Liebe

花月小鞠

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第八話「誘い」

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爽やかな朝が来た。エリーはぱちっと目を開け、枕元に眠るリヒトの姿を確認する。光を放つリヒトは夜暗い中でも光り輝いている。最初は眩しさで眠れなかったが、今となってはもう慣れてしまった。そんなことを考えながら起き上がって服に手を掛ける。普段着のワンピースに着替え、顔を洗いに洗面所へと向かう。身だしなみを整えたら、次は朝食を作らなければ。食べるのはエリーだけだが。

普段は引きこもってるウィリアムも今日はゆっくりできる日だ。昨日最新作の原稿を仕上げたところなのだ。そんなことを考えていたらエリーは重要がことに気が付いた。

――ウィリアムさんの本を読んだことがない。
 
同居人失格なのではないか。エリーは朝食を作りながら青ざめていた。ウィリアムに聞いてみたら読ませてもらえるだろうか。正直その可能性は低い気がする。そうしたら今度ダニエルに聞いてみよう。そして読んでみよう。ウィリアムの書いた本を。そう心に決めて、エリーは朝食作りを続けた。

そうしているとリヒトがぼんやりとしながらふらふらとエリーの元へやってきて頭に乗った。

「リヒト、おはよう」

反応はなかった。きっと頭の上で二度寝しているのだろう。そんなことを考えつつエリーは朝食を堪能した。ウィリアムの分を取って置き、自室へ戻る。リヒトはもう目が覚めたのか、エリーの周りをぐるぐると飛んでいる。眩しい。

今日は天気もいい。泉へ行ったり、買い物をしたり、アンナやダニエルに会いに行ったり。絶好のお出かけ日和、なのだが、エリーはあることを決めていた。それは、ウィリアムを祭りへ誘うことだ。幸い、今日のウィリアムはたっぷりと時間がある。いつでもゆっくり話ができるだろう。シェルに会ったことを話し、オルゴールを見せ、火炎の陣という物騒な名前の祭りへ行こうと誘おう。リヒトが周りを飛び回ってエリーに何かをアピールしている。きっといつものように泉に行きたいのだろう。しかしそれをエリーは完全に無視する。意外と頑固なのだ。


「来た」

ガタッと音がして、廊下を誰かが歩く音がする。もちろん、ウィリアムで間違いはないだろう。今すぐ扉を開けて駆け出したい衝動を抑え、エリーはしばらく部屋で待機した。きっとウィリアムはまだ寝起きでぼんやりとしている。今すぐ行って話をするのは得策でない。エリーはそわそわしながら時計を見つめた。せめて朝食を食べ始めるくらいの時間にひょっこりと顔を出していこう。そう決めてエリーは扉の前でその瞬間を待っていた。耳を扉に当てる。何も聞こえない。

「もういいかな」

リヒトに聞いてみると、リヒトは呆れた顔で深く頷いた。どうでもいいのだろう。エリーはハッと息を吐いて気合いを入れる。そしていつものように扉を開けた。階段を下りる。そしてダイニングへ顔を出した。もう朝食を食べたのか、ウィリアムはぼんやりと珈琲を飲んでいた。早い。

「ウィリアムさん、おはようございます」

「……あぁ」

大丈夫だ。少しぼんやりしているが、ちゃんと起きている。何を基準にしてそう思ったのかは不明だが、エリーは絶対的な確信を持っていた。

「あの、ウィリアムさん」

「……何だ」

「実は昨日、泉である方に会ったんです」

エリーの言葉にウィリアムがぼんやりとした視線をエリーに絡ませる。エリーは今にもスキップでもしそうなくらい楽しそうに話を続けた。

「シェルっていう方です。ご存知ですか?」

「……あぁ」

それほど興味がないのか、ウィリアムが珈琲を飲み続ける。

「そしてこれをいただいたんです!」

後ろ手に持っていたオルゴールをじゃじゃーんとウィリアムに差し出す。ウィリアムはそれを見つめ、エリーを見た。そしてふっと笑った。

――笑った。

エリーは思わずぽかんとしそうになったが、そのリアクションはあまりに失礼だ。差し出していたオルゴールを持ち上げ、笑いかける。

「招待状です」

「……もう、そんな時期か」

「そうなんです!」

力いっぱい肯定する。このまま押していけばきっとウィリアムも祭りへ一緒に行ってくれるだろう。

「行きたかったら行けばいい」

「へ?」

「アンナやダニエルは間違いなく行くだろう」

連れて行ってもらえ、とでも言うような言い方をする。違う、そうじゃない。エリーはもどかしげに首を横に振った。

「違います、ウィリアムさん」

「……何がだ?」

「ウィリアムさんと行きたいんです! お祭り!」

「は?」

ウィリアムが固まる。そんなに予想外だったのだろうか。エリーは心配そうにウィリアムを見つめる。

「……そうか」

「そうです」

「……」

ふと考えるかのように視線を落とす。そしてゆっくりとエリーを見た。

「じゃあ、一緒に行こう」

「いいんですか!?」

「……あぁ」

エリーが嬉しそうに小さく飛び跳ねる。その様子がおかしかったのか、ウィリアムは再び口元を緩ませ珈琲を口に運んだ。

「ありがとうございます。嬉しいです」

本当に嬉しそうにエリーは笑う。お祭りに行ける。ウィリアムと行ける。もっと仲良くなれる。エリーは本当に嬉しそうだ。


部屋に戻ると、エリーはひたすらリヒトに祭りのことを話していた。

「火炎の陣ってどんなお祭りなのかな。やっぱりちょっと戦ったりするのかな。でもお祭りって言ってるから皆で踊ったり美味しいもの食べたり知らない人と話せたりするのかな。ねぇ、リヒト、どう思う?」

傍から見たらただの独り言だ。しかしベッドで座っているリヒトはちゃんとうんうんと相槌を打っている。話を聞いているかはともかく。エリーは本当に楽しそうだ。街にも慣れ、知り合いも増え、同居しているウィリアムとの絆も深まっている。と、思っている。最初の心細さはもう感じていない。リヒトといつも一緒にいるからというのもあるだろう。エリーはリヒトに笑いかける。リヒトはきょとんとして首を傾げる。エリーはにこにこしながら、祭りのことを考えた。

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