。
コンコン
その時ドアがノックされた。
「はぁい?」
返事をするとドアが開く。
入ってきたのは母だった。
「さっきは大丈夫?」
「何が?」
「お父さんよ。」
「あぁ、平気。慣れてるから。」
母を安心させようとニコニコする。
「あんまり焦らなくて良いのよ?」
「何、いきなり。」
「お父さんは、ああ言ってるけど心配なだけなんだから気にしないで。自分のペースで見つけていけば良いの。」
「分かってる。ありがとう。」
「じゃあ、風邪引かないようにね。」
「うん、おやすみなさい。」
母が出て行った後、少し考える。
私のペースってなんだろうか。
どのくらいのスピードなのだろうか。
分かってたらここまで人生無駄にするわけない。
焦らなくていいなんて言わないでほしかった。
自身を理解していないくせに中途半端に自己分析をする。
答えの出ない問題を解かされている気分で考えるのをやめた。
そして今日もまた同じベッドに眠りにつく。
それはまだ1月14日のことだった。
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