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関呉服店
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「ちょっと強気なとこあるね。悪くないと思うよ。黒川にも分けてあげたいくらい」
「そうですか。それで、今日の会社様のお名前をそろそろ教えていただいてもいいですか?私も不安なので」
「そろそろお昼にして、そこで話そうか」
「会食にお客様はいらっしゃるんですか?」
「いないよ。二人だけだけど都合悪い?」
「いえ、大丈夫です」もう今日は半日無くしたも同然だ。
逆に黒川君はよく耐えてると思った。さっきから全く会話になっていない。
私も黒川君の話にもっと聞く耳を立てるべきだと反省した。これはしんどい気持ちになる。
社員同士の昼食にするには不釣り合いのイタリアンカフェ。
促されるままに席に座り、勢いでペペロンチーノを注文した。
「お、いいね。春奈さんはペペロンチーノが好きなんだね」愛想笑いが精一杯だった。
「何だかつれないなぁ。もうちょっと職場の先輩を立てるとか、気を遣って話を盛り上げるとかないの?
まぁ、緊張してるだろうし、気持ちは分からなくもないよ。これからゆっくり慣れていこう」
成れの果てがこれであれば、慣れたくはないし、黒川君以外の営業部全体が人の話を聞かない。
そんなイメージを持つことは、自然の流れだった。
水谷さんも林さんもどこか似ている。
食べるスピードが自然と早まり、罪の無いペペロンチーノを完食した。
「美味しそうに食べてたね。コーヒーブレイクでも挟もうか」静かに頷くしかなかった。
「いいねぇ」林さんからのいいねにあんまりいい気持ちがしない。
ふと空を見ると、曇りに近い晴れの天気が自分の心のようであった。
仕事だから何とか踏みとどまっているが、心の陰りが強く強くなっているのが自分でも分かる。
車に乗り、初めての会社様へ向かった。
会社様と呼ぶよりは、関呉服店という小さな洋服さんのようだ。
「お世話になります」
「あー、キタグチデニムさん。わざわざお越しいただいて。さぁ、どうぞどうぞお入り下さい」
いかにも人柄のいいおっちゃんという感じが、私の心を和ませた。
「お茶いれますからねー、ちょっと待ってくださいねー」
「ありがとうございます」すぐに冷たいお茶を出してくれた。
「林君、いつもごめんね来てもらって。ほら、私はパソコンが使えないからさ。ツームってやつが使えないのよ」
「ズーム、ですかね?」
「そうそう、ズームね。それで、そちらの方が商品開発の?」
「はじめまして、私、キタグチデニム商品開発部のキタグチと申します」
「北口さん?そしたら、いちくんのとこの」
「いちくん?」
「あぁ、ごめん。社長の北口さんとこの」
「はい、私の父親です」
「あー、いちくんの娘さんがこんな立派になって」いちくんというのは、北口一のはじめをいちと呼んでいるところからだと、聞かずとも推測した。
「父とお知り合いですか?」
「知り合いもなにも同級生だよ。うちが出来た時からお世話になってるよ」
「ありがとうございます」
「いやいや、嬉しいなぁ。後でいちくんにも電話しとくよ。それでね、今日来てもらったのがね、どうも売れ線っていうのかな、それの相談で」
「売れ線ですか?」
「うん。それこそ一番初めから仕入れてるキタグチデニムなんかはずっと安定してるんだけど、ここ数年のデニムは発売当初は売れるんだけど、すぐ売れなくなるというかね。いや、私はどれも凄くいいと思ってるんだけどね」
