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深窓の令嬢とため息

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「お嬢様!」

 そう言って普段は礼儀正しいメイドのイリアが、部屋へ入って来た。
(いつも扉は静かに開けるようにいつも言ってくるのに・・・)
 少女は思うところがあるのだろうが、入って来たメイドの言葉を待った。

「大変です!急いで来てください!旦那様と奥様がお待ちです!」

 何が大変なのかさっぱり分からないが、急いでいることは分かったので二人でサロンへと向かった。

「あぁ、来たね。座りなさい」

「お父様、お母様。どうされたのです?イリアが慌てて呼びに来ましたが・・・」

「実は大変な事になってしまったのよ、エメロード」

 エメロードと呼ばれた少女は、父母の目線を追ってテーブルの上の一通の手紙を見た。



 *  *  *  *



「何故、こんなことに任命されたのかしら・・・面倒事でしかないわ」
 ふぅ、とため息と共に漏れた独り言。

 ここはエメロードの自室である。
 先程、一通の手紙の内容を知って現在進行形で落ち込んでいる。

 エメロード・クリスタリザシオン。
 それがエメロードの名だ。

 黒髪にエメラルドの瞳。
 窓辺でため息を付く様など、『深窓の令嬢』と言われるほどの、儚げ美人だ。
 ただし、『めんどくさがりな』と頭に付くが・・・・。

 クリスタリザシオン家は、このグラナート国の東の要でもある辺境伯だ。
 グラナート国は、上から見るとひし形の中に目玉焼きが見える国でもある。
 目玉焼きの黄身の部分には王都が。白身の部分は湖になっている。
 そう、グラナート国は湖に出来た国と言ってもいい。

 そのグラナート国の東の要である、辺境伯の深窓の令嬢に届いた一通の手紙は、国王からの勅命であった。
 内容は『王太子の教育係に任命する』と。

 勿論、王太子には王城で開かれる夜会の時などに、見かける事もあるし二、三度は挨拶をしたこともある。
 だが個人的には親しくもないし、国王直々に任命されること自体に既に怪しい匂いがプンプンする。

 なのでエメロードは、この怪しさ満載の「教育係」が面倒な事だと十分に理解出来ているのだ。
(だからと言って、拒否は出来ないのよね・・・)
 仕方がないと早々に諦め、少しぬるくなった紅茶を飲みほした。

「お嬢様、大丈夫でしょうか?」

 メイドのイリアが、エメロードの空になったカップに新しい紅茶を注ぎながら言う。

「大丈夫も何も、国王様直々のお話だもの・・・断れないわ。何か心配事があるの?王城に行くのには、イリアも出来れば付いてきて欲しいのだけど」

「いえ・・・断れないのは十分承知しております。それにお嬢様の付き添いは全く以て問題ありません。寧ろ断られても一緒に行きます。問題があるとすれば「王太子殿下」にです。お嬢様は王太子殿下についてどれ程、ご存知でしょうか?」

「王太子殿下?金髪に薄い水色の瞳をした方よね?笑顔が素敵っていう方や、瞳が水色とも銀とも見えるから神秘的で素敵という人が多かったわ。それに品行方正で、文武両道。確かそろそろ婚約を・・・との声が上がっているって聞いているけど?」

「そうですね、王都のみならずいたる所で、王太子殿下の肖像画は人気です。それに次期国王としても大変優秀だと伺っています。婚約のことは社交界でも噂の的・・・らしいですよ。ですが・・・」

「ですが?」

「ここ最近であまりよくない噂がありまして・・・・」

「どんな?」

 何とも言えない顔で言うイリアの続きを促す。

「それが・・・『王太子殿下が王太子の務めを果たしていない』と言った噂です。お手紙が来る前から王都についての情報は、こちらに逐一入る様にはしているんです。表向きには何も変化はありません。強いて言えば『最近、公の場で王太子殿下を見る機会が減ったな』程度です。ですが王宮内では、王太子殿下が全く以て姿が見られなくなっています」

「・・・・・いろいろと言いたいことはあるのだけれど、つまりは『品行方正で文武両道。陛下からも優秀と言われる、王太子殿下が姿が見えない』っていうのに、私には『王太子の教育係』の任命が下りた。噂通りなら、『教育係』なんて必要ないわよね。これはもう・・・怪しさ満載ではなくて、100%怪しいお話って事なのね」

「そう言うことになります・・・・」

 はぁ・・・と二人でため息を付くものの、これは国王直々の任命。嫌だが逆らえないという悲しさ。
 この春先の晴れ晴れとした空の下に、重い空気がエメロードにのしかかった。

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