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第二十二話「帝都のお嬢様」
しおりを挟むその日のヴィルベルは、いつもより騒がしく感じられた。エリーは朝食を用意してリヒトと共に食べ、ウィリアムに声を掛けてから掃除や洗濯を始めていた。いつも通りの行動だ。午後になると夕飯の買い出しをするため、街に出る。これもいつも通りだ。
しかしいつもと違うのは、街が賑やかだという一点。街を歩く人の数も、いつもより多く感じる。エリーは思わずリヒトと顔を見合わせる。好奇心を抑えられず、エリーは誰かに聞いてみることにした。
「あの、今日、なにかあるのでしょうか」
そう尋ねた相手は、いつも挨拶を交わすお店の夫人。良いタイミングでお店の傍らに立っていたのだ。
「あら、エリーちゃんじゃない」
「こんにちは」
「こんにちは。今日はねぇ、帝都からお嬢様が来てるんだってさ」
「帝都からお嬢様……ですか?」
「そうそう。なんでもこのヴィルベルに新しく店を出すとか出さないとか」
「そうだったんですね」
「ま、気になるなら見に行ってみな。駅の近くだったはずだよ」
「……そうですね、行ってみようと思います。ありがとうございました」
「あいよ。ウィルによろしくね」
「はい!」
エリーはリヒトと一緒に駅の方へ向かうことにした。時間ならまだ大丈夫。買い物は後回しだ。
駅に近付くに連れて、人の数もどんどん多くなっていく。圧倒されながらも、エリーは好奇心を抑えることをしない。帝都のお嬢様。何が何だかよくわからないが、会いに行かなくてはならない気がしていた。といっても、やはりただのエリーの好奇心だろう。
「人多いね」
その言葉にリヒトがこくこくと頷く。必死にエリーの髪にしがみついているため、少し痛い。
「新しい店出すんだって」
「わざわざヴィルベルに?」
「そうみたい」
通り過ぎていく人々の会話を耳に入れながら、エリーは駅へと進んでいく。駅のどこへ行けば会えるのかはわからなかったが、とにかく近くへ行けばわかるだろうとエリーは突き進み続ける。
駅の前に辿り着くと、すぐ傍に初めて見る店が確かに建っていた。白い壁に、茶色い縁の扉。扉の横には大きなガラス窓があり、内装がよく見えるようになっている。たくさんの植物が店の前に置かれていて、先日の森のお茶会を思い出す。どうやら喫茶店のようだ。まだ営業はしていないようだが、道行く人々が視線を向けたり、足を止めたりしている。帝都のお嬢様という人が出すという店を、誰もが気にしているようだ。
「可愛いお店」
少し古めかしい雰囲気を出しながらも上品な外観。大きなガラスから見える内装もまた、ヴィルベルの雰囲気と合っていて寛ぎやすそうな雰囲気だ。
「あら、それは嬉しいわね」
幼い声が傍から聞こえ、エリーは周りをきょろきょろと見回す。
「ここよ」
少しむっとしたような声に、ワンピースをぐっと引っ張られる。どうやらすぐ傍にいたようだ。淡黄の長い髪を二つに結んでいる少女。猫を思わせる大きな目が真っ直ぐにエリーを見つめている。
「……あなたは?」
思わず尋ねると、少女は眉間に皺を寄せて不服そうに腕を組んだ。
「人に名前を尋ねる時は自分から名乗るものではなくって?」
「そ、そうですよね。私はエリーです」
「私はリザよ。あなたの見ていたこの店のオーナなの」
「……あなたが?」
「何よ、文句でもあるっていうの?」
「い、いえ……」
少女、リザの言葉にエリーは狼狽える。帝都のお嬢様というのはこのリザという少女で間違いはなさそうだが、思っていたよりもずっと幼く見える。カイと同じパターンだろうかと考えてみるが、それは考えにくい。
「……あなたの想像している通りの年齢よ。私はまだ学生なの」
少しイラついたようにリザが言う。気分を害してしまったのは明らかだ。エリーは慌てたように謝る。
「ごめんなさい。驚いてしまって」
「いいわよ。いい加減慣れたわ」
そう言って大きくため息をつく。
「大体、お父様もお父様よ。学生のうちから店をやらせるなんて」
突然の愚痴にエリーは困ったように眉を下げる。それに気が付いたのか、リザが気を取り直すように改めて腕を組む。
「ねぇ、あなた。どこかでお会いしたことはないかしら?」
リザが睨むような視線でエリーを見上げる。エリーは更に困ったような顔をしている。リヒトはべーっと舌を出して威嚇した。
「……ない、と思います」
自信無さそうに答えるエリー。それもそうだろう。エリーには記憶がないのだ。まぁいいわ、とリザは気にしてなさそうに髪を揺らした。
「営業は明日からよ。あなたもぜひ来てちょうだい」
「よろしいんですか?」
「当たり前じゃない。私の初めての店がオープンするのよ。街中の人に来てもらわないと困るわ」
楽しそうに言うリザは、年齢相応の笑顔を見せている。エリーも笑顔で答えた。
「それでは、伺わせていただきますね」
「ええ。楽しみにしていて」
そう言ってリザが余裕そうな笑みを浮かべた。
リザと別れ、エリーは夕飯の買い出しをしていた。姿の見えないリヒトはきっとお菓子のある所にでも行っているのだろう。エリーは明日のことを考えながら、にんまりと笑いながら買い物をしていた。
ウィリアムも誘ってみたい。興味はあるだろうか。喫茶店だからお菓子は期待できるはず。リヒトは間違いなく一緒に行くだろう。
そんなことを考えながら、エリーはご機嫌で買い物を続けた。
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