郵便屋さんと月の王子様

花月小鞠

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第四章 霧の中の城

第十一話「月夜のお茶会」

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 月明りがわずかに差し込む大きな窓。アンティーク調の部屋はとても広く、大きなベッドもふかふかだ。この屋敷の周辺は冷え込むようで、火を付け部屋を暖めている暖炉もある。窓の外を見ると、真っ暗な中にぽつりと月の光だけが見える。

「十分に脅かせられなくてすまない」と言って、豪華な部屋と美味しい夕食、いい香りのする食後の紅茶を用意してもらった。クラウスは気を失っていたが、今は隣の部屋にいるはずだ。

面白い人たちだったなぁとおばけの噂の正体に思いを巡らせていると、コンコンとノックの音がした。


「はい」

 目をぱちくりさせながら返事をすると、ゆっくりと扉が開いた。気まずそうな顔をしたクラウスと目が合う。

「まあ、王子様」

「……ああ」

「どうぞ、入ってください」

 相変わらず気まずそうに目を泳がせている。エマは立ち上がり、向かい側のソファに座るように促した。暖炉のそばだ。クラウスが頷くのを見て、エマはもうひとり分の紅茶を用意する。

 ふかふかのソファに座ったクラウスの前に紅茶のカップを置き、エマも座る。クラウスが口を開くのをしばらく待つが、何も言わない。

「具合は大丈夫ですか?」

 エマの言葉にクラウスは顔を歪ませる。「まぁ、そうだな」と言って不機嫌そうな顔をした。

「気絶しただけだ。問題ない」

「十分大変な事態だと思いますが……」

 エマは苦笑して、紅茶を飲む。クラウスはふん、と腕を組んだ。いつもの調子を取り戻してきたようだ。

「王子様、はぐれてしまってごめんなさい。しばらく探していたんですが、見つからなくて」

「大丈夫だ。俺も途中からりぼんを見失ってしまっていた」

 気にするな、と言ってクラウスは紅茶を口に運ぶ。その言葉に、やはり具合が悪いのだろうかとエマは心配する。眉をよせる表情を見て、クラウスは目を細めた。

「……何か失礼なことを考えているな?」

「いーえ、まさか」

 ふふっと笑うエマに、クラウスも頬を緩めた。

「それで、王子様。どのようなご用でいらっしゃったんですか?」

「え」

 クラウスは一瞬にして固まった。予想外の反応に、エマは小首を傾げる。再び気まずそうに目を泳がせて、聞き取るのが難しい程の小さな声でクラウスは続けた。


「……一緒に、寝てほしい」

「え?」

 またしても予想外の言葉に目を丸くさせるエマ。クラウスは声を張り上げる。

「仕方ないだろう。不気味なんだ、この屋敷は。何から何まで」

「まあ」

 エマは口に手を当てる。確かに屋敷全体が薄暗く、おばけ屋敷の噂を聞きつけてやってきた人々を怖がらせる仕様になっているようだ。森の中ではぐれ、真っ白なジーナを見て気絶していたことを思い出し、エマは微笑む。

「わたしは構いませんよ。ベッドは驚くほど広いですし」

「いいのか」

 どこか不安そうな声に、エマは頷く。それを見て、クラウスはほっとしたように息を吐いた。はぐれた時に余程怖い思いをしたのだろう、とエマは同情する。

「じゃあ眠くなるまで、語り合いましょうか」

 エマの言葉にクラウスは目を瞬かせる。

「ああ、頼む」

 ――ありがとう。

 小さな声で言われて、エマはふふっと笑った。




「そういえば、わたしたちの探している夢の欠片って、そもそもどういったものなんですか?」

「どういったもの、か」

「はい。王子様は命じられたからとおっしゃってましたが、どうして集めているのか気になりまして」

 クラウスは難しそうな顔をして、「そうだな」と考えを巡らせる。

「夢の欠片は、燃料みたいなものだ」

「燃料?」

「ああ」

 クラウスは答えて、エマの方に指先を向ける。すると、紅茶のカップがゆらゆらと浮かび上がり、エマは驚いて目を瞬かせる。紅茶は零れていない。

「貴様の言うこの不思議な力。これの元となる存在、みたいなものだ」

「なるほど……?」

 エマは首を傾げてカップを支えるように手を差し出す。その手の中にゆっくりと着地し、カップの温かさが手に広がった。

「力を使えば使うほど、夢の欠片は消費されていく。月には大小の夢の欠片が既にたくさんあるが、この力を使い続けるために、日々集められているんだ」

「そうなんですね」

「ああ。欠片集めを仕事にしている者たちも多い。……昔、城にいた俺の世話係も、欠片集めの旅に出て帰ってこなくなった」

 クラウスの言葉に、エマは眉を下げた。それを見てクラウスはふっと笑う。

「そんな顔をするな。欠片も時々送られてきているし、あいつは普通に生きている。元々旅行好きな奴だったから、なかなか帰ってこないってだけだ」

 優しいまなざしで話しているのを見て、エマは嬉しそうに微笑む。

「王子様は、その方が大好きだったんですね」

「はぁ!?」

 途端に嫌そうに顔を歪ませるクラウスに、エマはくすくすと笑う。

「だって、まるで拗ねているみたいです」

「……拗ねてなんかない」

 むすっとして顔を逸らす。

「まぁ、暇な時間は増えたがな」

 そう言葉が続けられ、エマはにこにこと笑みを浮かべた。

「王子様はどうして欠片を?」

「……そう、だな。日頃の行いが悪いから、なんて父は言っていたが、その世話係のこともあってやたら暇そうにしていたのが主な理由だろうな」

「それで欠片集めに出たんですね」

「ああ。職業体験みたいなものだな。それにしても、『最低三つ探してこい』は雑だと思うが」

 そう言ってため息を吐く。にこにこしているエマを見て、クラウスは目を逸らして眉間にしわを寄せた。

「……巻き込んで悪かったな」

「まあ」

 心底驚いたような顔をするエマに、クラウスはむすっとする。

「巻き込んだ自覚あったんですね」

「うるさいな。俺ひとりではどうしたらいいかわからなかったんだ。なりふり構っていられないだろう」

 エマはふふっと笑って、悪戯っぽく目を細めた。

「出会ったのがわたしでよかったですね」

「……ああ、まったくだ」

 肩を竦めるクラウス。ふたりで笑い合い、共に紅茶を口に運んだ。
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