「関さん、恐れ入ります。必ず売れる商品をお待ちしますので」
「林君、申し訳ないんだけど、もう三年待ってるんだよ。それに今、安くて良いデニムなんかがたくさんある訳で。ごめんね、来てもらってるのに、こんなこと」
「申し訳ありません。必ずうちの北口が良い製品を作ってみせますから」
「林君、そういうことじゃなくて、今日は相談のために来てもらったんだよ。いつもの納品だけだったら林君でもいんだけど。そのために商品開発の人にってお願いをしたんだよ。申し訳ないんだけど、ちょっと静かにしてもらってもいいかな?」
「申し訳ありません」
「ごめんね。それで、北口さん、私もパソコンは疎いけど、流行りなんかはチェックはしていましてね。やっぱり物のサイクルが早くなってしまってるんですよね」
「そうですね、毎年毎シーズン毎に変わっていきますもんね」
「そうだよね、キタグチさんも毎年その年の流行に沿って、新商品を出して貰ってる。出して直ぐは売れるんだけど、やっぱり昔からのキタグチデニムのジーンズが平均がいいんだよね」
確かに不思議な現象だとは思う。
初版のキタグチデニムはどこか古い印象を受ける。
ここ数年の製品は仕入れを工夫して、コストも安くなっているし、流行をきっちり追っている。
それなのに、直ぐ売れなくなる。
値段が倍程もあるキタグチデニムの方が一年を通したら、安定的に売れているのだ。
それに関さんも先ほどポロッと口にした安くて良いデニムはたくさんあるという言葉。
確かにキタグチではないといけない理由はもう何処にも無い。
恐らく、関さんにとって「都合の良いデニム」はもっとあるはずだ。
昔からの付き合いもあり、仕入れていただいている。そんな気もしている。
次の新作が売れないと、もう関係がなくなってしまうように思う。
言葉にはしていないが、そんな通告をされているように感じる。
勝手に私はこれから良い関係を作っていこうと思っていたけど、関さんは長いこと待っていたんだ。
「私はね、北口さん。ずっと自分の店を持つことが夢でね。子供はもう二人共独り立ちして、兄は家族もいる。女房に我慢させてまで続けてきたお店なんですよ。世間から見たらちっぽけなお店なんですけど、私から見たら、夢がいっぱい詰まってるお店なんです。何とかして続けていきたいんです。どうかお願いします」
自然と涙が出てきた。
私たちの商品をこんなに待ってくれている人がいる。
私はキタグチデニムを自分の仕事ではなく、自分の道として歩んでいくことを決めた。
関さんの子供の頃からの夢を、ここで途絶えさせる訳にはいかない。
「関さん、その夢を私に手伝わせていただきたいです」
「そうですか。それで、今日の会社様のお名前をそろそろ教えていただいてもいいですか?私も不安なので」
「そろそろお昼にして、そこで話そうか」
「会食にお客様はいらっしゃるんですか?」
「いないよ。二人だけだけど都合悪い?」
「いえ、大丈夫です」もう今日は半日無くしたも同然だ。
逆に黒川君はよく耐えてると思った。さっきから全く会話になっていない。
私も黒川君の話にもっと聞く耳を立てるべきだと反省した。これはしんどい気持ちになる。
社員同士の昼食にするには不釣り合いのイタリアンカフェ。
促されるままに席に座り、勢いでペペロンチーノを注文した。
「お、いいね。春奈さんはペペロンチーノが好きなんだね」愛想笑いが精一杯だった。
「何だかつれないなぁ。もうちょっと職場の先輩を立てるとか、気を遣って話を盛り上げるとかないの?
