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第四章 霧の中の城
第十話「森のおばけ屋敷」
しおりを挟む霧の深い森の中。エマはりぼんを結んだ道をゆっくり戻りながら、クラウスを探していた。しかしどこにもその姿はない。完全にはぐれてしまったようだ。
暗くなってきそうな空を見上げる。霧のせいか、ただでさえ薄暗い森だ。このまま進んでいってもきっと遭難してしまうだろう。そう判断したエマは、先に屋敷へ向かい、助けを求めることにした。
しばらく進んでいくと、霧が晴れてきた。日は暮れはじめていて、辺りは暗くなってきている。しかしエマは瞳を輝かせた。視線の先には、物語で見る城のような外観の大きな屋敷があった。窓がたくさん見えていて、部屋が数がどれ程あるのか想像もつかない。城のように見えるのは尖った屋根の部分のせいだろう。暗い森の中にぽつりと建っていて、不気味な雰囲気を漂わせている。思わずじっくりと観察してしまっていたが、クラウスのことを思い出し、エマは急いで扉の方へ向かった。
扉に近付いて、呼び鈴がないか周りを見て確認する。すると、扉の横にアンティークの鈴が壁に掛けられているのが見えた。きっとこれが呼び鈴だろう。鈴からぶら下がった紐のような取っ手に触れ、軽く揺らしてみる。カラーンと大きな音が響いた。予想よりも大きな音が出てしまい、エマは目を丸くする。
すると、扉がギィっと音を立てて開いた。誰か出てくるだろうか、とエマは屋敷の中を覗き込む。しかし人の姿はない。屋敷の中も薄暗く、所々に設置されている控えめな灯りだけが辺りを照らしている。人の出てくる気配がないため、エマは恐るおそる中に足を踏み入れる。
「お邪魔します」
届ける相手がいないため、声は小さくなってしまう。エマはきょろきょろしながら中に入った。その瞬間、扉がバタンと大きな音を立てて閉まる。エマは驚いて振り返った。どういう仕組みなのだろう。目をぱちくりさせて、エマは再び前を向く。
左右から階段が伸びていて、正面の奥、階段下には大きな扉がある。階段の手前にもそれぞれ扉があり、少し歩いてみると、左右の階段下にもそれぞれ部屋があった。二階は廊下になっているようで部屋は見当たらないが、パッと見ただけでもかなり広い屋敷だ。
「どなたかいらっしゃいませんか?」
今度は大きな声で尋ねてみる。返答を待っていると、突然屋敷の灯りが全て消えた。辺りは真っ暗になり、エマは困惑する。しかしその後、ひとつひとつ灯りが順番に灯っていく。エマは首を傾げた。
「……案内されているのでしょうか?」
小さく呟き、灯りの順番に沿って足を進めた。どうやら真正面にある階段下の部屋に案内されたようだ。大きな扉にこんこん、と小さくノックをして、少し待つ。返事はなさそうだ。
ゆっくりと扉を開く。すると、そこには長く大きいテーブルがあった。椅子の数が多く、物語の世界でしか見たことのないようなダイニングだ。呆然としながら眺めていると、テーブルの端に誰かが座っていることに気が付いた。暗くなっていて、人影程度にしか見えない。
「……こんにちは」
中に入り、挨拶をする。少し待っても返事はもらえない。エマは困ったように周囲を再び見渡した。
「座れ」
低い声が響き、エマは驚いて再び端に目をやる。すると、その向かい側の端の席にろうそくが灯った。エマは目をぱちくりとさせながら、灯された端の席へ向かう。人影とは真逆に位置している席だ。こんなに遠くて、声は届くのだろうか。そんなことを心配しながら、椅子に腰かけた。その様子を確認して、人影は指をぱちんと鳴らした。
しばらく待っていても、何も起きない。遠く真正面にいる人影は何も言わない。エマは困ったように眉を下げた。先程指を鳴らしたのは一体何だったのだろう。心なしか、人影はそわそわしているように見える。
「ジーナ」
低い声が響いた。誰かの名前だろうか。エマはきょとんとする。誰かを呼んでいるのか、それとも自分に向けられているのか。
「あの……」
声をかけると、人影はびくりと身体を揺らした。そしてガタっと大きな音を立てて立ち上がった。エマは目をぱちくりとさせる。
「予定と違うじゃないか!」
そう言うと同時に、部屋全体に灯りがついた。エマは眩しさに一瞬目を細め、向かい側の人物に目を向ける。
青白い肌に、赤い瞳。そして真っ黒な髪と洋服。まるで吸血鬼のような男が、むすっとした顔をしていた。
「あの、どうかされましたか?」
心配になって尋ねると、男は芝居じみた仕草でため息をついた。
「計画が台無しだ。久々の客人を楽しませたかったのに、全くもって上手くいかない。あぁ、君はそこに座っていてくれ。本当はこれから食事を出してもらう予定だったんだ。ジーナ! ジーナいないのか。まったく、さっきまで一緒に歓迎の準備をしていたというのに、どこに行ってしまったんだ」
男はエマの方へ歩き出し、後ろにある扉を開けて声を掛ける。しかし誰もいなかったようで、肩を竦めながら戻ってきた。
「困惑させてしまって申し訳なかったね。おばけ屋敷だという噂を聞いてやってきたのだろう? せっかく来てくれたのに、怖がらせることができなくて不甲斐ない。本当はもっといろんな仕掛けを用意していたんだ」
聞かれてもいないのに、事情を説明してくれている。エマはなるほど、と頷いた。肝試しに来る人々を怖がらせる習慣でもあったのだろうか。それは確かにおばけ屋敷という噂も広がるなぁとエマは思う。
「食事の用意をしよう。もっと近くに座らせてもらうね。あんな距離では会話もままならない。君もそう思うだろう? 客人を迎える時はジーナが食事の担当だが、完成はしているみたいだから、温めて出させてもらおう。あぁ、心配しなくても大丈夫だ。私は料理が趣味でね、盛り付けもお手の物だよ」
「あ……はい。よろしくお願いします」
声を挟むタイミングを見計らい、エマは返事をする。その時、どこか扉の開く音がした。男とエマは同時にホールがある方の扉を見つめる。
しばらく待っていると、ダイニングへ続く大きな扉が開かれた。エマはまあ、と口に手を当てる。
「アレクセイ様ぁ、迷子をひとり保護しましたぁ」
真っ白な長い髪に真っ赤な瞳。真っ黒な服を着た綺麗な女性が、意識を失ったクラウスをおぶっていた。
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