Hate or Fate?

たきかわ由里

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「あ、じゃあ挨拶だけして戻って」
「でぇら適当な扱いだが!」
 あ、勢いで名古屋弁出ちまったわ。
「今更感出て来たけど、はいどうぞ!」
「今更とか言うな。えーと、ドラムで加入しました夕です、はじめまして。…何喋ったらいいんだ? こういうの」
 あと何か言うことあるか? 思いつかねぇな。
「志望動機とかじゃない?」
「御社の将来性と企業理念に…いやいや、絶対違うだろそれ」
「じゃ、靴のサイズ」
「靴から離れろよ!」
 綺悧、結構頭が回るよな。機転がきくっつーの?
「さーせーん、コントそろそろいいすかねー?」
 朱雨が腕時計を見るマネをしながら、手首を指で叩いて横槍を入れてくる。
 ライブってテンションの高さも手伝ってんのか、客はこれでけっこう楽しそうだ。
 前方に押してきてる一団の後ろにばらばらと立っている、さほど興味がなさそうだった客も、ちゃんとこっちを注目してるし、手を叩いて笑ってる人もいるのがわかる。目を引いたなら、こっちのもんだ。
「そうそう、時間ないから夕さん帰って!」
「帰るしな!」
 手に持ったままだったスティックをぽんぽん、と客席に放り投げて、元通りにセットに戻る。
 俺が移動してる間に、綺悧はスタンドを用意してマイクを取り付ける。
「はい。それじゃ気を取り直して、続きいきましょう。それでは聞いて下さい…Tears for Fear」
 リハーサル通りに照明が落とされてスポットライトが射す。
「My dear corpse of tears….Gouge out my heart.」
 正確な音程は綺悧の武器だ。音程が正確だからこそ、こんなマネがいきなり出来るんだ。でなきゃ、この後のアルペジオと不協和音を起こしてしまう。
「My heart which still freezes…」
 聴く者の胸を締付ける、哀切な声。技術的には未熟だけど、牧村さんが言ってたように、綺悧の演技力は高い。技術が追いついた時に、この細やかな表現力がキープされてれば最高だ。
 滑らかに、その声にまとわりつく繊細なアルペジオ。
 2拍の間。シンセのメロディが流れ込む。重苦しいレクイエム。そこに忍び寄る、ギターのハウリング。地を這うような8小節のベースソロの後、一斉にドラムとギターが叫び出す。
 苦しそうな、呻き声にも聴こえる綺悧の声をかき消したいかのように、ノイズのような荒れた音が次々と被さって行く。そして、まるで悲鳴のように悲痛な歌がフロアを恐怖に叩き込む。吹き荒れたその音は、突然消えて静寂が訪れる。
 ブレイク。
 これが、俺とあいつの思い出の曲ってのは、穏やかじゃねぇよなぁ。ちっともロマンティックじゃねぇや。今思えば笑い話だぜ。
 宵闇を見ると、あいつもこっちを見てる。目が合って、2拍。
 俺とあいつの音が、ぴったり同時に響き始める。
 そこへ合流するギター。
 吹き返しのように荒れるラスサビ。リハーサルよりかなり荒い。荒いけど、それを上回る気迫がフロアを圧倒してんのが見える。
 おう、客も負けてねぇじゃん。力一杯暴れて返してくれる。
 最高の眺めだぜ。
 最後の音が消えた瞬間に、賛美歌のように厳かなメロディが流れ始め、ヴォリュームを急速に上げて耳を劈く。
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