まぁ、緊張してるだろうし、気持ちは分からなくもないよ。これからゆっくり慣れていこう」
成れの果てがこれであれば、慣れたくはないし、黒川君以外の営業部全体が人の話を聞かない。
そんなイメージを持つことは、自然の流れだった。
水谷さんも林さんもどこか似ている。
食べるスピードが自然と早まり、罪の無いペペロンチーノを完食した。
「美味しそうに食べてたね。コーヒーブレイクでも挟もうか」静かに頷くしかなかった。
「いいねぇ」林さんからのいいねにあんまりいい気持ちがしない。
ふと空を見ると、曇りに近い晴れの天気が自分の心のようであった。
仕事だから何とか踏みとどまっているが、心の陰りが強く強くなっているのが自分でも分かる。
車に乗り、初めての会社様へ向かった。
会社様と呼ぶよりは、関呉服店という小さな洋服さんのようだ。
「お世話になります」
「あー、キタグチデニムさん。わざわざお越しいただいて。さぁ、どうぞどうぞお入り下さい」
いかにも人柄のいいおっちゃんという感じが、私の心を和ませた。
「お茶いれますからねー、ちょっと待ってくださいねー」
「ありがとうございます」すぐに冷たいお茶を出してくれた。
「林君、いつもごめんね来てもらって。ほら、私はパソコンが使えないからさ。ツームってやつが使えないのよ」
「ズーム、ですかね?」
「そうそう、ズームね。それで、そちらの方が商品開発の?」
「はじめまして、私、キタグチデニム商品開発部のキタグチと申します」
「北口さん?そしたら、いちくんのとこの」
「いちくん?」
「あぁ、ごめん。社長の北口さんとこの」
「はい、私の父親です」
「あー、いちくんの娘さんがこんな立派になって」いちくんというのは、北口一のはじめをいちと呼んでいるところからだと、聞かずとも推測した。
「父とお知り合いですか?」
「知り合いもなにも同級生だよ。うちが出来た時からお世話になってるよ」
「ありがとうございます」
「いやいや、嬉しいなぁ。後でいちくんにも電話しとくよ。それでね、今日来てもらったのがね、どうも売れ線っていうのかな、それの相談で」
「売れ線ですか?」
「うん。それこそ一番初めから仕入れてるキタグチデニムなんかはずっと安定してるんだけど、ここ数年のデニムは発売当初は売れるんだけど、すぐ売れなくなるというかね。いや、私はどれも凄くいいと思ってるんだけどね」
「関さん、恐れ入ります。必ず売れる商品をお待ちしますので」
「林君、申し訳ないんだけど、もう三年待ってるんだよ。それに今、安くて良いデニムなんかがたくさんある訳で。ごめんね、来てもらってるのに、こんなこと」
「申し訳ありません。必ずうちの北口が良い製品を作ってみせますから」
「林君、そういうことじゃなくて、今日は相談のために来てもらったんだよ。いつもの納品だけだったら林君でもいんだけど。そのために商品開発の人にってお願いをしたんだよ。申し訳ないんだけど、ちょっと静かにしてもらってもいいかな?」
「申し訳ありません」
「ごめんね。それで、北口さん、私もパソコンは疎いけど、流行りなんかはチェックはしていましてね。やっぱり物のサイクルが早くなってしまってるんですよね」
「そうですね、毎年毎シーズン毎に変わっていきますもんね」
「そうだよね、キタグチさんも毎年その年の流行に沿って、新商品を出して貰ってる。出して直ぐは売れるんだけど、やっぱり昔からのキタグチデニムのジーンズが平均がいいんだよね」
確かに不思議な現象だとは思う。
初版のキタグチデニムはどこか古い印象を受ける。
ここ数年の製品は仕入れを工夫して、コストも安くなっているし、流行をきっちり追っている。
それなのに、直ぐ売れなくなる。
値段が倍程もあるキタグチデニムの方が一年を通したら、安定的に売れているのだ。
それに関さんも先ほどポロッと口にした安くて良いデニムはたくさんあるという言葉。
確かにキタグチではないといけない理由はもう何処にも無い。
恐らく、関さんにとって「都合の良いデニム」はもっとあるはずだ。
昔からの付き合いもあり、仕入れていただいている。そんな気もしている。
次の新作が売れないと、もう関係がなくなってしまうように思う。
言葉にはしていないが、そんな通告をされているように感じる。
勝手に私はこれから良い関係を作っていこうと思っていたけど、関さんは長いこと待っていたんだ。
「私はね、北口さん。ずっと自分の店を持つことが夢でね。子供はもう二人共独り立ちして、兄は家族もいる。女房に我慢させてまで続けてきたお店なんですよ。世間から見たらちっぽけなお店なんですけど、私から見たら、夢がいっぱい詰まってるお店なんです。何とかして続けていきたいんです。どうかお願いします」
自然と涙が出てきた。
私たちの商品をこんなに待ってくれている人がいる。
私はキタグチデニムを自分の仕事ではなく、自分の道として歩んでいくことを決めた。
関さんの子供の頃からの夢を、ここで途絶えさせる訳にはいかない。
「関さん、その夢を私に手伝わせていただきたいです」
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