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しおりを挟む「イナバウアーじゃねぇか」
「イナバウアーでいい」
礼華がたまらず笑い出す。何かすまん。でもイナバウアーだぞこれ。
プライベートだったら、宵闇が真っ先に笑ってんだろうけどな。宵闇様モードだと、ちゃんとこらえて真面目な声で返して来る。
それにしても無茶ぶりばっかだな、写真映えするポーズってのは。ヒール低めだけど、それでもちょっと足に来てる。
「じゃあ夕、体正面」
お、これはちょっと楽なヤツじゃねぇ?
「足は肩幅より広く。上半身右。左手は右腰。目線、カメラの10m向こう」
やっぱりキツいヤツじゃん。そろそろ腰に来てる。
「ヤバい、宵闇、そろそろ死ぬ」
「これくらいで死ぬな。出来る」
お前は松岡修造か。謎の冷静かつ熱い励ましが辛い。いやいやいや、ほんともうしんどいが顔に出るって。
一頻りシャッターが切られたところで、宵闇の声がした。
「OK、ちょっと楽にしててくれ」
「死んだ…」
俺はやっと息をついて、肩を落とす。隣で礼華がくすくす笑ってる。
「夕、大丈夫? 最初は意外とキツいよね」
「キツい…こんなキツいと思わなかった…」
腰をさすりながら答える。
「ちょっとずつ、ずっと動いてる方が楽だよー」
綺悧が礼華の向こうから、ひょいっと顔を出してアドバイスしてくれる。
「動くったって、何していいのかわかんねぇ」
「そっか。そうだよね。じゃあ慣れるまで頑張って!」
「おーう」
返事にも力入らねぇわ。これまだ続くのか。続くよな。始まったばっかだもんな。しかも、この後個人ショットもあるしな。
もつかな、俺。
「へぇ、夕いいじゃーん」
朱雨の声で、顔を上げる。朱雨が宵闇の横からPCの画面を見ている。この頑張りがどう写ってんのか、気になるな。
俺も近寄って見てみる。
全員並ぶと、やっぱなかなかに華麗だな。俺も案外、ちゃんとヴィジュアル系って感じで馴染んでる。宵闇がつけたポーズも、めちゃめちゃそれらしくおさまりがいい。体の線も綺麗に出るな。顔の角度も見事だ。こんな角度から撮った自分の写真って見たことなかったけど、斜め45度くらいが綺麗に撮れるとは知らなかった。宵闇はちゃんと俺のことも見てくれてるんだな。
自分の写り方をチェックして、苦労の成果が出ているのに満足する。それから、宵闇はどんな感じで写ってるのか見てみる。
俺と全然違う。対照的だ。動きは物凄く少ない。目も殆ど写らないから、目線がどうってのもないし、表情でバリエーションもつけられない。
でも、物凄くカッコいい。佇まいとか、オーラとか言うのかな。これ。気が付いたらひっそりと立っていた死神、みたいな感じだ。死の香りが漂ってて、ぞくっとするような存在感。笑ってるのか笑ってないのか判然としない薄い唇が、恐怖を呼び起こす。黒ずくめの中で、唯一銀色の前髪が、危うい誘惑を感じさせる。
セルフプロデュースまで、パーフェクトだ。宵闇は、この線が一番カッコいいに決まってる。
そうか、これは宵闇が思い描いてる「宵闇」なんだ。素のこいつとまったく違うから、完璧に演出出来るんだ。そこが一致してたら、逆にここまでは出来ないのかもしれない。
これ、マジで落ちるわ。恋に。いや、落ちてんだけどさ。俺が落ちてんのは、どっちかって言うと素の宵闇の方なんだよな。でも、こっちの宵闇もめちゃくちゃ惹かれる。
画面から目を離して宵闇を見ると、ちょうど目が合った。ヤツは唇を歪めてニヤッとする。やっぱ、この方面には自信があるってことだ。
もう一度、画面の中の宵闇を見る。
昨日の今日だけど、惚れ直しちまった。
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