Hate or Fate?

たきかわ由里

文字の大きさ
上 下
217 / 233

36-24

しおりを挟む
「あ、じゃあ挨拶だけして戻って」
「でぇら適当な扱いだが!」
 あ、勢いで名古屋弁出ちまったわ。
「今更感出て来たけど、はいどうぞ!」
「今更とか言うな。えーと、ドラムで加入しました夕です、はじめまして。…何喋ったらいいんだ? こういうの」
 あと何か言うことあるか? 思いつかねぇな。
「志望動機とかじゃない?」
「御社の将来性と企業理念に…いやいや、絶対違うだろそれ」
「じゃ、靴のサイズ」
「靴から離れろよ!」
 綺悧、結構頭が回るよな。機転がきくっつーの?
「さーせーん、コントそろそろいいすかねー?」
 朱雨が腕時計を見るマネをしながら、手首を指で叩いて横槍を入れてくる。
 ライブってテンションの高さも手伝ってんのか、客はこれでけっこう楽しそうだ。
 前方に押してきてる一団の後ろにばらばらと立っている、さほど興味がなさそうだった客も、ちゃんとこっちを注目してるし、手を叩いて笑ってる人もいるのがわかる。目を引いたなら、こっちのもんだ。
「そうそう、時間ないから夕さん帰って!」
「帰るしな!」
 手に持ったままだったスティックをぽんぽん、と客席に放り投げて、元通りにセットに戻る。
 俺が移動してる間に、綺悧はスタンドを用意してマイクを取り付ける。
「はい。それじゃ気を取り直して、続きいきましょう。それでは聞いて下さい…Tears for Fear」
 リハーサル通りに照明が落とされてスポットライトが射す。
「My dear corpse of tears….Gouge out my heart.」
 正確な音程は綺悧の武器だ。音程が正確だからこそ、こんなマネがいきなり出来るんだ。でなきゃ、この後のアルペジオと不協和音を起こしてしまう。
「My heart which still freezes…」
 聴く者の胸を締付ける、哀切な声。技術的には未熟だけど、牧村さんが言ってたように、綺悧の演技力は高い。技術が追いついた時に、この細やかな表現力がキープされてれば最高だ。
 滑らかに、その声にまとわりつく繊細なアルペジオ。
 2拍の間。シンセのメロディが流れ込む。重苦しいレクイエム。そこに忍び寄る、ギターのハウリング。地を這うような8小節のベースソロの後、一斉にドラムとギターが叫び出す。
 苦しそうな、呻き声にも聴こえる綺悧の声をかき消したいかのように、ノイズのような荒れた音が次々と被さって行く。そして、まるで悲鳴のように悲痛な歌がフロアを恐怖に叩き込む。吹き荒れたその音は、突然消えて静寂が訪れる。
 ブレイク。
 これが、俺とあいつの思い出の曲ってのは、穏やかじゃねぇよなぁ。ちっともロマンティックじゃねぇや。今思えば笑い話だぜ。
 宵闇を見ると、あいつもこっちを見てる。目が合って、2拍。
 俺とあいつの音が、ぴったり同時に響き始める。
 そこへ合流するギター。
 吹き返しのように荒れるラスサビ。リハーサルよりかなり荒い。荒いけど、それを上回る気迫がフロアを圧倒してんのが見える。
 おう、客も負けてねぇじゃん。力一杯暴れて返してくれる。
 最高の眺めだぜ。
 最後の音が消えた瞬間に、賛美歌のように厳かなメロディが流れ始め、ヴォリュームを急速に上げて耳を劈く。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

百合系サキュバスにモテてしまっていると言う話

釧路太郎
キャラ文芸
名門零楼館高校はもともと女子高であったのだが、様々な要因で共学になって数年が経つ。 文武両道を掲げる零楼館高校はスポーツ分野だけではなく進学実績も全国レベルで見ても上位に食い込んでいるのであった。 そんな零楼館高校の歴史において今まで誰一人として選ばれたことのない“特別指名推薦”に選ばれたのが工藤珠希なのである。 工藤珠希は身長こそ平均を超えていたが、運動や学力はいたって平均クラスであり性格の良さはあるものの特筆すべき才能も無いように見られていた。 むしろ、彼女の幼馴染である工藤太郎は様々な部活の助っ人として活躍し、中学生でありながら様々な競技のプロ団体からスカウトが来るほどであった。更に、学力面においても優秀であり国内のみならず海外への進学も不可能ではないと言われるほどであった。 “特別指名推薦”の話が学校に来た時は誰もが相手を間違えているのではないかと疑ったほどであったが、零楼館高校関係者は工藤珠希で間違いないという。 工藤珠希と工藤太郎は血縁関係はなく、複雑な家庭環境であった工藤太郎が幼いころに両親を亡くしたこともあって彼は工藤家の養子として迎えられていた。 兄妹同然に育った二人ではあったが、お互いが相手の事を守ろうとする良き関係であり、恋人ではないがそれ以上に信頼しあっている。二人の関係性は苗字が同じという事もあって夫婦と揶揄されることも多々あったのだ。 工藤太郎は県外にあるスポーツ名門校からの推薦も来ていてほぼ内定していたのだが、工藤珠希が零楼館高校に入学することを決めたことを受けて彼も零楼館高校を受験することとなった。 スポーツ分野でも名をはせている零楼館高校に工藤太郎が入学すること自体は何の違和感もないのだが、本来入学する予定であった高校関係者は落胆の声をあげていたのだ。だが、彼の出自も相まって彼の意志を否定する者は誰もいなかったのである。 二人が入学する零楼館高校には外に出ていない秘密があるのだ。 零楼館高校に通う生徒のみならず、教員職員運営者の多くがサキュバスでありそのサキュバスも一般的に知られているサキュバスと違い女性を対象とした変異種なのである。 かつては“秘密の花園”と呼ばれた零楼館女子高等学校もそういった意味を持っていたのだった。 ちなみに、工藤珠希は工藤太郎の事を好きなのだが、それは誰にも言えない秘密なのである。 この作品は「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルアッププラス」「ノベルバ」「ノベルピア」にも掲載しております。

