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第四章 霧の中の城
第十二話「噂の結末」
しおりを挟む静かな屋敷の中に、灯りはほとんどない。そんな暗闇の中に、ランタンがゆらゆらと浮かんでいる。それを持つ白い手が、灯りに照らされて見え隠れしていた。足音のしない白い足が、動きを止める。
そして月の光が屋敷に届かない夜更けに、静寂を破るノックの音が小さく響いた。ギィっと音を立てて扉が開かれ、ランタンを持つ白い影は暖炉の方へ進んでいく。視線の先には、ソファで眠り込んだふたりの姿。白い影はゆっくりと近付いていく。そして。
「おやすみなさぁい」
小さく囁き、白い影――ジーナは毛布をふたりにかけて、紅茶のカップを片付けた。
次の日の朝。夕食の時と同様に、長すぎるテーブルに朝食を用意してもらっていた。ふたりは、まるで吸血鬼のような装いのアレクセイの向かい側に並んで座る。結局ソファで眠ってしまったため、クラウスは若干身体の痛みを感じている。アレクセイは低い声で尋ねる。
「よく眠れたかね」
「はい! 素敵なお部屋や食事をいただいて、ありがとうございました」
満足そうに頷くアレクセイに、にこにこしているエマ。クラウスは不機嫌そうな表情だ。白い影に気絶させられた上に、薄暗い不気味な屋敷で一泊。当然のように悪夢を見たクラウスは、早く宿に帰りたいと考えながら小さく息を吐く。
「昨日は驚かせてごめんねぇ」
後ろから気配もなくすぅっと現れるジーナにクラウスはびくりと身体を揺らす。トンネルや森でクラウスが遭遇したのはジーナだった。真っ白な髪や真っ黒な服装は不気味な森によく映えただろう。
「昨日も普通に話しかけたつもりだったんだけどぉ」
驚いたクラウスを見て困った顔をするジーナに、アレクセイは大げさに肩を竦める。
「君の普通は普通じゃないぞ、ジーナ。そのか細い声は、おばけ屋敷と言われているこの屋敷や霧の多い不気味な森によく似合う。怖がらせるにはおあつらえ向きの声や佇まいだ。普段からよく脅かすのに活躍してくれているだろう。その雰囲気は君にしか出せない。このおばけ屋敷には必要不可欠な存在だ。わかるだろう?」
「はぁい」
雑に返事をして、ジーナもアレクセイの隣に座る。目の前には美味しそうな朝食が並べられていた。オムレツにハムとベーコン。柔らかそうなパンに、フルーツの入ったヨーグルト。エマは瞳を輝かせている。
まだ何かを長々と話しているアレクセイを尻目に、ジーナは「食べてぇ」とふたりを促す。エマとクラウスは言われた通りに遠慮なく朝食を食べ始める。アレクセイの語りは程ほどに無視してもよさそうだ。
「美味しいです!」
エマの言葉にクラウスも頷く。そんなふたりの様子を見て、アレクセイとジーナは嬉しそうににんまり笑った。
朝食を終え、帰る用意をして玄関へ向かう。もうすぐおばけ屋敷とお別れかと思うと少し寂しい。そう考えているエマを見透かしているように、「早く帰るぞ」とクラウスは腕を組む。
すると、アレクセイとジーナが小さな箱を持って現れた。それを見てふたりは不思議そうに顔を見合わせた。アレクセイは箱をゆっくりと開けながら話しはじめる。箱の中から強い光が見えてきた。
そこにあったのは、間違いなく夢の欠片だった。
「君には十分に怖がらせられなかったお詫びに。そして君には期待以上に怖がってくれたお礼に」
「怖がってないぞ」
口を挟むクラウスの声が聞こえていないかのように、アレクセイは続ける。
「これを君たちに渡そうと思う。強い光を放つ宝石の欠片のようなものだ。君たちの様子を見るに、おばけ屋敷の噂ではなく、流れ星の噂を聞いてやってきたらしい。そう思ってこれを渡そうと決めたんだ。なぁに、私にとっては特に価値のないものだ。確かにその光は美しいが、どういうものなのか皆目見当もつかない。それに箱から出して飾るには光が強すぎる。この屋敷にはそぐわないものだ。そう思わないかね? これは流れ星が落ちてきた時にジーナが見つけたものだ。渡された時には、なんて美しい光なのだと興奮したものだが、その後は使い道に困ってしまってね。君たちならきっと大事にしてくれるだろう」
「アレクセイ様ぁ、どっちも聞いてないみたいですよぉ」
アレクセイの言葉を背景音楽に、ふたりはしきりに顔を見合わせたり箱を見たりしている。パッとエマが顔を上げて、アレクセイを見る。
「いただいてよろしいんですか?」
「あぁ、もちろんだ。これは――」
「よかったですね! 王子様」
「ああ。これで一歩前進だな」
嬉しそうにパチンと手を合わせるふたり。アレクセイは苦笑をして肩を竦め、ジーナは目を細めて笑っている。
「大切にしますね」
箱を受け取り、優しく撫でる。アレクセイとジーナは嬉しそうに頷く。
「また遊びに来てねぇ」
「いつでも待っているからな。次に来た時にはもっと怖い仕掛けを用意すると誓おう」
「来るつもりもないし誓わなくていい」
クラウスがげんなりしたように言う。
「だが、この欠片は俺の探していたものだ。礼を言うぞ」
「本当にありがとうございます」
機嫌がよさそうに口角を上げるクラウスに、エマはにっこりと言葉を足す。それならよかった、と満足そうなふたりに別れを告げて、エマとクラウスは外に出た。
空は明るいが、相変わらずの霧だ。エマは拳を握って気合いを入れる。
「今日は絶対にはぐれないようにしますからね。安心してください、王子様」
「いや、大丈夫だ」
自信たっぷりに言うクラウスに、エマは不思議そうな視線を向けた。クラウスはふん、と得意気に鼻を鳴らし、エマの手を取った。
「こうすればはぐれない。そうだろう?」
左手に温もりを感じながら、エマはぽかんとする。あまりに予想外な行動だった。クラウスの得意気な顔を見て、エマは思わずふふっと笑う。
「確かにそうですね。じゃあ、帰りましょうか」
「ああ。悪夢を見てしまったからな。早く宿に戻って眠りたい」
繋いだ手をゆらゆらと揺らしながら、ふたりは森を歩いていく。霧の中の帰り道を、太陽の光が案内していた。
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