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第四章 霧の中の城
第九話「不本意なかくれんぼ」
しおりを挟む再び列車に乗り、次にバスに乗る。エマの故郷よりも小さな村からしばらく歩いた森の奥に、噂のおばけ屋敷はあるらしい。ヘレナに聞いた夢の欠片の情報を頼りに、エマとクラウスは森に向かうけもの道を歩いていた。
「本当にこんなところにあるのか?」
「あくまで噂程度ですが、流れ星が落ちるのを見た方がいたそうです」
エマは遠くに目をやる。森の奥の方に、何か建物があるのが見えている。木々で見えにくいが、城のような立派な建物に見える。
「あそこに行けば、何かわかるかも知れません」
「この凸凹の道を歩き続けるつもりか?」
「そうするしかありませんから……」
クラウスはふんと鼻を鳴らす。
「何を言っている。飛んでいけばいい」
「まあ」
エマは驚きの声を上げ、そして眉を下げた。
「この先は霧が深い場所だそうです。飛んでいったら危険かと」
エマの言葉に、クラウスはむぅっと不満そうにする。
「それは歩いていても一緒じゃないのか?」
「少なくとも足元は見えるので、歩いた方がマシだと思います。それに」
エマは困ったように笑う。
「星降りの里では上手くいきましたが、抱きかかえながらふたりで飛ぶのは不安定じゃありませんか?」
「それは……そうだが」
クラウスは視線を逸らす。
「……仕方ないな。きちんと案内しろよ」
「はい。がんばりますね」
ふふっと笑って、エマは進んでいく。その隣を、クラウスは不安そうに歩いていった。
森に到着する頃には、随分と霧が深くなっていた。自分のいる周辺は見えるが、少し先は真っ白になっている。周りには木しかない。迷ってしまいそうだ。
「それは何だ?」
「りぼんですよ。おばけ屋敷に行くなら、とミレーヌさんにいただいたんです」
そう言って、エマは手前にある細身の木にりぼんを結んだ。不思議そうにしているクラウスに、エマは微笑みかける。
「目印です。できるだけ迷わないように、通った場所にりぼんを結んでいこうかと思いまして」
「ふーん。なるほどな」
興味なさそうな返事をしつつ、クラウスは感心したような表情だ。エマはふふっと笑って、ひとつ前に結んだりぼんが見えなくなりそうなところで新しいりぼんを結んでいく。
その手際の良さに感心しつつ、クラウスは辺りをきょろきょろと見回す。自分たち以外誰もいない世界に迷い込んだような、不思議な感覚。その非日常感に、そわそわしてしまう。クラウスは眉間にしわを寄せている。
お互い平気そうだが、不安や緊張からか、口数が減っていった。
「結構りぼん使っちゃいましたね。あのお屋敷まで、あとどれくらいなんでしょう」
エマは困ったように言いながら、りぼんを結んでいく。ミレーヌには大量のりぼんを持たされたためまだだいぶ残っているが、りぼんがなくなった時のことを考えると不安になる。
日が暮れてしまったらもっと大変だ。エマはすたすた歩きながら、りぼんを結んでいく。
「少し疲れましたね。王子様は大丈夫ですか?」
エマはクラウスの方を振り返る。そして目をぱちくりとさせた。クラウスの姿が、どこにもない。
「……王子様?」
エマはいつもより少し大きな声を出して、呼びかける。しかし返事はない。はぐれてしまったのだ。エマは不安そうに周りを見渡した。
気付けばエマとはぐれていた。クラウスは不機嫌そうな表情で、まっすぐに歩いていく。目印といっていたりぼんはもう、しばらく目にしていない。真っ白な霧の中、薄暗い森をひたすら歩いていく。
一度試しにまっすぐ上に飛んでみたが、木々の姿すら見えなくなり、慌ててその場に降りた。動悸がする。このまま飛んでいこうとしたらパニックになってしまいそうだ。エマの言っていた危険の意味がわかり、クラウスは大きくため息をついた。
「ここは、どこなんだ」
ひとり呟く。思っていたよりも不安の滲んだ声が出てしまい、クラウスは思わず舌打ちする。とにかく真っすぐに行けば建物に到着するだろう。そう信じて、クラウスはまっすぐに進んでいく。
しかし、しばらく歩いても同じ景色だ。周囲には木々があり、少し先は白くなっていて見えない。そんな景色が何十分も続いている。このまま夜になってしまったら、きっと周囲の木々すら見えにくくなるだろう。クラウスは再び舌打ちをする。――何故俺様がこんな目に遭わないといけないんだ。ぐるぐるとそんな考えが頭を巡る。
しばらく歩いていたら、広い道に出た。屋敷に到着したか、とクラウスは期待を込めて頭を上げる。少し歩くと、そこには使われていないであろうトンネルがあった。草木に覆われてしまっていて、石がちらりと見える程度のトンネル。相変わらず霧は深く、中はぼんやりと白くなっている。不気味な雰囲気にぞくりとして、クラウスは固唾を飲む。
「……よし」
ゆっくり深呼吸をして、クラウスはトンネルへと足を向けた。足音が変わる。森の中よりも冷たさと静けさを感じる。クラウスは先ほどよりもゆっくりと歩いていく。思っていたよりも長いトンネルのようだ。クラウスの舌打ちが響く。眉間のしわは深くなっていく。
「……が……ぇ」
小さな声がした。女性の声だ。クラウスは思わず立ち止まる。足を止めたことにより、音が全て消えたような感覚がした。自分の呼吸の音しかしない。クラウスは固まったまま、視線だけを巡らせる。さっさと前に進みたいが、足を進められない。
「こ……な……」
また小さな声が聞こえた。クラウスは飛び跳ね、きょろきょろと周りを見回す。トンネルの中でも霧はあり、先の方が見えないようになっている。緊張で動悸がしてくる。クラウスは胸の辺りに手をやりながら、警戒するように神経を集中させる。そしてその時。
目の前に――髪の長い女が現れた。
「うわぁっ!」
驚きの声を上げ、クラウスは走り出した。しかし少しすると、足音が増える。追いかけてきている。クラウスの顔色は真っ青だ。しばらく走り、トンネルを抜ける。その先にある木に手を置き、呼吸を整えた。
「もう、追いかけて来てないだろう」
自分に言い聞かせるように言葉を発する。すると。
肩に手を置かれた。
振り返ると、女がいた。ぱちりと目が合い、クラウスは意識が遠のいていくのを感じた。
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