身代わり婚~暴君と呼ばれる辺境伯に拒絶された仮初の花嫁

結城芙由奈 
恋愛
【決してご迷惑はお掛けしません。どうか私をここに置いて頂けませんか?】 妾腹の娘として厄介者扱いを受けていたアリアドネは姉の身代わりとして暴君として名高い辺境伯に嫁がされる。結婚すれば幸せになれるかもしれないと淡い期待を抱いていたのも束の間。望まぬ花嫁を押し付けられたとして夫となるべく辺境伯に初対面で冷たい言葉を投げつけらた。さらに城から追い出されそうになるものの、ある人物に救われて下働きとして置いてもらえる事になるのだった―。

【完結】心打つ雨音、恋してもなお

crazy’s7@体調不良不定期更新中
ミステリー
 主人公【高坂 戀】は秋のある夜、叔母が経営する珈琲店の軒下で【姫宮 陽菜】という女性に出逢う。その日はあいにくの雨。薄着で寒そうにしている様子が気になった戀は、彼女に声をかけ一緒にここ(珈琲店)で休んでいかないかと提案した。  数日後、珈琲店で二人は再会する。話をするうちに次第に打ち解け、陽菜があの日ここにいた理由を知った戀は……。 *読み 高坂戀:たかさかれん 姫宮陽菜:ひめみやはるな *ある失踪事件を通し、主人公がヒロインと結ばれる物語 *この物語はフィクションです。

こども病院の日常

moa
キャラ文芸
ここの病院は、こども病院です。 18歳以下の子供が通う病院、 診療科はたくさんあります。 内科、外科、耳鼻科、歯科、皮膚科etc… ただただ医者目線で色々な病気を治療していくだけの小説です。 恋愛要素などは一切ありません。 密着病院24時!的な感じです。 人物像などは表記していない為、読者様のご想像にお任せします。 ※泣く表現、痛い表現など嫌いな方は読むのをお控えください。 歯科以外の医療知識はそこまで詳しくないのですみませんがご了承ください。

怪談あつめ ― 怪奇譚 四十四物語 ―

ろうでい
ホラー
怖い話ってね、沢山あつめると、怖いことが起きるんだって。 それも、ただの怖い話じゃない。 アナタの近く、アナタの身の回り、そして……アナタ自身に起きたこと。 そういう怖い話を、四十四あつめると……とても怖いことが、起きるんだって。 ……そう。アナタは、それを望んでいるのね。 それならば、たくさんあつめてみて。 四十四の怪談。 それをあつめた時、きっとアナタの望みは、叶うから。

推理小説家の今日の献立

東 万里央(あずま まりお)
キャラ文芸
永夢(えむ 24)は子どもっぽいことがコンプレックスの、出版社青雲館の小説編集者二年目。ある日大学時代から三年付き合った恋人・悠人に自然消滅を狙った形で振られてしまう。 その後悠人に新たな恋人ができたと知り、傷付いてバーで慣れない酒を飲んでいたのだが、途中質の悪い男にナンパされ絡まれた。危ういところを助けてくれたのは、なんと偶然同じバーで飲んでいた、担当の小説家・湊(みなと 34)。湊は嘔吐し、足取りの覚束ない永夢を連れ帰り、世話してくれた上にベッドに寝かせてくれた。 翌朝、永夢はいい香りで目が覚める。昨夜のことを思い出し、とんでもないことをしたと青ざめるのだが、香りに誘われそろそろとキッチンに向かう。そこでは湊が手作りの豚汁を温め、炊きたてのご飯をよそっていて? 「ちょうどよかった。朝食です。一度誰かに味見してもらいたかったんです」 ある理由から「普通に美味しいご飯」を作って食べたいイケメン小説家と、私生活ポンコツ女性編集者のほのぼのおうちご飯日記&時々恋愛。 .。*゚+.*.。 献立表 ゚+..。*゚+ 第一話『豚汁』 第二話『小鮎の天ぷらと二種のかき揚げ』 第三話『みんな大好きなお弁当』 第四話『餡かけチャーハンと焼き餃子』 第五話『コンソメ仕立てのロールキャベツ』

フリー朗読台本

あやな《紡ぎ人》
エッセイ・ノンフィクション
私の心に留まる想いを、 言葉にして紡いでおります( . .)" 数ある台本の中から、 私の作品を見つけて下さり、 本当にありがとうございます🥲 どうかあなたの心に、 私の想いが届きますように…… こちらはフリー朗読台本となってますので、 許可なくご使用頂けます。 「あなたの心に残る朗読台本を☽・:*」 台本ご依頼、相談等あれば 下記アカウントまでご連絡ください( . .)" Twitter:Goodluck_bae

処理中です...